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婚約破棄ですね。では議事録を取ります 〜元ベテランPMの悪役令嬢は、破滅フラグをリスク登録簿で管理する〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ


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第15話 それは今回の範囲に含みますか

「それは今回の範囲に含みますか」


私が尋ねただけで、会議室の端にいた貴族が扇を閉じた。


たぶん今の言葉は、この国では刃物に分類される。


短い休憩が明け、写しが配られ、両殿下も席へ戻っている。儀典準備室の相談役として、サヴィエ侯爵も新たに席へ加わった。再開した確認会の最初の議題が、この五枚だった。


宰相府書記官が差し出した五枚の追加希望一覧は、まだ採否を決める段階のものではない。


一枚目、第二王子殿下の発言機会。


二枚目、寄付窓口案内。


三枚目、追加の魔術演出。


四枚目、地方代表の席次調整。


五枚目、支援対象例の文言。


どれも、書き方だけは控えめだった。


発言機会。案内。演出。調整。文言。


小さく見える言葉ほど、仕事になると大きい。


「採否確認を、と申し上げましたが」


宰相府書記官が、慎重に言い直す。


「まず、採否の前提を確認する、という理解でよろしいでしょうか」


「はい。採用するかどうかの前に、今回の建国祭準備案件で扱うものかを分けます」


私は五枚の紙を、少しだけ横へずらした。


一つの山にしておくと、全部同じ重さに見える。けれど、この五枚は同じ重さではない。


「建国祭の式典本体、王族と来賓の導線、献上品と調達品の最終確認。ここは今回の範囲内です」


儀典準備室の担当者が、少し安堵した顔をした。


自分たちの仕事まで切られると思ったのかもしれない。


「既存救済事業紹介の検討も、第二王子殿下が容認された範囲として扱えます。ただし、具体的な口上、寄付窓口、誰を例に出すかまでは含みません」


アルフォンス殿下の眉が動いた。


先ほどの記録が、ここでも効く。


既存救済事業紹介を検討する方向性は容認した。だが、具体的な文言や窓口までは実施承認していない。


本人の面子を守るためにも、この線は動かせない。


「リューデンベルク嬢」


扇を閉じた貴族が、ゆっくり口を開いた。


儀典準備室の相談役として同席しているサヴィエ侯爵だ。年配の侯爵らしく声は低く、怒鳴らない。だから余計に圧がある。


「建国祭は、王家の正統性を示す場です。華やかさ、前例、地方代表への礼を、単なる追加希望として扱われては困ります」


「おっしゃる通りです」


私はすぐに答えた。


ここで華やかさを軽んじると、こちらが式典の意味を理解していないことになる。


「ですので、華やかさを不要とは申しません。今回の責任範囲に含めるか、影響を確認してから入れるか、上位判断へ回すかを分けます」


「範囲外とは、不要という意味ではない、と?」


ヴィクトル殿下が確認する。


ありがたい。


この言葉は、私が言うより王太子殿下の確認として場に置かれた方が通りやすい。


「はい。範囲内は、今回の建国祭準備案件で責任を持って扱う項目です」


私は紙の余白に、短く線を引いた。


「範囲外は、不要という意味ではありません。この案件の責任範囲に含めない、という意味です」


私は、その下にもう一本、線を足す。


「そして、今は条件が足りないものを未定とします。本人同意が必要なもの、出所が未確認のもの、影響見積りがないものです」


「別判断は」


グレアム宰相が問う。


「この会議で決める権限がないものです。王族側、上位者、または別案件の判断へ回します」


サヴィエ侯爵の扇が、閉じたまま膝の上で動いた。


「つまり、地方代表の席次調整は」


「別判断です」


会議室の空気が、少しだけ硬くなった。


席次。


この国の貴族にとって、座る場所は椅子ではない。家格と、歴史と、誰にどう見られるかをまとめた小さな舞台だ。


「地方代表の席次には、家格、警備、政治的意味が含まれます。儀典準備室だけでも、初期調査担当だけでも決められません」


私はサヴィエ侯爵をまっすぐ見た。


「別判断に回すことで、軽く扱わずに済みます」


「軽く扱わないために、外す」


サヴィエ侯爵は、その言葉を口の中で転がすように言った。


「奇妙な言い方ですな」


「はい。私もそう思います」


マルタが横でほんの少し目を伏せた。


たぶん、そこは同意しなくてよい場所だった。


でも、奇妙なのは事実だ。


前世でも、重要な仕事ほど、あえて今の案件から外すことがあった。混ぜると、誰も責任を持てなくなるからだ。


「別案件にすれば扱えます。混ぜると、どちらも終わりません」


私は地方代表の席次調整の紙に、別判断と書いた。


サヴィエ侯爵は不満そうだったが、扇を開かなかった。


