第2話 お弁当騒動
ひかりのいる五人編成の班は、芝生広場に到着するなり少し困った問題に直面していた。
動物をしつこく撫でまわしていた楓のせいでかなり出遅れてしまい、見渡しても芝生広場には、もうあまり座れそうな場所が無い。
「んー、どこに座ろうか……」
班長が周囲を見渡して場所を探すも、残念ながら快適そうな所は見当たらなかった。
ひかりはかなり奥の芝生のない所を指さす。
「あそこだったら座れそう」
「あそこか、まあ、ご飯を食べるだけだしいいよね」
女子たちが移動しようとすると、キョロキョロと周囲を見回していた楓が「ちょっと待って」と声を上げた。
「みんな私に付いてきて」
そして楓は、少し小高くなっている場所にある大きな欅の木に向かって足を踏み出した。
「はいはい、ちょーっとお邪魔しますよ」
いきなり堂々と割り込んできた楓に、弁当箱の蓋を開けたばかりの班長の竹田が、迷惑そうに振り返った。
「悪いけど、先に場所を取ってたのは俺たちだから……」
その先を言いかけた竹田は、楓の後ろにいた黒髪の美少女に気付いて、言葉を呑み込んだ。
「と、時任さん……」
一瞬だけ呆気にとられたあと、我に返った竹田は手の平を返したかのように態度を変えた。
「おいお前ら、そっちに詰めろ」
学園一の美少女とお昼ご飯をご一緒できる。
降って湧いたような幸運に班の連中は浮き足立ち、急いで場所を空けた。
「あら、皆さんありがとう。じゃあ遠慮なく」
思ったとおりの展開に、楓は余裕の笑みを浮かべつつ自分のシートを広げる。
ひかりは楓の大胆不敵さに舌を巻きつつ、割り込んでしまったことに対し、ひと言謝罪しておいた。
「ごめんなさい。割り込んでしまって」
「いやあもう全然。ささ、こちらにどうぞ」
なんだか鼻の舌を伸ばした男子生徒たちに大歓迎されて、ひかりの班はお弁当を広げ始めた。
竹田が場所を広めに陣取っていたお陰で、女子五人が合流してもあまり窮屈な感じはない。
結果的に楓の思惑どおりになったわけだが、よく考えてみるとこの企みは誰も損をしていなかった。
男子たちは学園一の美少女とのひと時を過ごせるわけだし、出遅れたひかりの班の女子たちは、快適な場所で昼食を摂れる。
そして、誠司とひかりは、思いがけずお互いの顔を見ながらお弁当が食べられるわけだ。
楓は思い付きで行動を起こして、しょっちゅう周囲を掻き回して迷惑を掛けている人だが、今回の場合はみんなの幸せに貢献したと言えるだろう。
それから誰が決めたわけでもないのに、合流した二つの班は自然と円の形になった。
ひかりと向かい合うようになったのは、あの鼻の下を伸ばした班長だった。
「あー、なんかしっくりこないな。ねえひかり、替わってくんない?」
「え? うん、いいよ」
楓が場所を代わると、ひかりは誠司と向かい合う形になった。
何だか露骨に見える楓の行動だったが、意外と誰もその意図に気が付いていなさそうだ。
つまりはクラスでもかなり影の薄い誠司と学園一垢抜けた美少女とは、間違っても結び付かないであろうという固定観念が二人をカモフラージュしているのだろう。
誠司は向かい合うひかりをチラチラ見る。そしてひかりも同じく誠司に控えめに視線を向ける。
そして楓は満足げに弁当箱の蓋を開けた。
「いっただっきまーす」
楓に続き、一同が手を合わせたその時だった。
「おー誠ちゃん、ここにいたか」
肩にリュックを提げて、陽気に姿を現したのは勇磨だった。
どういう訳か、班行動をとらずに自由行動をしている。
「悪い、ちょっと詰めてくれ」
遠慮も糞もなく割り込んできた坊主頭に、竹田はあからさまに嫌な顔をする。
「図々しい奴だな、他所に行けよ」
「まーまー、固いこと言うなって」
普段から勇磨は二組に頻繁にやって来ては誠司に絡んでいたので、班の男子はまたかという顔をするだけだった。
