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9<浴衣と、夜の手前>

「ぐぇ」

「もう、変な声出さないでよ心都」

「だ、だって苦しい……。もうちょっと緩めて……」

 美里が私のお腹の帯をきつく締め上げるから、私はもう限界だった。お昼に食べたメロンパンが出そう(きちゃない話、失礼)。

 美里がピシャリと言い放つ。

「駄目。ここをちゃんとしとかないとすぐ着崩れちゃうんだから」

「うぅ……」

 浴衣着るのってこんなに大変なんだ。知らなかった。

 美里の鮮やかな手さばきに感心しつつ、私は息苦しさに耐えた。


 美里のお姫様部屋で格闘すること数十分。

「はい、完成」

 と、美里が私の肩を叩いた。

 大きな姿見の前に立つと、濃紺に薄紅の朝顔柄の浴衣に身を包んだ自分がいた。美里がうっすら化粧まで施してくれたため、なんだか顔もいつもと違って見える。

「うん、良い感じ。心都みたいに髪が黒々して割とあっさりした顔の子が一番似合うのよ、浴衣って」

「そ……そう?」

 私は、美里みたいに目が大きくてまつ毛バチバチ、色素の薄いサラサラヘアのほうが羨ましいけど。

 美里は誉めてくれるけど、正直、似合っているのかいないのか、自分ではよくわからない。とりあえずいつもの自分とはだいぶ印象が違うなっていうことだけは確かだ。

「さぁ、あとは髪型ね」

 美里が右手にコテを構えた。

「これ使えば心都も憧れの子リスちゃんヘアになれるけど。どうする?」

 私は、子リスちゃんの茶色いくるくるふわふわヘアを思い出した。軽くて柔らかくて、女の子らしさ満点の可愛い髪型。あんなふうになりたい思いが先走って、ちりちり爆発ヘアになってしまったことも記憶に新しい。

 だけど少しの逡巡の後、私は首を横に振った。

「うーん。……やっぱり、普通の髪形でいいや」



 町内の夏祭り。

 それはつまり、待ちに待った七緒とのお出かけの日でもある。

 私は朝からなんだかそわそわしてしまい、美里にヘアメイクの面倒をかけている今も、時計を見て待ち合わせの時間が刻一刻と近付いてくるのを確かめてはギュッと胸を詰まらせている。

「ありがとう、美里」

 自分の頭の高い位置にあるすっきりとしたポニーテールを触り、私は親友にお礼を伝えた。

「なんか心都、顔ひきつってない?」

「え……。わ、わかる?」

 両の拳で自分のほっぺをぐりぐり押す私を、化粧が崩れる!と美里が怖い顔で制止する。

「なんか変に緊張しちゃって……楽しみは楽しみなんだけど、怖い気持ちもあるっていうか……」

「怖いって何がよ?」

 呆れたような美里の声。たまらない気持ちになって、私は顔を伏せた。

「だって……浴衣、七緒にドン引きされたらどうしよう。似合ってないと思われるかもしれないし……『うわ、こいつ浴衣着てきやがったよ、しかも化粧してやがるよ、なに気合い入れちゃってんだよ気持ちわりぃ(失笑)』とか……」

 美里に着付けまでしてもらって本当に悪いけど、今更ながら私は浴衣を買ったことをほんのり後悔し始めていた。

 七緒がただ単に幼馴染みの優しさとして、私を夏祭りに誘ってくれたことは明白だ。これは決してデートなんかじゃない。

 それなのにこうやってめかしこんでいそいそ登場して、七緒に不快感を与えてしまったらどうしよう?

 空回りしていたらどうしよう?

 土壇場の今になってそんな不安が胸にむくむくと湧き上がり、やっぱり胃からメロンパンが飛び出てきそうなのだ(またまたきちゃない話、失礼)。


 反応のなさに恐る恐る顔を上げると、美里は声を押し殺して笑っていた。

 頭を殴られたような、衝撃。

「な……な、なんで笑うの?」

「ごめん、ごめん。なんかおかしくて。心都ったら、めずらしくすごーく『恋する女の子』なんだもん」

「それ、誉めてる? 微妙にけなしてる?」

「誉めてるわよ。大丈夫、浴衣似合ってるわ」

 ポンポン、と美里が私の頭を軽く叩いた。彼女は変な嘘やお世話は言わない子だけど、今の表情や仕草からはまるで小さな子供をあやすようなものが感じられてしまい、私はちょっと複雑だった。

