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11<不思議と、好奇心>

「東と一緒じゃないのか?」

 山上が不思議そうに尋ねる。

「ちょっとはぐれちゃって……今探してるんだけど、見かけなかった?」

「この辺には来てないな。こんな人混みだから、一旦はぐれたら探すの大変だよなぁ」

「うんうん、そうなんだよね……ん?」

 と、ここまで言って気が付いた。

「なんで私と七緒が2人で来てること知ってるの?」

「だってホラ、東のことを夏祭りのこの屋台に呼んだの俺だし。東はきっと杉崎を誘ってくるんじゃないかなと思ったからさ」

 山上はこともなげに答えるけど、いまいち腑に落ちない。七緒が私を誘うだなんて、そんなの何の確証もないことだったと思うけど。

 山上はたまに妙な読みの深さというか、私にはよくわからない見解を見せるのだった。


「……っていうか、そうだ、忘れてたけど私ちょっと怒ってんだからね、山上」

「えー? なんだなんだ、怖いな」

 私が軽く睨みつけると、山上はわざとらしく首をすくめた。もちろん全然びびっていない。くそ、悔しい。

「山上、七緒に変な宣戦布告したり、私のゴキブリ発言バラそうとしたりしたじゃん。大らかなのはいいことだけど、言って良いこととマズイことの冷静な判断頼むよマジで」

 いくら本人にそんなつもりは毛頭なかったとしても、山上の宣戦布告が七緒を大きく戸惑わせたのは事実。私の勝手な恋心でこれ以上七緒に迷惑がかかってはたまらない。

 それに山上は何のつもりか、『ゴキブリ並にしつこい女である自分は七緒への恋を簡単に諦められない』という私の恥ずかしすぎる宣言まで披露しようとしたのだ。これには本当に焦った。

 しかし彼は全く動じず、明るすぎるほどの笑顔で私をいなした。

「そんなこと言ったっけ? まぁ、その結果今日2人で祭来れてんだから、いいじゃねぇか」

「……」

 もう言葉もない。やはりこの彼に注意を促して屈させるなんて、私には100年早かったようだ。


「あ、じゃあお詫びに面白いこと教えてやろうか」

 突如、山上がいたずらっぽい顔で声を潜めた。

「……何?」

「5年前に道場で俺と東が取っ組み合いの喧嘩になったの、覚えてるか?」

「うん」

 忘れもしない。あの雪の日。10歳だった私たち。

 七緒と山上が急に取っ組み合いを始めるものだから、私はどうしたらいいのかわからなくて、結局バケツの水をぶっかけて強制的に2人を止めた。そしてその後は七緒と2人でなぜか号泣。

 あの出来事がきっかけで、私の七緒への気持ちは幼馴染みに対するもの以上になったんだ。

「あの原因、知らないだろ」

 私はこっくりと頷く。

 ずっと謎だった、あの喧嘩の発端。七緒は教えてくれなかったし、私も無理に聞き出すつもりはなかった。だけど確かに気になってはいたのだ。教えてもらえるもんなら教えてほしい。

 ふと、山上が笑顔を引っ込めた。いつになく神妙な顔になり、もったいぶって腕を組む。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「お前の母ちゃんデーベーソ、だったんだよ」

「……はぁ?」

「つまり、俺はあの頃かなり嫌な悪ガキだった。杉崎のこと好きなのに素直になれなくていじめてばっかりだっただろ。だからあの日も悪ガキの典型中の典型『お前の母ちゃんデーベーソ』をノリノリで歌ったんだよ。当の杉崎は、ぞうきんがけに夢中でちゃんと聞こえてなかったみたいだけどな」

 そう。あのとき、山上が私に向かって何か言った記憶はある。しかし掃除に気をとられていた私は彼の言葉をうっかり聞き逃し、間抜けなクエスチョンマークを浮かべていた。

「そんで、東のほうが喧嘩ふっかけてきたんだよな」

 10歳の七緒の怒りのツボは、「私のお母さんが馬鹿にされた」ことだったのか。確かにうちの母親は、私と七緒の喧嘩のときも必ず七緒側につくし、小さい頃から彼を可愛がっていた。子ども同士の喧嘩とはいえ……いや、子供同士だからこそ、七緒が我慢ならなかったのもわかる。

 でも、だからって──5年近くうやむやにされていた事件の真相が、これ?

