第4話 光の剣士と理屈の男
翌朝、冒険者ギルドはいつも以上に騒がしかった。
朝の依頼張り出し前。
鎧の擦れる音、酒の匂い、怒号と笑い声。
「うわぁ、今日も人多いね!」
ミルフィ=ラグナールが伸びをしながら言う。
「新人はこの時間が一番大変なんだよー。
依頼、取れないと一日ヒマだし!」
「……それは困るな」
俺――レオン=アルケイオンは、掲示板を眺めていた。
《アーカイヴ・ロジック》が、勝手に補足情報を出してくる。
・討伐:危険度 低
・護衛:報酬 安
・採取:成功率 高
(初心者向けは……この辺か)
だが、その時。
「――その依頼、やめておいたほうがいいわ」
凛とした声が、背後から響いた。
振り向くと、そこに一人の少女が立っていた。
金色の長い髪。
澄んだ青い瞳。
軽装の鎧に、腰の剣。
――正統派。
第一印象で、そう分かった。
「この討伐依頼、
見た目は簡単だけど、最近怪我人が出てる」
少女は掲示板を指差す。
「新人が受けるべきじゃない」
(……断定)
ミルフィが、むっとする。
「えー?
でもこれ、Fランク向けって書いてあるよ?」
「ランク表記は目安よ」
少女は真っ直ぐこちらを見る。
「あなたたち、昨日登録したばかりでしょう?」
(観察されてるな)
「……そうだが」
俺が答えると、少女は一瞬だけ安心したような顔をした。
「なら尚更。
危険な依頼は避けるべきよ」
言い方は丁寧だ。
だが、どこか“教える側”の目線。
ミルフィは腰に手を当てた。
「ねえねえ、名前聞いてもいい?」
少女は姿勢を正す。
「アイリス=ルミナリア。
聖剣士見習いよ」
聖剣士。
王道すぎる肩書きだ。
「あなたたちは?」
「ミルフィ!
斥候だよ!」
ミルフィが元気よく答え、俺に視線が向く。
「……レオン。
冒険者だ」
それだけ言うと、アイリスは少し困った顔をした。
「……その、忠告した理由は」
一拍置いてから、続ける。
「昨日、この依頼を受けたパーティが
罠にかかって全滅しかけたの」
「全滅“しかけた”?」
「ええ。
たまたま上位冒険者が通りかかったから助かったけど」
(罠……)
《アーカイヴ・ロジック》が反応する。
依頼内容を再解析。
地形。
魔物配置。
想定外要素。
(……確かに、初心者には危険だ)
「だから、別の依頼を――」
「でも」
俺は、静かに言った。
「この依頼、
成功率は低くない」
アイリスが、ぴくりと眉を動かす。
「……どうして、そう思うの?」
「罠はあるが、回避は可能だ。
位置も、想定できる」
一瞬、場が静まった。
ミルフィが、きょとんとする。
「レオン、何言ってるの?」
アイリスは、俺をじっと見つめた。
「……あなた、地図を見ただけで?」
「ああ」
嘘はついていない。
ただし、説明は省いた。
「それは、推測?」
「理屈だ」
アイリスの表情が、曇る。
「……理屈だけで、命を賭けるの?」
その言葉は、思ったより強かった。
周囲の冒険者たちが、ちらちらとこちらを見る。
(まずいな)
「命を賭けるつもりはない」
俺は、視線を逸らさずに答えた。
「賭けないために、準備する」
アイリスは、しばらく黙っていた。
そして――
「……分かったわ」
そう言って、剣の柄に手を置いた。
「なら、私も行く」
「え?」
ミルフィが声を上げる。
「あなたたちが無謀じゃないか、
私が見極める」
(監視役、か)
だが、アイリスの瞳は真剣だった。
「もし危険だと判断したら、
撤退を命じるわ」
命じる、か。
少しだけ、苦笑が漏れそうになる。
(真面目すぎる)
だが――
嫌な感じはしなかった。
「構わない」
俺が言うと、アイリスは少し驚いた顔をした。
「……即答なのね」
「合理的だ」
「……理屈ばかり」
そう言いながらも、アイリスの表情は柔らいでいた。
ミルフィが、間に割って入る。
「じゃあ決まりだね!
即席パーティ!」
ギルド職員が、呆れたように声をかけてきた。
「はいはい、登録するなら名前書いてー」
その瞬間。
《アーカイヴ・ロジック》が、微かに反応した。
アイリス=ルミナリア。
剣筋。
魔力の流れ。
(……この人、伸びる)
才能だけじゃない。
“正しさ”を疑わない強さ。
――危ういが、眩しい。
「レオン」
アイリスが言った。
「私は、命を軽く扱う人が嫌いなの」
「安心しろ」
俺は、淡々と答えた。
「俺もだ」
その言葉に、
アイリスはほんの一瞬だけ、微笑んだ。
こうして。
理屈の男と、光の剣士。
性格も価値観も違う二人が、
同じ依頼を受けることになった。
――この出会いが、
後に大きな意味を持つとも知らずに。
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