第8話 魔法学院主席セレナ=ノクティス
王国冒険者管理局の男と別れた後も、
胸の奥に残る違和感は消えなかった。
「……あの人、感じ悪かったね」
ミルフィが、頬を膨らませる。
「役所の人って、
だいたいあんなものよ」
アイリスは冷静だが、
視線は周囲を警戒していた。
「しばらくは、
無茶な依頼は避けましょう」
「賛成だ」
俺が頷いた、その時だった。
「――なるほど。
噂は誇張じゃなかったみたいね」
静かな声が、背後から響いた。
振り向く。
そこに立っていたのは、
黒髪ショートの少女だった。
年齢は俺たちと同じか、
少し若いくらい。
だが――
纏う空気が、明らかに違う。
落ち着きすぎている。
周囲を“把握しきっている”視線。
「……誰?」
ミルフィが小声で聞く。
少女は、軽く一礼した。
「セレナ=ノクティス。
王立魔法学院主席」
周囲が、どよめいた。
「主席!?」
「なんでこんなとこに……」
(なるほど、視線が集まるわけだ)
「あなたが、
レオン=アルケイオン?」
セレナの紫の瞳が、
まっすぐ俺を射抜く。
「……そうだが」
「安心して。
捕まえに来たわけじゃない」
一瞬だけ、口元が緩む。
「ただ、
“計算が合わない存在”に
興味があるだけ」
……物騒な言い回しだ。
「昨日の火喰い洞。
戦闘配置、時間配分、
被害ゼロでの討伐」
セレナは、指を一本立てた。
「偶然で説明するには、
誤差が小さすぎる」
《アーカイヴ・ロジック》が、
微かに反応する。
(……この人、分かってる)
「あなた」
セレナは、続ける。
「戦ってないでしょう?」
アイリスが、ぴくりと反応する。
「指示役。
しかも、
状況が見える前提での指示」
ミルフィが、目を丸くした。
「え、そこまで分かるの?」
「魔法理論と同じよ」
セレナは、肩をすくめる。
「結果から逆算すれば、
思考の形は見える」
(……厄介だな)
「用件は?」
俺が、短く聞く。
セレナは、少しだけ間を置いてから答えた。
「共同検証をしたい」
「検証?」
「ええ」
彼女の周囲に、
淡い魔法陣が浮かぶ。
だが、詠唱はない。
「私の魔法と、
あなたの“判断”。
どこまで同期できるか」
――同時演算。
その言葉が、頭をよぎる。
「……危険だ」
「承知の上」
セレナは、即答した。
「でも、
あなたも知りたいでしょう?」
紫の瞳が、わずかに輝く。
「自分が、
どこまで“異物”なのか」
……図星すぎる。
アイリスが、俺を見る。
「レオン。
無理はしないで」
「分かってる」
本当だ。
無理は、しない。
だが――
逃げる気も、なかった。
「場所は?」
俺が聞くと、
セレナは微笑んだ。
「学院の訓練場。
非公開でね」
ミルフィが、嬉しそうに言う。
「おおー!
なんか、すごそう!」
アイリスは、深く息を吸った。
「……分かったわ。
でも、私も同行する」
セレナは、頷く。
「構わない。
むしろ、
“基準”が欲しい」
基準。
それは――
普通の冒険者、という意味だ。
(なるほど)
この人は、
俺と同じ側に立てる。
それが、
なぜか少しだけ――
怖くて、安心だった。
訓練場へ向かう途中。
セレナが、ぽつりと言った。
「レオン」
「なんだ?」
「あなたの判断、
速すぎるのよ」
「……悪いか?」
「いいえ」
少しだけ、微笑む。
「羨ましい」
その一言に、
胸の奥が、わずかにざわついた。
――この出会いは、
確実に“次の段階”へ進む合図だ。
知性と知性が、
同じ速度で走り出す。
それが、
世界にとって
良いことかどうかは――
まだ、分からない。
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