「なんか私がこんなこと言うのもなんだけど……全然ドラマチックじゃないね」

「え、ドラマを期待してたのか?」

 直球で尋ねられ、私は思わず黙り込んだ。

 そりゃあ、私だって今年で15歳。更に、あの鈍感に恋して早5年、拍子抜けさせられること多数。

 これまで重ねてきた様々な経験から、甘い展開はもうなるべく期待しないようにする姿勢が身についている。

 でも、万が一の可能性に思いを寄せ、「七緒が私のために怒ってくれたの……? 一体どんなことで……?(バックに花びらを散らした効果付きで)」なんて、ちょっとくらいときめいてみてもいいじゃないか。


 山上の質問には答えず、私は自分の携帯電話で時間を確認した。

 もう七緒とはぐれてから20分ほど経過している。

「……そろそろマジで七緒探さなきゃ。合流できたら、約束通り焼きそば買いにくるから」

「ここにいたほうが早く会えるんじゃないか?」

 山上の言うことにも一理ある。携帯電話を持っていない七緒を闇雲に歩き回って探すより、ここに留まって彼が通りかかるのを待ったほうが良いのかもしれない。

 だけど私は首を横に振った。

「早く探してあげないと、夏祭りの不埒なヤロー共に七緒がナンパされちゃうからさ」

 じっとしているより、自分の足で七緒のところへ行きたい。

 それに私には、絶対に彼を見つけられる自信がある。どんなに暗い場所でも、人混みの中に埋もれていても、私の目には七緒の姿が他の誰よりもきらきらと輝いて見えるから。なんちって。


「わかった。……じゃあ、ハイ」

 そう言って山上は、私に向かって両手を広げた。

「何の真似?」

「決まってんだろ。お別れのハグ!」

 私はげんなりとした気持ちに包まれた。

 ちなみに山上、「ハグ」の部分だけやたらと発音が良い。それがまた、なんか腹立つ。

 この、帰国子女のアメリカナイズのゴリゴリマッチョの法被似合いすぎ野郎!──と、私は喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。

 いけない、いけない。ここで山上のペースに巻き込まれてしまっては駄目だ。「恥じらいを持たずなりふり構わず声が大きい杉崎が好きだ」と豪語する彼は以前から、私に大声を出させようとわざと挑発してくるフシがある。つまりここで鼻息荒くカッカと喚き立てては、奴の思うつぼなのだ。


 私は深呼吸すると、いかに自分が冷静そうに見えるかということに全神経を集中させ、山上に向き直った。

「ここ、日本。私、日本人。あんたも、日本人」

「そうだな。まぁ、ぶっちゃけ杉崎の浴衣があまりにも俺的にヒットだったから、ギュッとしたくなっただけなんだわ。俺って正直者だろハハハ」

「は、ハハハってあんた……」

 やはり山上のほうが一枚も二枚も上手だ。そんなストレートに言われてしまったら、とっさに反論の言葉が思いつかない。

「え、駄目?」

「だ、駄目か良いかと言われたらそりゃ駄目に決まって……」

 さすが柔道有段者、と言うべきか。私の心が動揺に押されてきているのを、山上は見逃さなかったようだ。

 ふふ、とあまりにも朗らかな笑みを浮かべ、手を広げたままこちらに一歩詰め寄る。

「えぇー? 俺のおかげで今日東と祭に来れてるのに? よく考えたら俺、超損な役回りじゃね? きっかけ作りだけして好きな女の子の浴衣姿を見られたのも一瞬で、更に今からその子を他の男の元へ送り返すんだろ? せめてもの救いにアメリカでは挨拶代わりであるハグを求めるくらい許されるんじゃねーか的な考えはおかしいかね的な?」

「な、何言ってんの」

 そう言い返しながらも、私はよくわからなくなってきていた。

 確かにアメリカじゃハグなんて挨拶代わりだって聞く。

 だったらこの要求も、そんなに驚くようなことでもないのか?

 これくらいでこんなに焦っているのって逆にダサい?

 変に意識して拒むことで、逆にヤラシイ感じになっちゃったりする?

 ぐるぐると回る頭を抱え、私はフリーズした。


 そのときだった。


 ──ポン、と誰かが後ろから私の肩を叩いた。

 驚いて振り返ると、そこには、先ほどから探し求めていた姿があった。

「やーっと見つけた……」

「七緒……」

 七緒は少し息を切らせて、それでもホッとしたように笑った。

「わりぃ、わりぃ。いつのまにか心都のこと見失ってたわ。山上のとこにいたんだな」

 七緒は山上に右手を突き出し、更に2本指を立てた。ピース?

「山上、焼きそば2つ」

「ちぇー、このタイミングで来るんだもんな、東」

 山上がちょっと唇を尖らす。もちろんふざけてやっているのは顔を見ればわかる。しかし今ここに来たばかりで何のこっちゃわからない七緒にとっては、戸惑いの嵐だろう。

「え? なんだよ」

 七緒が心底不思議そうに尋ねる。

 それを完全無視した山上はスタスタと鉄板の前まで歩くと、銀のヘラを使って器用に焼きそばを操り始めた。そして手際良く2つのパックに詰めると、私たちに差し出す。

「へーい、お待ち」

「あ、さんきゅ」

 私は思わず山上をじっと見つめた。

 結局うやむやになってしまったハグの件。私は一体どうするのが正解だったんだろう。

 損な役回り──という先ほどの山上の言葉が、頭にこびりつく。確かに今日七緒と2人で出かけることになったのは、他でもない山上のおかげなのだ。しかも山上は、七緒が私を誘うことを想定した上で、今日の夏祭りの話を持ち出したという。

 なんだかちょっと引っかかる。

 それってつまり、どういう意図があってのこと?

