第3話 一番可愛いもの
校外学習を終え、三年生を乗せたバスは学校へと戻った。
少し話がしたくて、ひかりはバスから降りてくる誠司の姿を眼で追う。
「ねえひかり、高木君から食べ終わったお弁当箱、貰わないといけないんじゃない?」
「えっ、うん」
気を利かせてくれたのか、楓はそう言うと、良く通る声で勇磨を呼んだ。
「あらたー」
バスの中で寝ていたのか、勇磨はなんだか眠そうに欠伸をしながらやって来た。
「なんだよ、なんか用か?」
「これからグラウンドに集合してそのまま解散だけど、あんた高木君のとこ行って、すぐに帰らないよう言ってきて。お弁当箱を回収しないといけないから」
「ああ、わかった」
最近こんな感じで楓は勇磨を、誠司への連絡係として使っている。
生徒の大勢いる中で、ひかりがおおっぴらに誠司に話しかけると、やっかむ連中が際限なく増えていく。そうならないよう楓なりに気を遣っているのだ。
もう下校時刻をだいぶ過ぎていたので、学校に残っているのは三年生だけだ。
グラウンドで解散すると、生徒達は列になって校門へと流れていった。
誠司は言われたとおり生徒たちの流れから抜け出て、ひかりたちと合流した。
そしてリュックからお弁当箱を取り出してひかりに手渡した。
「今日も美味しかったです。ご馳走様でした」
美術室ではいつも食べ終わった後に、必ず誠司はそうひかりに伝えていた。
昼間は人目があったので、このタイミングになったという訳だった。
お礼を言って来た誠司に、ひかりは頬を少し紅く染めてはにかむ。
「良かった」
完食したお弁当箱をひかりがリュックにしまうと、四人はそのまま肩を並べて校門を出た。
すると、そこから数歩も行かないうちに、楓が声を上げた。
「あー、喉乾いた。私水筒のお茶全部飲んじゃったのよね」
それを聞いたひかりは、自分のリュックを開けて水筒を出そうとした。
「私もあんまり残ってないけど、飲む?」
すると楓はひかりにだけに分かるようにウインクしてみせた。
「ねえ高木君、ちょっと戻って中庭の自販機で飲み物買ってきてよ。ひかりと一緒にさ」
「う、うん。いいけど……」
「じゃあオレンジジュースお願いね」
誠司はひかりの様子を窺う。
ひかりは楓に何か言おうとしたけれど、思い直したように「じゃあ行ってくるね」と言った。
すると勇磨が楓の意図にまるで気付くことなく、二人について行こうとした。
「誠ちゃんが行くんなら俺も行くぜ」
背を向けた坊主頭の襟首を楓はすかさず掴む。
「あんたはここで待ってろ!」
すごい形相でキレられて、勇磨は渋々楓と待つこととなった。
「勇磨は何がいい?」
「なんでもいいよ。あ、やっぱお茶にしとくわ」
二人になった誠司とひかりは、お互いを意識しつつ学校へと戻った。
下校時刻をかなり過ぎた中庭は、空の色を映すかのように僅かに蒼い帳が降り始めている。
見慣れた校舎は眠りについたかのように静かで、職員室の窓から漏れる灯りを見ていると、何だか別の場所にいる様な錯覚を覚えた。
生徒がいなくなったとても静かな学校。
先生に見つかれば、きっと早く帰れと言われるだろう。
そんな緊張感が、二人のささやかな時間を、ほんの少しだけ特別にする。
見慣れた自販機の前で、誠司とひかりはお互いの顔を見て笑いあう。
「なんだかいけないことをしてるみたい」
「そうだね。先生に見つからないようにしないと」
自販機にコインを入れて、四本のペットボトルを買うと、二人はそのまま中庭を抜けていこうとした。
「なんだお前ら、まだいたのか?」
二人は両手にペットボトルを持ったまま、声のした方を振り返る
校舎の陰から咥え煙草で姿を見せたのは島田だった。
「なんだ先生か」
見慣れた担任教師に、誠司はほっとした様な声を上げた
「なんだってなんだよ。下校時刻はとうに過ぎてるんだぞ、一体おまえらこんなとこでなにやってんだ? まさか不純異性交遊か?」
おかしな指摘をされて、二人はあたふたしてしまう。
「そ、そんなわけないでしょ。喉が渇いたから飲み物を買いに戻っただけだよ」
島田は咥え煙草のまま、慌てて否定する誠司の様子を愉しむように、口元に笑いを浮かべている。
「ふーん、そうか。まあいいや」
あまり純情な二人をからかうのは良くないと思ったのか、島田は「早く帰れと」残してあっさり去って行った。
「びっくりしちゃった」
ひかりはペットボトルを持った手を胸にあてて、安堵の表情を見せた。
「そうだね。でも見つかったのが島田先生で良かった」
同じ様に誠司も安堵しつつ、ふと、このようなことが以前もあったことを思い出した。
「なんだか島田先生、いつもこのタイミングで現れる気がする」
「あ、私もそう思った」
二人は可笑しそうに笑いあう。
「色々なことがあった一日だったね」
「本当に。時任さんの言うとおりだ」
二人は校庭を抜けて校門へと向かう。
まだ薄明るい高い空には気の早い星が瞬き、秋の空気に混じり夜の匂いが二人の周りにし始めた。
ひかりはほんの少しだけ、隣を歩く少年との距離を縮める。
自分からはあまり上手く話せない誠司に、ひかりは自分から話しかける。
「今日はいっぱい動物に触ったね」
ひかりはとても楽し気に今日の校外学習を振り返った。
「観光牧場っていいよね。動物園の方が種類は多いけど、ああやってたくさん触れ合えるし」
「時任さんはすごく楽しそうだったね」
「うん、楽しかった。特にワラビーが可愛くって」
あの無表情で何を考えているのか分からない奴か……。
誠司はほぼ無反応だったワラビーのことを思い浮かべながら、ひょっとすると可愛い女の子には態度を変える奴だったのかと勘ぐった。
「高木君はどの子が一番可愛かった?」
不意にされた質問に、誠司の心に浮かんだのは、言うまでもなく隣を歩く黒髪の少女だった。
「わ、ワラビー……かな……」
思い出深い一日の終わりに、つい嘘をついてしまった誠司だった。
ご読了頂きありがとうございました。
「ひかりの恋」の第24話と第25話に起こった二人の物語は如何だったでしょうか。
恋の入り口で足踏みする二人は、お互いを想いつつも、それを悟られないようひたむきに隠そうとします。
視線だけでお互いを追い求めるもどかしい二人を、今回綴った三話の中にたくさん描きました。
また、昼食の時間に、二人は共有する大切な秘密を、危うくクラスメートに気付かれてしまいそうになります。
そして、動揺する二人を助けたのは、やはり二人の親友でした。
いつも二人の関係を掻き回してしまう二人でしたが、今回はとても頼りがいのある一面を見せたと言っていいでしょう。
「ひかりの恋 卒業」で物語を完結させた今でも、私は彼らのことをどうしても考えてしまいます。
たくさん頭に浮かんでしまったイメージは、こうして、また一つの作品になってしまいました。
「ひかりの恋 思い出の欠片」の一つの話として、楽しんで頂けたら幸いです。
では、この辺りでお別れを。
感謝を込めて。
ひなたひより




