第5話 即席パーティという名の違和感
依頼書を手に、ギルドの外に出た瞬間。
アイリス=ルミナリアは、ぴたりと足を止めた。
「……改めて確認するわ」
真面目な声。
「今回の依頼は
《街道沿い廃坑の魔物討伐》。
想定敵数は不明。
罠の可能性あり」
ミルフィが、軽く手を挙げる。
「はーい!
でもFランク向けだよね?」
「“表記上は”ね」
アイリスは、ちらりと俺を見る。
「あなたが言っていた
“回避可能な罠”って、何のこと?」
(来たか)
俺は、地図を指差した。
「この廃坑、入口が三つあるが
使われているのは正面だけだ」
「……裏口がある?」
「あるが、封鎖されているように見せかけて
実際は――」
《アーカイヴ・ロジック》が、地形を補完する。
「排水用の隙間がある。
人一人、無理すれば通れる」
ミルフィの耳が、ぴくっと動いた。
「それ、斥候向きじゃん」
「そうだ」
俺が頷くと、ミルフィは胸を張る。
「任せて!」
アイリスは、腕を組んだ。
「……推測じゃないわね。
断定している」
「根拠はある」
「でも、見てきたわけじゃない」
「見なくても分かる」
その瞬間。
空気が、少しだけ張り詰めた。
アイリスは、俺を真っ直ぐ見据える。
「レオン。
あなた、自分の“分かる”を
当たり前だと思ってない?」
……鋭い。
「当たり前だとは、思ってない」
「なら」
アイリスは、一歩近づいた。
「どうして、そんなに冷静なの?」
ミルフィが、慌てて割って入る。
「えっとえっと!
とりあえず行こう?
立ち話もなんだし!」
(助かった)
俺は、軽く息を吐いた。
街道を歩く。
会話が、途切れがちになる。
沈黙に耐えきれず、
ミルフィが口を開いた。
「ねえアイリス!」
「なに?」
「聖剣士ってさ、
やっぱり“正義の人”って感じ?」
アイリスは、少し考えてから答えた。
「正義……かどうかは分からないけど」
剣の柄に手を置く。
「私は、
“守れなかった後悔”が嫌いなだけ」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
(……俺は?)
守れる力があって、
守らなかったら?
「レオンは?」
突然、話を振られる。
「なんで冒険者に?」
「……生きるためだ」
嘘ではない。
「英雄になりたいとか、
世界を救いたいとかは?」
「考えてない」
即答だった。
ミルフィが、目を丸くする。
「即答!?」
アイリスも、驚いた顔をした。
「……珍しいわね」
「そうか?」
「ええ。
力のある人ほど、
何かを背負おうとするもの」
(それが、怖いんだ)
だが、それは口に出さなかった。
廃坑が見えてきた。
崩れかけた入口。
静まり返った空気。
「ここからは、慎重に」
アイリスが、低い声で言う。
「ミルフィ、先行偵察」
「了解!」
ミルフィが、音もなく消える。
(……見事な動きだ)
数秒後、戻ってくる。
「入口付近、魔物なし!
でも、奥――気配あるよ」
「数は?」
「分かんない。
でも、嫌な感じ」
俺は、地面を見た。
足跡。
擦れた痕。
「罠は、入口から十歩先」
アイリスが、目を見開く。
「……どうして、分かるの?」
「ここだけ、
踏み固められていない」
説明は、できる。
だが、全部じゃない。
「信じていい?」
アイリスの声は、真剣だった。
俺は、頷いた。
「信じなくていい。
確認してから決めろ」
その答えに、アイリスは一瞬だけ笑った。
「……いいわ。
確認する」
慎重に進み、
罠を発見。
ミルフィが、目を輝かせる。
「ほんとだ!
レオン、すごい!」
アイリスは、剣を握り直した。
「……あなた」
小さく、息を吸う。
「危険を減らすために
理屈を使ってるのね」
「そうだ」
「それなら」
アイリスは、前に出た。
「私は、
その先を斬る」
光の剣が、淡く輝く。
――このパーティ。
役割が、自然に決まっていく。
俺は、後ろから全体を見る。
ミルフィが、笑う。
アイリスが、前を向く。
(……悪くない)
即席のパーティ。
価値観は違う。
考え方も違う。
それでも。
今この瞬間だけは、
同じ方向を向いている。
廃坑の奥から、
低い唸り声が聞こえた。
初仕事は、まだ始まったばかりだ。
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