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11<お揃いと、ちょっとした変化>

「――で。泣き終わってすっきりしたら、何かすっごい好きになっちゃってたんですよねぇ」

遠い思い出に浸ってほんわか気分の私に、黒岩先輩は一言こう返した。

「あっそ」

「先輩、反応薄…」

「あたりまえじゃん。あんたの恋話なんか聞いてたってつまんないっつーの。そのにやにやした笑いを止めたくて話させてやったんだよ」

「…そーですか。」

先輩、相変わらずキツい所はキツいまま。

「結局さぁ、そのヤマザキだかヤマガミはあんたに何て言ったわけ?」

「さぁ」

それは今でもわからずじまいだった。

多分七緒は聞こえていたんだろうけど、教えてくれた事はない。

私も訊ねなかったし、訊ねる気もなかった。

「ちっちゃい頃の喧嘩ですから。お前の母ちゃんでーべーそとかそういうのじゃないですか」

ちなみに私の母ちゃんでべそじゃあないです、多分。

もっとちなみに、昔自宅でへそピアスを開けてその現場を見た5歳の息子を泣かせたのは、七緒の母。

「ふぅん。お前の母ちゃんでべそ、に東君は激怒したわけか」

「…それもよくわかんないですね。まぁ、もうそんな昔の事は気にしてませんけど」

結局、最後まで柔道に夢中にはなれなかった私は、しばらくして道場をやめてしまった。

七緒も、中学に入ってからは部活一本にしているようだ。

あの時もう少し楽しんで習っていたら、今頃は私も柔道部員だったのかな。

歴史の流れを感じるって言ったら大袈裟だけど、少し懐かしいような寂しいような気持ち。

遠くから聞こえる、校庭で遊ぶ生徒の声。

校舎からは、吹奏楽部の昼練の音色。

誰かを咎めるような、教師の甲高い怒鳴り声。

そういえば今年の1年生には結構荒れた奴がいるって聞いた。

もしかしてその人が暴れてるのかな──。

そんな事をぼんやり考えていた私は、突然額へ来た軽い衝撃に面食らった。

「うぁ!?」

「ぼけーっとすんな。自分の顔に責任持った方がいいっつったじゃん」

と、指を影絵の狐みたいな型に構えた黒岩先輩。

「…痛いです」

先輩にでこぴんされちったーエヘ。

そう言ったら仲良しっぽく聞こえるけど、黒岩先輩のでこぴんは本当に、冗談抜きで、痛い。

「あんたぼーっとしてるとホントに頭悪そーに見えるんだから、東君の前ではもっとキリッとしてな。嫌われるよ?」

人差し指を突きつけながら、先輩はびしっと言い放った。

…これは。

これは好意的なアドバイス、と受け取っちゃっていいんだろうか?

だとしたら、黒岩先輩はもう七緒の事…。

「ちょっと」

また考えが顔に出ていたのか、黒岩先輩が少し眉をつり上げた。

「念のため言っとくけど、あたし諦めたわけじゃないからねっ!確かにあの時――あんたの代わりに殴られた時の東君は、あたしの好きな可愛いメロメロプリチーな東君とは違ってたけど…でもその直後のにっこり顔には、もう悩殺だったから!つまり、チャンスがあればまた狙うからね!?」