 そんな私の葛藤を知ってか知らずか、笑顔の山上はひらっと手を振った。

「そんじゃ、またな。あ、杉崎、さっきの続きはまた今度ってことで」

「……」

 やっぱり、たまによくわからない奴だ、山上って。







 山上の屋台から離れ、私と七緒は再び歩き出す。

「七緒、大丈夫だった?」

「え」

「私とはぐれてる間にナンパとかされなかった? 変な男から」

「……お前それ、喧嘩売ってんだろ」

「えっ、私は真剣に七緒の身を案じてあげてるのに」

「されてたまるか」

 相変わらずのすごい人混み。やっぱり2人並んで歩くのは難しい。

 たまに人とぶつかりそうになるのを避けつつ、私は一歩前を行く七緒の背中についていく。

「そういや、山上が言ってた、『さっきの続き』って?」

 と、七緒。

 何度も言うようだけど、七緒は私のほんの少し先を歩いている。

 だから、彼の表情は見えない。当然、彼からも私の顔は見えない。

 そのことが原因なのか、はたまた夏の夜の独特の雰囲気のせいなのか──自分でもよくわからないけど、このとき私の中にささやかな好奇心が芽生えてしまった。

 ドキドキと、いたずら欲と、ちょっとの切ない気分が混ざった好奇心。

 それはつまり、さっきの山上とのやりとりを伝えたらこの幼馴染みはどんな返答をくれるのか? というものだ。

 私は答える。つとめて明るく普段通りの、なんてことなさそうな声で。

「いやー、あのね、山上が『お別れのハグをくれ』ってさ。参っちゃうよねあのアメリカンボーイ」

「ハグ? って何だっけ?」

「ギュッと抱きつくってことだよ」

「なんじゃそりゃ」

「さぁ。こっちが聞きたいよ」

 そのとき、お好み焼きの良い香りが鼻をくすぐった。今しがた横を通り過ぎたばかりの屋台からの香りだ。うぅ、誘惑に負けそう。でもソースものだしなぁ。焼きそばとかぶっちゃってるしなぁ。この他にも色々食べたいものはあるし。しょうがない、我慢するか。

 そんなことに目移りしながら歩く私に、七緒が尋ねた。

「結局したの?」

「え?」

「ハグってやつ」

「いや、そう言われて困ってるとこに七緒が来たから。してない」

「あ、そう」

「混乱してたからちょっと助かった。ナイスタイミングだった」

「んじゃ、1つ貸しだな」

 そう言いながら七緒が軽く笑ったのが、後ろ姿からでもわかった。

 やっぱり彼は予想通りの、のん気すぎる反応だった。もちろん私はやきもち焼いてほしいだとか焦ってほしいだとかはハナから望んでいない。ただちょっと伝えてみようかなって思った、小さな小さな好奇心なのだ。



 そんなことより今私が一番動揺しているのは、さっきから七緒が私の右手を引いて歩いていることなのだ。

 そりゃもう、「ナンパされなかった?」のくだりから、ずーっと。



「あのさぁ……こんなこと言いたかないけど、正直、私いま結構手汗かいちゃってるから恥ずかしんですけど」

「こんな人混みじゃまたはぐれるだろ。そしたらまた再会するのに数十分かかんじゃん。さっきはお互い違う方向見ながら別々にフラフラ歩いてたのが敗因だったんだよな」

 敗因って。そんな色気のない言い方ひどい。

「七緒さぁ、ケータイ買ってよ。ケータイあればこういうときもすぐ合流できるよ」

「うーん……。まぁ、そのうち」

 もちろん七緒と手を繋ぐのは初めてのことじゃない。小さい頃はお手手つないで仲良くお出かけなんてしょっちゅうだったし、更に去年の冬の「裏庭タイマン事件」のときのことも記憶に新しい。

 だけどなぜだかやたらとドキドキしてしまう。

 もしかしてこれも、夏の夜の幻想的な雰囲気と浴衣の絶妙な歩きにくさが成せる技なのだろうか。

「前にもこんなことあったよね」

「そうだっけ?」

「黒岩先輩にビンタされそうになったら七緒が間一髪助けてくれて、そのあとこうやって手を引っぱられてさ」

「あー、そんなこともあったよな」

 思えばあのときも今と同じく、七緒はとことんタイミングが良かったんだ。

「なんか私……助けられてばっかりだなぁ」

 ついつい呟いてしまう。

 自分でも情けなくなってしまうほどに、私は七緒にたくさんのものを与えてもらってばかりなのだ。

「……そんなことないけど」

 そう言った七緒の表情は、やっぱり私の位置からは見えなかった。











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