「どうしようもなく緊張しちゃったときのために、心都に簡単なおまじない教えてあげるわ」

「おまじない?」

 その乙女チックな響きに、私は懐かしさを覚えた。

 小学生のころ流行ったなぁ。消しゴムにピンクのペンで好きな人の名前を書くと両思いとか、リップクリームに針で自分の名前を刻むと可愛くなれるとか。

 美里はにっこり微笑むと、他の誰が聞いているわけでもないのに、いたずらっぽく私に耳打ちした。




















 からころ、からころ。と、生まれて初めて履く下駄からぎこちない音がする。

 私は転ばないように気をつけながら、ひとり歩く。せっかく着飾っているのにここですっ転んでボロボロになったら台無しだ。

 赤に少しの紫が混じった空を見上げる。

 チチチ……と名前のわからない虫が鳴き、日が暮れかけて暑さが少し和らぎ始める、夜の一歩手前。夏より冬派の私だけど、夏のこの時間帯は大好きだ。

 雨が降らなくて良かった。


 七緒との待ち合わせ場所は、町の少し外れにある神社。そこが今日の夏祭りの開催地なのだ。

 鳥居の前に到着して辺りを見回す。普段は閑散としている広い敷地内も、今日は出店や大勢の人の活気で賑わっている。

 約束より少し早く来てしまったから、まだ七緒の姿は見えない。

 早く来てほしいような、来てほしくないような。そんな微妙な気持ちが私の胸を占拠していた。いくら片思い中とはいえ相手は十何年の付き合いの幼馴染みなのに、ちょっとおめかしして会おうってだけでこんなにビビってしまうなんて。自分の小心加減が情けない。

 ため息をつきかけたその瞬間、遠くからこちらに向かい歩いてくる七緒の姿を、視力1.5の私の目がとらえた。

 あぁ、どうしよう。私は意味もなく自分の頭や顔を触った。


浴衣とかメイクとか髪型とか変じゃないかな──やっぱりやめとけば良かったかな──今から公衆便所にかけ込んで浴衣脱いでメイク落とすべきかな──いやいや着替え持ってないじゃんただの変質者じゃん──もう軽いパニックだ。


 しかし、そんな私の動揺に拍車をかける、予想外の出来事が起きた。

 七緒は私の真ん前をスーッと通り過ぎ、鳥居のもう一方の足側に立った。そしてそのまま腕時計で時間を確認すると、何事もないかのようにそこに居続ける。

 つまり、まさかの完全スルーだ。

 この距離なら確実に私が視界には入っているはずなのに。

 なんだ、つまりこれは、あれか?

 私、とっさに他人のフリしたくなるくらい浴衣が似合っていないってこと?


「な……七緒……?」

 泣きたい気持ちをこらえ、背後から呼びかける。自分でも驚くほど悲壮感あふれる声になった。

 振り返った七緒が、私を見て目を丸くする。

「え、心都だったのか! なんだよ、浴衣着てるからわかんなかった」

「はぁ、すんません。マジですんません」

「何ペコペコしてんだよ」

 なんとなく七緒と目を合わせることができない。

 軽く笑って、「てへ、ちょっとおめかししてきちゃったー。こんなときくらいしか浴衣着る機会もないからサー」と冗談っぽく言えたらどんなに楽になるだろう。

 だけど今の私にはそれもできない。挨拶もそこそこに謝罪を連発しおろおろと視線を泳がせる私は、きっと挙動不審っぷりこの上ないだろう。

 不意に、七緒と目が合ってしまう。

 七緒はちょっと笑っていた。

 それが苦笑なのか失笑なのか、はたまた愛想笑いなのか──完全テンパり状態の私には判断がつかない。

「へぇ。浴衣だとなんかいつもと違う感じだな」

「……」

 誉め言葉とも遠回しな批判とも取れる発言だ。

 今の彼の言葉──『なんかいつも(ダサい格好してるお前だけど今日みたいに変に気合い入ってる)と(また普段とはひと味)違う(気持ち悪さがにじみ出てる)感じだな』の略だったらどうしよう。

 胃がキュッとする。

「なんかさ──」

「……虫」

 何か言いかけた七緒をさえぎり、私は呟いた。

 自分自身に言い聞かせるように、低く低く唱える。

「だんご虫」

「は?」

「今日の七緒はだんご虫、だんご虫」

「……喧嘩売ってんの?」

 断じて売っていない。

 美里が教えてくれたおまじない──「緊張しちゃったときは、相手をだんご虫かなんかだと思うようにすればいいのよ」──をさっそく試しただけだ。


 不本意極まりない、といった感じの表情の七緒。

 並んで、私たちは夏祭りの人混みの中を歩き出す。








お読みいただきありがとうございます。

気が付けばユニークアクセス数が5万人に。本当にありがたいことです。

スローペースな話ですが、どうか完結までお付き合いいただきたいです。

また、感想、意見などいただけると嬉しいです。

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