私の顔を見据えて、勢いよく言う。

「…ただ、もう殴ったり呼び出してシメたり、そういう汚い事はしないから」

ライバルが減ったわけではなく。

これからも、サバイバルになりそう。

だけど少なくとも、今の先輩の言葉は、信じられた。

「…私も。今更ですけど、ちょっと頑張ってみようかなーとか、思ってるんです」

例えば、髪をちゃんとしてこよう、とか。

普段からいかにも気合いゼロなだぼだぼジャージは控えよう、とか。

「まだまだちょっとした事ですけど…」

「だから朝より格好がマシになってるわけか。でもその首の古くさい板は、間違ってもあんたを可愛くは見せないんじゃない?」

まぁ、確かに。

別に見た目の問題だけじゃなく、こんな肩凝りの原因は一刻も早く外したい。

でもここまで強気に「メロメロプリチー」とか言える黒岩先輩を見ると、ほんの少し対抗意識が芽生えて。

だから私は重い板を無理矢理掲げて、胸を張った。

「お揃いだからいーんですっ」

アホか、とでも言いたげな先輩の表情。

というかその数秒後、実際に言った。

「アホか。まぁせいぜい頑張んなよ。…頑張れば、ちょっとは可能性あるんじゃない?」

「はいっ…あの、黒岩先輩」

「何」

じろっ、と無愛想な顔を向ける先輩。

「先輩は私を、こんな生意気な奴は初めてって言ってましたけど…」

強い視線を受けても、もう恐いとは思わなかった。

「…私も、呼び出しの時1対1だったのは先輩が初めてです」

──もっとも、私はあれが呼び出し初経験だったんだけど。

でも呼び出しってもっとこう、複数対1人とかだと思っていたもんで。

何だか堪えきれなくなって、私はちょっと笑った。

先輩はもう一度、

「アホか」

と言った。

でも次に、あたしはタイマン主義者なんだよと言った黒岩先輩の目は、間違いなく、ちゃんと笑っていた。






「何か言われた?」

「え?」

教室へ戻った私に、七緒が訊ねた。

「また朝みたいな事…」

「あ、ううん全然。仲良しになったとまでは言わないけど、女同士和解成立っ」

私がニカッと笑うと(今度こそにやにやにならないよう気を付けた)、七緒は凝り固まった肩をとんとん叩きながら床に座った。

「だったらよかったよかった」

「うっわ、おっさんくさ…でも、心配どうも」

「…別に心配ってほどじゃないけど。心都ならその板とか武器にして戦いだしそうだし」

と、七緒が意地悪く笑う。綺麗な歯を覗かせ、にやり。

…う。やっぱりそこらの女の子より、全然可愛いよこの人。

ちょっと悔しい。

「…自分は母ちゃんのへそピで号泣のくせにっ」

「い、いつの話だよっ。てか全然関係ねーじゃん!」

と、下から私を睨む七緒の視線が、ふと止まった。

まるで珍しい物でも見るように首を傾げながら、私の頭の辺りを眺める。

「…何?」

「や、何かいつもと違う気が…」

えっ――き、気付いた!?

この超絶鈍感美少女顔男が!

「嘘っわ、わかる?実は美里に寝癖直しのスタイリング剤とか借りて…っ」

必死こいて説明する私をよそに、七緒はぽんっと手を打った。

「あー、わかった!」

わかった、って。本当に!?

まだ地道な自分改造計画1日目だっていうのに――

こんなちょっとした変化に気付いてくれるなんて!

あぁ決心してよかった、やっぱりこの恋そんなに捨てたもんじゃないんだね…。

と、感動の嵐に巻き込まれた私は涙ぐみながら1人でこくこく頷いた。

「うん、やっぱり」

そう言いながら七緒がすっくと立ち上がった。

そしてその手が、どういうわけか私の頭に。

「…え。え!?何この手はちょちょちょっと七緒サン!?」

「じっとしてて」

真剣な七緒の顔が、すぐそばにある。

何!?ていうか、何っ!?

感動の嵐から一変、今度は混乱の渦が巻き起こった。

だって、七緒の手が何故か私の頭に!

4年前なら何の事なく払い除けたこの手。なのに、今はどうだ。

心臓の音が七緒に聞こえちゃうんじゃないかってくらいに緊張しきっている、自分の免疫のなさが嫌だ。

そして数秒後。


――ぶちっ。


「…ん?」

やけに軽快な音と共に、つむじから来る一瞬の痛み。

そして目の前には、「あ、抜けた」と満面の笑みを浮かべる七緒。

さっきまで私の頭上にあったその手には今、白い糸のような物が握られている。

「うわー、根元から毛先まで真っ白だよ!俺、若白髪って初めて見た。何か違和感あるなぁと思ってたんだけど、やっぱこれが原因だったかー」

「……。」

「それにしてもこんな見事に真っ白なんて、心都、ストレス溜め込んでんだろ」

うん。あのさ七緒。

私の髪の落ち着きに気付くより、この1本の細い若白髪を見つける方が遥かに難しいと思うんだけど。

…そりゃあストレスも溜まりますわ。

だって好きな相手がこんな奴なんだから。

「ってこんなオチ納得いくか―――!!」

「また絶叫!?やっぱストレス溜まってんだ」

「うっさいバカー!!」











やっぱり、と言うべきか。


そんなに簡単にはいかないようです。


こんな私たち。想いが伝わる「いつか」は、本当にいつになるのでしょうか。









…畜生。絶対可愛くなってやる。





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