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第1話 校外学習

 学校へと真っ直ぐ続く早朝の並木道。

 通学路を彩る爽やかな日差しの中で、立ち並ぶ樹々の一つに背を預け、誠司はもうかれこれ十五分ほどある人を待っていた。


「おはよう、高木君」


 長い黒髪を弾ませて現れたひかりに、誠司は今日もやや恥ずかし気な顔で向き合う。


「おはよう時任さん」

「ごめんなさい。少し待たせちゃったかも」


 普段はこの通学路でこうして二人が待ち合わせることは無い。

 まだ殆ど通学する生徒のいない時間帯に、こうして二人が待ち合わせたのは、今日が通常授業ではないからだった。

 そして今日の二人は、ジャージ姿だった。


「思ったより今日は時間が掛かっちゃって」


 ひかりは肩に掛けていたリュックから、風呂敷包みを取り出す。

 その中身は作り立てのお弁当だ。


「いつもありがとう。でもごめん。校外学習の日までお弁当を作ってもらって」


 晴天に恵まれた十月。

 何かと忙しい三年生の息抜きなのか、今日一日は校外学習に充てられていた。

 この校外学習で、三年生における学校外での行事は最後となる。

 誠司はまばらに登校し始めた生徒を気にしながら包みを受取ると、それを自分のリュックにしまった。

 こうしてひかりといる時、誠司はつい周囲にアンテナを張ってしまう。

 それは自分の為ではなく、怪我をした自分をいつも労わってくれるこの少女にいらぬ噂が立たないよう、気を遣っているからだ。

 もっとも、学園一の美少女と、取り立てて特徴のない誠司が一緒にいたとしても、それほど周りは勘繰ったりしないのかも知れない。

 あの夏休み以降、クラスメートの連中にはよく、怪我の功名とか言われ、学園一の美少女に優しくしてもらえていることを多少冗談交じりにやっかまれていた。

 だがその連中も、よもやその美少女に毎日手作りのお弁当を作ってもらって、かつ一緒に食べているとは思っていないだろう。

 楓と勇磨と担任の島田は知ってはいたが、このことは二人の最も大きな秘密だった。


「今日は班行動だし、一緒に食べれないけど、高木君の好きそうなものをいっぱい入れといたから」

「う、うん。ありがとう」


 はにかんだ目の前の少女に心を鷲掴みにされて、誠司はやや口ごもる。

 決して口には出せないけれど、その裡に秘めた想いは誠司の胸を突き破って飛び出してしまいそうだった。



 校外学習とはいっても、これが勉強になるのだろうか。

 誠司の目の前には何を考えているのか良く分からない、やたらと黒目の綺麗な動物がモソモソと口を動かしていた。

 中型有袋類ワラビーと看板には書かれてある。


「キャー可愛い」


 別の班の女子が黄色い声を上げている。

 観光牧場を班ごとで自由行動。いわゆる完全なレクリエーションだった。

 あまりこういった場所に来たことのない誠司は、いきなり嚙みついたりしないかと警戒しながら、恐る恐る手を伸ばす。

 何ということも無く普通に触れたが、相手は全くの無反応だ。どうやら撫でられて喜ぶ動物では無いらしい。


「なにビビってんだよ」


 班の連中が誠司の様子を見て弄って来る。

 誠司の班は男子六人のグループで、竹田というメガネを掛けた少年が班長を務めていた。

 今は引退したものの、竹田は前期までは生徒会役員をしており、昨年は生徒会長に立候補して落選したという経歴もあった。

 何事にもやたらときっちりしたがる性格なのか、かなり時間にはうるさい人で、行き当たりばったりで生徒達が班行動をしている中、この班だけは竹田の立てた計画どおりに散策していた。

 やや堅苦しさはあるものの、こういった班長がいれば、周りはただついていくだけで良い。

 決められた時間、きっちり動物を撫でまわして、竹田はグループを先導する。


「じゃあ次。カピバラいくぞ」


 一度石鹸で手を洗ってからカピバラ舎へ移動しようとすると、入れ違いにひかりの班がワラビー舎へと入って来た。

 ひかりは誠司に気付いて小さく手を振る。

 誠司も周りを気にしつつ、ほんの少し手を振り返す。

 そしてすれ違うようにワラビー舎に入って行ったひかりの姿を、班の男子全員が目で追う。


 わかる。彼女とすれ違って平常心でスルー出来る奴などいない。


 露骨にひかりを凝視する連中に、誠司は心の中で共感した。


「高木、お前怪我してるからって調子に乗るなよ」


 いま手を振っていたことに気付かれていたみたいで、竹田はややムスッとした顔で誠司の脇腹を指でつついてきた。

 指先にこもった妬みの様なものに、誠司はここにも熱狂的な隠れファンがいたことを知ったのだった。


 それからも何度か園内でひかりと顔を合わせる機会があったが、すれ違うばかりで一緒に動物をさわれる場面は一度もなかった。

 このことに関しては、竹田の立てたスケジュールがひかりの班と噛み合わなかったことが原因で、隠れ時任ひかりファンの竹田にしてみれば痛恨のミスだったと言えるだろう。

 午前中の予定をすべて消化した誠司の班は、他の班よりもやや早く、昼食を摂る予定の広場に到着した。


「どうだい、今だったらどこでも好きな場所に陣取れるだろ」


 成る程そう言うことか。綿密な計画には昼食の場所取りも入っていたわけだ。

 竹田は予め目星をつけていたのか、広い芝生広場の中の大く枝を広げる欅の木の下へと真っ直ぐ向かった。


「木陰でいい感じだろ。ここで弁当を広げることにしよう」


 竹田の選んだ場所は木陰になっているだけではなく、少し小高くなっていて、周囲を見渡せられる良い感じのロケーションだった。

 昼食の時間まではまだあるので、班の男子は各々シートだけ広げて思い思いに寛ぐ。


 ここからなら時任さんがどこに座っても見れそうだな。


 涼しい風が欅の葉を撫でるように揺らすその下で、誠司はやはりひかりのことを考えていた。

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