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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

相関樹

掲載日:2026/03/10

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 地平までの距離、というと君はどれくらいをイメージするだろうか。

 地平線のかなたより~と表すと、相当遠くから迫ってくる印象がないかな? 実際、地平線へ向かって歩き続けることができたとしても、地球は丸いから一向に果てへ着くことなく、一周してきてしまうだろう。

 それでも建物の位置やそこから計算をすることで、人間が見えている範囲での地平線までの距離はおおよそ分かる。身長にもよるがだいたい4~5キロメートル先だという。

 思ったより近場という気がしないかい? ちょっと力入れて持久走をしたらたどり着けてしまうような距離。でも、一瞬で着くかというとそうでもない微妙な感覚。

 地平のかなたっていうのは、対岸の火事みたいにはるか遠くじゃなく、思ったより差し迫っているから注意しとけ……という意味合いも含まれているのかもしれない、なんて私は想像してしまうんだ。

 実際、そう感じるきっかけになったできごとがあってね。そのときの話を聞いてみないか?


 相関樹そうかんじゅというものを君は知っているだろうか?

 相関の言葉自体は数学などで習うだろう。一方が変化したら、もう一方も変化する、といったような関係性を保っている状態をいう。

 相関樹とは、この世のどこかにあるとされる自分と相関関係を持つ樹木のことだ。自分が傷つけば相関樹も傷つき、相関樹が傷めば自分も傷む。

 たとえ人の世で孤独になったと思っても、奥底では相関樹あり。一蓮托生なのだ、と私の地元では伝わっている。

 我々が生きるのに欠かせないものでありながら、特定されればどのようないたずらをされるかわからないものなので、彼らは世界にうまいこと溶け込んで悟られないようにしている。もし、突拍子もない最期を遂げる人がいたならば、相関樹をやられたのかもしれない、とも。

 一種の諦観のようなものだろ……と、話を聞いたばかりの私は思っていたんだ。


 その相関樹をあらためて意識するようになったのは、中学一年のときだ。

 当時の私の通学路は、大きい道路にかかる歩道橋を使うルート。下に横断歩道があるものの、交通量の多さから危険とみなされ、安全のために選ばれていた。

 ちょうど雨上がりで、虹が出ていたタイミングでもあったな。このあたりでは久しぶりに見る景色ということもあって、しばし足を止めてその七色の光のアーチをしげしげと眺めていたよ。

 それも、一声なきながら視線を横切るカラスに興をそがれて、そっと体を虹から歩道へ向けかけたところで。


 ふと、視界の端へあらたに映った影。先ほどのカラスではなく、もっと低い位置にあったように思える。

 いまいちど、向き直った。七色の下、これまたカラフルな体を流していく車体たちの群れへと。

 下の道は、向かって上り坂になっている。歩道橋の上からでも見通せる先は遠くない。地平線は思ったよりも近くにあるんだ。

 車道を分ける中央分離帯。特にこの歩道橋近辺は夜間のヘッドライトで目をくらまされるのを防止するために、植物が植えられているような少し大きめのやつだ。

 そこの土の部分、草たちの間を縫って一直線に向かってくるそれが、私には最初さかさまの茶色い釘のように映った。ただしサイズは私の胴体ほどはあり、しかも釘が滑ってくる近辺の草たちは全くそよぐ気配がない。

 車たちが止まらないのは、皆がそろって見て見ぬふりしている可能性もなくはない。が、草たちでさえ一切かかわろうとしていないこれは、尋常なものじゃないだろう。


 そう思った時には、すでに釘はこの歩道橋のほぼ真下までたどり着いている。分離帯の隅までね。なんだ、となかば身を乗り出しかける私へ、釘はにわかに飛び上がってきたんだ。

 いや、釘などととんでもなかった。そいつは地面から歩道橋までひとつなぎになっていた。一本のでっかい、でっかい根っこ。その先端が上むいて路側帯の中を滑ってきていたわけさ。

 かわす間もなく、私はその先端にのどを刺された……ように思った。

 けれど、かすかな痛みはすぐになくなる。はっと見下ろしたときには、もうその長い根は影も形もなかった。のどのあたりをさすってみるも、傷どころか肌のざらつきさえない、いつもの通りだったよ。

 錯覚とするのが一番現実的だろう。先の痛みさえも、もはや思い出すばかりのものになり、手に残るものは何もなく。首をかしげながら私はその場を後にしたよ。

 家に帰ってから、親にこのことは話したのだけど、そこで例の「相関樹」のことを聞いたんだ。


「こちらから相関樹には触れられないと聞くけれど、向こうからは触れてこないとはいっていないからねえ。ひょっとしたら、あんたの身に何か起こるのかもしれなくて、見に来たのかもね」


 その推測は、どうやら当たっていたらしい。


 数日後。

 軟式テニス部だった私は、相方が打ち上げてしまったボールを取りに行ったんだ。コートからやや外れた渡り廊下の屋根の上だった。

 校舎の二階、廊下端の窓から屋根に乗って回収するしかない。

 これまで幾度かやってきたことだ。足を滑らせるか、屋根にところどころ設置された雪止めの突起を踏んづけたりしなければ、けがをしないで済む。そのはずだったが。

 窓を開けて、サッシに足をかけようとした私は、思いがけずつんのめった。目測を誤ったのか、つま先を窓のふちへ引っかけてしまったんだ。

 外へ出る気まんまんで、体重を前にかけすぎている。そこへ踏ん張り先をなくしてしまったのだから、あとはもう落ちるだけ。

 屋根の端っこ。やや小さく尖った雪止めの上へ、ね。


 そのままなら、のどへ直撃していたところだ。傷の深さによっちゃあ、いまこうしてこの場にいないかもしれない。

 けれど、そうはならなかった。確かにのどにぶつかった雪止めはガツンと音を立ててはじかれたんだ。私ののどにね。

 はずみで私もそばへ転がってしまいながらも、のどへ手をやって確認する。けがなどはしていないが、今感じている痛みはあの根っこに刺されたときと、そっくりなように思えたからだ。

 鏡などで確かめても痕跡を見つけるに至らず、あのときと同じように錯覚で片付けられるような体験にとどまった。

 でもこの先、また私に危ういことが起こる運命にあらば、また相関樹が地平から姿を見せるのか、とも思うのだよね。

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