次は、第二王子殿下の発言機会。


アルフォンス殿下が、そこでようやく顔を上げた。


「それも範囲外にするつもりか」


「発言機会そのものは、未定です」


「未定」


「はい。王族代表の宣誓や既存救済事業紹介と重なる可能性があります。式次第、王族名義、責任の見え方に影響します」


私は言葉を選んだ。


ここで「殿下の評価補修に見えます」と言えば、場は荒れる。けれど、言わなければ記録が曖昧になる。


「特定王族の評価を補う場に見える危険があります。その目的自体は、今回の範囲外です」


私は発言機会の紙の余白に、評価を補う目的は範囲外、と添えた。


アルフォンス殿下の口元が固くなった。


「私は王家の保護姿勢を示すべきだと言った」


「はい。そこは検討容認として記録済みです」


私はすぐに頷いた。


「ですが、第二王子殿下の発言機会を増やすかどうかは別です」


私は未定の文字を指した。


「式典本体の目的、王族代表の役割、誰が承認するかを確認してからでなければ、範囲内には入れません」


アルフォンス殿下は黙った。


否定されたわけではない。


だが、名義だけで押し通す道は、また少し狭くなった。


「寄付窓口案内は」


宰相府書記官が次の紙を示す。


「未定です。既存救済事業紹介との関係、寄付先、後援名義、商会や侯爵家に近い窓口の正式関与を確認します」


「侯爵家に近い窓口」


サヴィエ侯爵が小さく言った。


その声に、肯定も否定もない。


知っているのか、知らないのか。


今は断定しない。


「出所未確認のまま、建国祭の範囲内には置けません」


私は寄付窓口案内の紙に、未定と書いた。


「追加の魔術演出は」


「未定です。安全区域、式次第、費用、魔術師団の作業時間に影響します」


「華やかさは必要です」


儀典準備室担当者が、控えめに口を挟んだ。


「否定しません。ただし、華やかさは安全を上書きしません」


ヴィクトル殿下は否定しなかった。


追加の魔術演出も、未定。


最後の紙は、支援対象例の文言だった。


この紙だけ、羽根ペンが少し重くなる。


特定の誰かを思い浮かべさせる文言。


王家が弱い立場の者を守る姿勢を示す。そのこと自体は正しい。だが、実在の誰かを美談に変えるなら、本人の同意が必要になる。


私は紙面を見たまま言った。


「これは未定です」


「理由は」


グレアム宰相の声は淡々としていた。


「特定人物を連想させる可能性があります。本人同意がない限り、建国祭の文言には入れません」


会議室が静かになった。


特定の令嬢の名前は出さない。


ここで出せば、その名前自体がまた材料になる。


「保護のための言葉であっても、本人の手元を離れれば、利用になります」


言ってから、私は自分の指先を見た。


これは、私自身の過去にも刺さる言葉だ。


家格を盾に人の声を遮った私が、本人同意を語る。


都合がよすぎる。


けれど、都合が悪いから黙るのは、もっと悪い。


「本人同意が必要なため、現時点では未定です」


私は、五枚目にも未定と書いた。


その瞬間、視界の端でマルタが動いた。


私の左手が、いつの間にか白紙へ伸びていた。


未定項目の確認先。


出所確認。


影響見積り。


本人同意確認。


別紙を一枚作れば、今すぐ整理できる。


いや、違う。


それは後の確認会で扱う仕事だ。少なくとも、今この場の仕事ではない。


それでも、手が動く。


「お嬢様」


マルタの声は小さかった。


「範囲外と未定を書きながら、別紙を作ろうとなさっています」


会議室の空気が、少し変わった。


サヴィエ侯爵がこちらを見る。


アルフォンス殿下も、ヴィクトル殿下も見る。


やめてほしい。


仕事の癖を王族と侯爵の前で指摘されるのは、断罪より少し恥ずかしい。


「……ありがとうございます」


私は白紙から手を離した。


「今ここで決めない、という決定も必要です」


マルタは深く頭を下げた。


口元が少しだけ緩んでいた気がする。気のせいかもしれない。


「リューデンベルク嬢」


ヴィクトル殿下が言った。


「君は、未定の項目をこの場で引き取らないのだな」


「はい。私は初期調査と整理担当です」


私は、未定の欄から目を離さずに答えた。


「未定項目の出所、影響、必要な承認者は確認事項として残します。ですが、私の持ち帰り案件にはしません」


言いながら、胸の奥が少し痛かった。


やればできる。


できるから、引き受けそうになる。


できることと、引き受けてよいことは違う。


前世で何度も部下に言った言葉を、今度は自分に向ける。


「範囲外を決めない計画は、際限なく太ります」


つい、仕事口調が出た。


アルフォンス殿下が眉をひそめる。


「計画が太るとは何だ」


「失礼いたしました。やることと、やらないことを分けないと、最後にすべて同じ案件として扱われてしまう、という意味です」


「相変わらず妙な言い回しだな」


