第11話 雷の女冒険者
ギルドの奥にある小会議室は、思ったより静かだった。
分厚い扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように遠のく。
「改めて言うわ」
ギルド職員の男性が、書類を机に並べた。
「あなたたちの戦闘記録は、
すでに“新人”の枠を超えています」
(ですよね)
「よって――」
一枚の書類を差し出される。
「正式パーティ登録を、
こちらから提案します」
ミルフィが、ぱっと顔を輝かせた。
「えっ!?
いいの!?」
「通常なら、
最低でも数ヶ月は様子を見るが……」
職員は、ちらりと俺を見る。
「あなた方の場合、
逆に“野放し”にするほうが危険だ」
……正直だな。
アイリスは、背筋を伸ばした。
「正式登録を受ければ、
責任も増しますよね?」
「当然です。
中型ダンジョンへの挑戦権も、
同時に発生します」
その言葉に、
空気が一段引き締まった。
中型ダンジョン。
F〜Eランク冒険者にとっては、
一つの“壁”だ。
「……どうする?」
俺が問いかけると、
答えは早かった。
「行くよ!」
ミルフィが即答。
「逃げる理由、ないもん!」
アイリスも、静かに頷く。
「覚悟は、できています」
セレナは、淡々と付け加えた。
「合理的にも、
避ける理由はないわ」
(……満場一致か)
「分かりました」
俺は、書類にサインした。
その瞬間。
扉が、ノックもなく開いた。
「――話は、終わった?」
低く、余裕のある声。
入ってきたのは、
長身の女性だった。
銀色の髪を高く束ね、
軽装の鎧の上からでも分かる筋肉。
背中には、
大きな斧。
《雷斧士》
――元Sランク。
《アーカイヴ・ロジック》が、
即座に警告を出す。
――危険度:極高
――戦闘経験:膨大
――観察対象:こちら
「……誰?」
ミルフィが、思わず呟く。
女性は、にやりと笑った。
「リリア=ヴァイゼル。
今は引退中、ってことになってる」
“ことになってる”。
その言い方が、妙に引っかかった。
ギルド職員が、慌てて言う。
「リ、リリアさん!
まだ話の途中で――」
「いいから」
リリアは、俺を見る。
視線が、鋭い。
「……あんたが、
噂の“指示役”?」
(直球だな)
「レオン=アルケイオンだ」
名乗ると、
彼女は一歩近づいた。
「なるほど」
じっと、俺を見下ろす。
「目がいい。
でも――」
一拍置いて、続ける。
「危うい」
(やっぱり、そう見えるか)
「中型迷宮に行くんでしょ?」
「その予定だ」
「なら」
リリアは、腕を組んだ。
「私も同行する」
ミルフィが、目を丸くする。
「えっ!?
元Sランクが!?」
「監視役よ」
リリアは、さらっと言った。
「ギルドからの“保険”。
それと――」
視線が、俺に戻る。
「個人的な興味」
セレナが、静かに言う。
「あなた、
彼の何を見たいの?」
リリアは、笑った。
「壊れる瞬間か、
踏みとどまる瞬間か」
……物騒だな。
中型迷宮《風蝕の回廊》。
入口に立った瞬間、
空気が違うのが分かる。
「……広い」
ミルフィが、感嘆の声を漏らす。
「油断するな」
リリアが、低く言った。
「ここは、
“慣れた奴から死ぬ”」
《アーカイヴ・ロジック》が、
迷宮全体を解析しようとする。
――情報量:膨大
――同時処理負荷:上昇
(……深追いするな)
俺は、意識的に範囲を絞った。
「アイリス、前衛。
ミルフィ、索敵。
セレナ、後方支援」
「了解」
リリアは、後ろで腕を組んでいる。
「……指示、的確ね」
「経験則だ」
嘘ではない。
だが、全てでもない。
迷宮の奥で、
低い咆哮が響いた。
「来るぞ」
影が、動く。
大型の風属性魔獣。
速度が異常に速い。
――だが。
(……見える)
最適解は、ある。
ただし――
使いすぎれば、また倒れる。
俺は、一瞬だけ迷った。
その瞬間を、
リリアは見逃さなかった。
「……なるほど」
小さく、呟く。
「自覚、あるのね」
俺は、答えなかった。
だが。
仲間たちが、前に出る。
アイリスの剣が、光る。
ミルフィが、風を裂く。
セレナの魔法が、空間を縛る。
――俺は、全体を見る。
一人で戦わない。
それが、
この迷宮で生き残る
唯一の“正解”だった。
リリアは、静かに笑った。
「いいわ」
その目は、
試す者のそれから――
見守る者のそれに、
少しだけ変わっていた。
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