1<七不思議少年と、ジャージ少女>
恋をすると女の子は可愛くなるらしい。
些細なことに悩んだり、些細なことにときめいたり。
そんな日々のドキドキが何やら不思議な作用となって、内面のみならず外面にも表れる。
だから恋をすればするほど、女の子は可愛く、綺麗に、輝いていく。
これが世間の俗説らしい。
──本当だろうか?
* * * *
冬が好き。
もっと詳しく言うと、冬の澄んだ朝。私はこれが好き。
冷たい空気に包まれると、朝のどたばたした慌ただしさも眠気も吹っ飛んで、たちまち心が落ち着く。私の解熱剤。
だからその日も、行ってきまーすで家から1歩出た瞬間、ひんやり感がたまらなく嬉しかった。
頭がしゃっきりとして、背筋も伸びる。
今日は1時間目から嫌いな数学で居眠りする気満々だったけど、まぁ頑張ろうかという気持ちになる。
だけど、しかし、でも。 やっぱり世の中、気持ち良い空気1つで全てが落ち着くはずがない。そう思い知ったのは歩きだした数秒後、見慣れた姿を前に発見した瞬間だ。
私の頬はみるみる緩んで、頭に花でも咲かせられそうな高揚感が体中を占領した。
もはや冬の冷たい空気じゃどうにもならない。
だって、大好きな人の後ろ姿だったから。
「七緒」
私の呼ぶ声にゆっくり振り向いたのは、可憐な花がよく似合う、天使のように光を放つ、ショートヘアの美少女……に見えるけれど、正真正銘、男である。
「おはよう、七緒」
と、小走りで追いついた私に、
「……はよ、心都」
その美少女顔──美少年顔ではなく、美少女顔──とは正反対などこか可愛げのない口調で返答した彼、東七緒。私の幼馴染みである。
「なんか七緒、今日は朝早いね」
「部活の朝練あるから。……お前も、いつもの事ながら、はえーな」
「朝は強いもん。ただし冬限定だけど」
「あぁ、夏は暑すぎて起きれないんだ?」
「正解」
私が冬好きって覚えていてくれた。片思い歴4年の私はそんな小さい事に喜んでしまう。
「さぁ、ここで会ったが100年目。学校まで一緒に行こう!」
「それってさ、敵とかに使う言い回しじゃないの?」
七緒のドライな突っ込みは聞かなかった事にして、私はルンルン気分で歩みを進めた。
『2年2組の東七緒は、あんなに可愛いのに男』。
これ、この有坂中学校の七不思議の1つだ(ちなみに他には『校長の髪の毛は年々不自然に増え続ける』『飼育小屋のオウムは、誰が教えたわけでもないのに下品な言葉で女子生徒に絡む』etc...)。
女の子のような可愛い顔を持つ七緒は、いつでもどこでも目立つのだ。
そんな彼と、わたし杉崎心都の出会いは遡ること14年前。つまり、生まれた時からの付き合いだ。
母親同士が高校時代の友達で家もご近所っていう、幼馴染みの定番パターン。必然的に小さい頃から七緒が遊び相手な訳で。
でも、これがいけなかった! なにしろ身近すぎて全く恋愛対象にならない。
それは七緒にとっては今も変わらないらしく、こっちの気持ちに全く気付きもしないこの鈍感野郎。
いや、まぁ、私がちゃんと素直に言えないのがいけないんだけど、七緒も悪い。男のくせにこんなとんでもない美少女顔──反則だ。
七緒と並んで校門をくぐる。
「いててて」
「何」
「いや視線が……」
あぁ、七緒狙いの方々の殺気立った視線が痛い。
七緒はその顔のせいで当然、女の子──たまに危ない感じの男の人もいるけど──に、特に3年のお姉さん方に人気がある。だから私が七緒への気持ちに気付いた4年前、奴はすでにたくさんの女の子に狙われていた。その人数は中2になった今でも増える一方。まさに恋愛サバイバルってやつだ。
でも、最近思う。
この恋の本当の問題点は、実は七緒でもライバルの先輩達でもなくて──
「はぁ」
思わず溜め息が出た。
すると隣で七緒が、
「へー、心都にも溜め息つくような悩み事あるんだ」
と、可愛い顔を歪めながらさり気なく嫌味。
「あんたのせいだっての」
舌打ち交じりに反論する私の顔を見て、七緒の目には「?」マークが浮かんだ。
……あぁ、もう。この鈍感、どうにかしてくれ。
私はがっくりと肩を落とした。
校庭を抜け、朝練があるからと体育館に入った七緒と別れ、私は教室へ向かう。
せっかく同じクラスなのに一緒に教室まで行けないなんて寂しいナー、とか乙女っぽいことを思ってみる。
ガラッとドアを開けるなり、栗色のさらさらロングヘアーが私の目の前にあった。
「おはよ、心都!」
「美里、おはよー」
美里は窓際の私の席までついてきて、私が鞄を置くなりにこにこして囁いた。
「窓から見てたわよ。一緒に登校なんかしちゃって! やったじゃない」
「へっへっへ」
思わず頬が緩んでへらへら。
美里は私の友達で、更に言うと学校でも有名な可愛子ちゃんで、そして、唯一、私が七緒を好きって事を知っている人間だ。ちなみに人間以外では、我が家の愛犬クロ(雑種、雄、5歳)も知っている。私が家でよく愚痴っているから。
「でもねぇ、心都」
「ん?」
美里の大きな瞳が、呆れたように私を覗き込む。
「ジャージ登校は、いい加減やめたほうがいいよ?」
「……う。」
もっともなお言葉。
実は私、冒頭で家を出て冬の空気がどうとか語ってた時からずっと、学校指定のダサいだぼだぼ青ジャージを身にまとっていた。
「だってスカート好きじゃないんだもん……」
うなだれる私に美里がぴしゃりと言い放った。
「そんなんだからずっと幼馴染みから発展しないのよ。制服の七緒君とジャージの心都、遠くから見ててもすっごい変な組み合わせだったわ」
「マ、マジ?」
「マジよ。もっとこう、女らしさをアピールしなきゃ! っていうか、とりあえず一刻も早く着替えてきなさいよ」
「はぁい……」
普段は砂糖菓子みたいに可愛い美里だけど、こういう時の彼女には逆らえない。
私は制服を抱えてしぶしぶ更衣室へ向かった。
廊下の窓に映る自分を見る。
今日は何をやっても寝癖が直らなかった。頑張ったのに。肩まである髪の毛先が、一部ぴょこっとはねている。
「……そりゃあ、なれるもんなら私だって」
可愛くなりたい。七緒がメロメロのドキドキになっちゃうくらいに。
でもやっぱり七緒を見るたび、あぁこいつにはかなわないよなぁ、と思ってしまう。
恋をすると女の子は可愛くなるらしい。
嘘だ、と思う。
世界で最初にそんなこと言い出した奴を探し出して、エルボーかましてやりたいくらい。
だって片思い歴4年の私、いまだにちっとも可愛くなる兆しがないんだもの。
大体、自分より恋の相手の方が何倍も可愛いなんて! ……どうしたらいいのよ。
──そう。最近、真面目に思う。
この長い片思いの本当の問題点は、可愛すぎる七緒でも、多すぎるライバルでもなく。
可愛くなれないこの私、なのだ。