「自覚はあります」


マルタが今度は咳払いをしなかった。


グレアム宰相が書記官へ視線を向ける。


「範囲定義書として残せ」


「承知いたしました」


宰相府書記官が新しい紙を取る。


私は、今度は白紙を奪い取らず、口頭で項目を絞った。


長くしすぎない。


今この場で必要なのは、五枚の追加希望を採用したかどうかではなく、どの区分に置いたかである。


◆ 範囲定義書

項目    :範囲定義書 SD-015-001

対象案件  :仮: 建国祭記念式典準備案件

確認目的  :今回扱うこと、扱わないこと、未定、別判断を分ける


範囲内   :式典本体の進行、王族・来賓導線、献上品・調達品最終確認、既存救済事業紹介の検討

範囲外   :特定王族の評価を補うことそのもの。建国祭準備案件の目的には含めない

未定    :第二王子殿下の発言機会、寄付窓口案内、追加の魔術演出、支援対象例の文言

別判断   :地方代表の席次調整。家格、警備、政治的意味を含むため上位判断へ回す

本日採否しない:本人同意が必要な文言、出所未確認の提案、影響見積り未了の演出

次アクション:未定項目の出所、影響、必要な承認者を確認する


読み上げが終わると、サヴィエ侯爵が扇を開いた。


今度は、ゆっくりと。


「地方代表の席次を別判断に回すこと、確かに記録されましたな」


「はい」


「ならば、別判断の場を設ける責任はどこにありますか」


よい質問だった。


よい質問だが、私が飛びつくと危ない。


「宰相府と王族側で確認する事項です。私は、今回の範囲定義書に次アクションとして残します」


グレアム宰相が頷いた。


「宰相府で受ける。地方代表の席次については、儀典準備室から前例と警備影響を添えて上げよ」


儀典準備室担当者が頭を下げる。


サヴィエ侯爵は、それ以上は言わなかった。


切られたのではない。


上げられた。


少なくとも、そう見える形にはなった。


「第二王子殿下の発言機会は」


アルフォンス殿下が言った。


「未定のままか」


「はい。発言機会そのものを否定した記録ではありません」


私は範囲定義書の未定欄を指した。


「ただし、式次第、王族名義、承認者を確認するまでは、今回の範囲内には置きません」


アルフォンス殿下は、少しだけ視線を落とした。


「否定ではないが、勝手には進められない」


「その理解で相違ありません」


宰相府書記官が、今の言葉を書き留める。


公式記録になる音がした。


ヴィクトル殿下が、静かに言った。


「範囲外に置くことで、式典本体を守るのだな」


「はい。範囲外と未定は、式典本体を軽くするためではありません。式典本体を守るために置きます」


その言葉に、会議室の空気が少しだけ変わった。


誰かの希望を切る場ではなく、式典を守る場。


そう見えれば、次の反発は少し減る。


少しだけだ。


ゼロにはならない。


「では」


グレアム宰相が、締めるように言った。


「本日の記録は、役割分担表 RM-014-001 と範囲定義書 SD-015-001 を添付する」


グレアム宰相は、そこで一度言葉を切った。


「未定項目については、出所、影響、必要な承認者を確認する」


「承知いたしました」


宰相府書記官が答えた。


私は羽根ペンを置いた。


置いた。


置いたはずなのに、指先はまだ次の紙を探している。


マルタが横から紙押さえをすっと置いた。


物理的に止められた。


「お嬢様」


「はい」


「今は、置いてください」


「……はい」


王族と侯爵の前で、侍女に紙を取り上げられる公爵令嬢。


社交界に流れたら、悪評の種類が増える。


ただ、今の悪評は少しだけ実態に近い。


「範囲定義は以上だ」


グレアム宰相が言いかけた時、会議室の扉が控えめに叩かれた。


宰相府書記官が確認へ向かう。


戻ってきた書記官の顔には、先ほどまでの記録係の無表情が少しだけ崩れていた。


嫌な予感がする。


「申し上げます」


書記官は、手元の小さな伝達紙を見た。


「寄付窓口案内の札文案について、商会側への清書依頼がすでに出ております」


会議室が止まった。


「誰の承認で」


ヴィクトル殿下の声が低くなる。


書記官は続けた。


「第二王子付き書記より、内々に進めて差し支えないとの伝言があった、と」


アルフォンス殿下が、顔を上げた。


「私は承認していない」


その声には、怒りと、少しの焦りが混ざっていた。


私は、範囲定義書の未定欄を見た。


寄付窓口案内。


未定。


出所未確認。


本日採否しない。


その紙の上では、まだ動いていないことになっている。


けれど、王宮の外では、もう誰かの手が動いている。


未定は、未定と書くだけでは止まらない。


止めるには、次の紙が必要になる。


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