第2話 銀尾の斥候と異常値
――なに、今の。
あたし、ミルフィ=ラグナールは、木箱の陰から目を丸くしていた。
スラム街の路地。
いつもの巡回コース。
ゴブリンが三体出たから、助けに入ろうとした――その瞬間だ。
石が、飛んだ。
ただの石ころ。
投げたのは、路地の真ん中に立ってた、ボロ服の人間の男。
それが――
ゴブリンの喉を、正確に貫いた。
「え?」
思わず声が漏れた。
二体目、三体目。
男は逃げない。
叫ばない。
怖がらない。
まるで――
最初から、勝つと分かってるみたいな動き。
(なにそれ……)
あたしは獣人だ。
斥候だ。
速さには自信がある。
でも、あの人間の動きは“速い”んじゃない。
無駄が、ない。
ゴブリンが倒れきったところで、あたしは飛び出した。
「うわー! 今の見た!?」
声をかけると、男は少しだけ肩を揺らした。
……びっくりした?
いや、違う。
今さら気づいた、みたいな顔。
「すごいね! 君、新人?」
「……ああ、たぶん」
歯切れ悪っ。
「冒険者? それとも傭兵?」
「いや、まだ何も」
まだ?
“まだ”って言った?
あたしは一歩近づく。
尻尾が勝手に揺れた。
「名前は?」
「レオン。レオン=アルケイオン」
変わった響きの名前。
その時だった。
――ぞくっ。
背筋に、嫌な感覚が走った。
(……ん?)
あたしの勘が、警鐘を鳴らしてる。
この人、
強いとか以前に――変。
「ねえレオン」
「なんだ?」
「さっきの戦い、どうやったの?」
レオンは少し考えてから、答えた。
「……たまたま、かな」
嘘だ。
獣人の嗅覚は、匂いだけじゃない。
“空気”が違うのが分かる。
この人、
戦闘中――焦りの匂いが、まったくしなかった。
「ふーん?」
あたしはにっと笑った。
「じゃあさ、ギルド行こ!
新人なら登録しないとね!」
「ギルド……」
「うん!
この辺、魔物増えてるし、一人は危ないよ?」
本当は――
一人で一番危ないのは、あたしのほうだって分かってた。
でも、放っておけなかった。
ギルドへの道中。
レオンは、周囲をよく見ていた。
人の動き。
屋根の高さ。
道の幅。
(……索敵?)
いや、違う。
全部、同時に見てる。
「ねえ、レオンってさ」
「ん?」
「前から強かったの?」
「いや。今日が初日みたいなものだ」
……やっぱり変。
ギルドの建物が見えてきた。
石造りの大きな建物。
冒険者たちの怒号と笑い声。
レオンは、少しだけ足を止めた。
「どうしたの?」
「ここ……」
視線が、宙を彷徨う。
「人、多いな」
「普通だよ?」
でも、レオンは額を押さえた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
顔色が、悪くなった。
(え?)
次の瞬間には、元に戻っていたけど。
(今の、なに?)
「……大丈夫。行こう」
ギルドに入ると、
視線が集まった。
理由は簡単。
スラムの新人+獣人斥候の組み合わせは珍しい。
受付の女性が声をかける。
「登録ですか?」
「はい! この人、新人!」
レオンが前に出た。
「Fランクでお願いします」
即答。
(あ、これ“分かってる人”だ)
普通、新人は見栄張る。
でもレオンは違う。
「では、簡単な適性確認を」
水晶球が出された。
魔力測定だ。
レオンが手をかざす。
……一瞬、光る。
次の瞬間。
水晶が、嫌な音を立てた。
「……?」
受付が眉をひそめる。
数値板が表示される。
魔力量:測定不能
反応属性:不明
演算干渉:――
(え?)
受付が慌てて水晶を引っ込めた。
「し、失礼しました!
初期不良ですね!」
周囲の冒険者たちは笑ってる。
でも。
あたしは、笑えなかった。
(初期不良じゃない)
あの時の感覚。
ゴブリン戦。
道中の視線。
さっきの頭痛。
全部、繋がった。
――この人。
この世界の“枠”に、収まってない。
「登録完了です。Fランク、レオン=アルケイオンさん」
ギルドカードを受け取ったレオンは、少しだけ苦笑した。
「……やっぱり、目立つか」
その呟きが、なぜか胸に残った。
(目立つ、じゃない)
(――逸脱してる)
あたしは、決めた。
この人から、
絶対に目を離さない。
たぶん――
とんでもない冒険が、始まる。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