竹田の抗議に全く耳を貸さず、勇磨は誠司の隣に尻を割り込ませると、リュックを開いて弁当箱を取り出した。
歓迎されざる珍客の登場に申し訳ない感じになった誠司は、割り込んできた勇磨に苦言を呈する。
「おい、ちょっと遠慮しろよ」
「いいだろ。時任と橘もいるんだし、俺も混ぜてくれよ」
いきなり口を滑らせた勇磨を楓が睨みつける。
男子諸君はやや首を傾げたものの、まあ、新だしといった感じでスルーしてくれた。
余計なこと言うんじゃないわよといった楓の圧を感じて、失言したことに気付いたのか、勇磨はやや顔をしかめてペロリと舌を出した。
「で、なんでおまえ一人だけ自由行動してるんだ?」
誠司がいったいどうなってるんだと尋ねてみると、勇磨は特に悪びれもせずにこう返してきた。
「ああ、昼休みは自由行動って班で決めたからな」
「滅茶苦茶だな。先生に班行動しろって言われてただろ。おまえの班の班長って誰なんだ?」
「俺だけど」
そういうことか。その場にいた全員が納得した。
「もういいから、食ったら大人しく班に戻れよ」
「ああ、そうするよ」
邪魔が入ったが、これでようやく落ち着いて食べられそうだ。
誠司はひかりに視線を向けて、頂きますと口を動かす。
すると、木漏れ日の下で、ひかりはにかんだような笑顔を返した。
何という可愛さ。喉の渇きを覚えた誠司は、先に水筒のお茶に口をつけてから、お弁当の蓋を開けようとした。
「あれ? 高木、おまえの弁当箱って……」
誠司の隣にいた男子が、誠司の膝の上にある弁当箱を覗き込む。
どうやらひかりの物とお揃いであることに気付いたみたいだ。
「おまえの弁当箱、時任さんのと色違いじゃないか?」
その指摘に、誠司とひかりの表情が強張った。
「なによ! 文句ある!」
いきなりキレたのは楓だった。
何故ここでキレる。何が彼女をそうさせたのか、誰も全く理解できない。
「う、うん、失礼。弁当箱のことはいいじゃない。とにかく食べましょう」
かなり不自然な感じで言い繕った楓に、男子たちは変な奴だという目を向ける。
それから、一旦おかしな雰囲気になってしまったものの、みんなそれぞれ弁当を食べ始めた。
すると、さっきの男子生徒が、今度は誠司の弁当箱の中身を覗き込み、吃驚したような声を上げた。
「おお、なんだ、すごい弁当だな」
ひかりが心を込めて作ったその中身は、いつものように全て誠司が食べやすいようにひと口大にしてあった。そして、今日は校外学習ということで、さらにいつもより手の込んだ色とりどりのおかずを入れてあった。
「滅茶苦茶美味そうじゃん。なあ高木、その蓮根の挟み揚げと俺のミートボール、交換してくれよ」
ひかりの作ってくれたお弁当を誰かに食べさせるなんて出来るわけがない。
たとえこの場の雰囲気が悪くなろうとも、それだけは譲れなかった。
「いや、すまないけど……」
断ろうとしたその言葉は、意外な伏兵によって途中で遮られた。
「てめー、ふざけんな!」
いきなりキレたのは勇磨だった。
楓に続いて突然キレた坊主頭に、再びみんなの箸を持つ手が止まった。
「人の弁当を狙うとはあさましい奴だ。恥を知れ!」
「いや、交換しようとしただけなんだけど……」
「そんなに交換したいんなら俺のにしとけ」
そして勇磨は手にした箸を伸ばして相手のおかずを無造作に抜いて行った。
そして、おかずを取り終えると、おもむろに自分の弁当の大半を占める白米に箸を突っ込み、相手の弁当の上に無造作に乗せた。
「これで文句ねえだろ」
「いや、おかずを交換するんじゃないのか……」
いきなりキレた楓と勇磨はきっとおかしな奴だと思われたに違いない。
誠司とひかりはそれぞれ、自分から泥を被ってくれた二人に、心の中でこっそり感謝したのだった。




