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8話 ドーナツとピザと消し炭と

 幸か不幸か、まだアパートに搬入されていなかった絢斗の荷物を、宅配業者が「真白骨董店」へと届けに来た。


「荷物って、これだけ?」


 思いの(ほか)小さな荷物を見て、莉沙が呟いた。


「ああ。着替えと布団くらいだ。もともと、部屋には寝に帰るだけのつもりだったし」


 絢斗は答えると、宛がわれた部屋へ荷物を運んでいった。


「荷解き、手伝おうか?」


 譲は、部屋で荷物を整理している絢斗に声をかけた。


「大した荷物ではないから、大丈夫だ……です」

「そんなに畏まらなくても、普通に話してくれていいよ」


 家主に気を遣おうとしたのか、敬語になる絢斗に、譲は微笑みかけた。


「でも、お世話になる訳だし……」

「きみが義理堅くて真面目な人だということは分かったから、大丈夫だよ。足りないものがあったら、遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます。この恩は、いつか必ず返します」


 ――今時、貴重と言っていいレベルで純粋な奴なんだな。騙されたりしないように気をつけてやった方がいいかもしれない……


 自分を見つめる絢斗の澄んだ目が、譲には眩しく感じられた。



 人が増えたということで、気を利かせた綿雪が注文した宅配ピザが届き、夕食の時間になった。

 和室の広間に二つ並べたローテーブルの上には、ピザの他にサイドメニューのフライドチキンやサラダ、そして譲たちが買ってきたドーナツが並んでいる。

 

「ピザとドーナツ、どっちも好きだけど、ちょっとカロリーが心配かな」


 並んだ料理を見て、莉沙が嬉しそうな顔をしている。


「若い方はカロリー消費が多いと言いますし、たまに食べるくらいなら問題ないでしょう。莉沙様は、食べても太らない体質のようですし」


 茶やジュースなどの飲み物を用意しながら、綿雪が片目をつぶってみせた。


「私や撫子さんのような付喪神は、食事は必須という訳でもないのですが、たまに人間の食事をするのもいいですね」


 書生姿の人型に変化した黒縁も、撫子と並んでテーブルに着いた。


「これが本物のピザとドーナツ……テレビで見て、食べたいと思ってたんだよね」


 そう言う撫子の服装が、いつの間にかフリルのたくさん付いたパステルカラーのドレス――いわゆる甘ロリ服へ変わっているのに、譲は気づいた。


「撫子は、髪型だけでなく服装も自由に変えられるんだね」

「うん、見本があれば、念じるだけで変身できるみたい」


 譲の言葉に、撫子が微笑んだ。


「いいなぁ。私にも、そういう能力があれば、朝もゆっくりできるのに」


 莉沙が言うと、一同に笑いが起きた。

 ジャージ姿で正座している絢斗は、和気藹々とした雰囲気に戸惑っている様子だ。


「絢斗さんは、家にいる時はジャージなの?」

「まぁ……昼間着ていたのは一族の兄貴分に貰ったお古だし、正直、服のことはよく分からん」


 莉沙に話しかけられた絢斗は、顔を赤らめた。


「せっかくのピザが冷めてしまう前に食べよう。いただきます」


 譲の音頭で、一同はピザに手を伸ばした。


「これが宅配ピザというものか……」

「絢斗さんは、こういうの初めて?」


 莉沙に尋ねられた絢斗は頷いた。


「『里』にいた頃は、こういう店があるところへ遊びに行くことも、出前を頼むこともなかったからな」

「ずいぶんと厳しい生活をしていたんだね……たまには、ジャンクフードもいいものだよ。そのうち、僕が気に入っているハンバーガーチェーンに案内しようか。ムスバーガーとか、バーガークイーンとか」


 譲の言葉に、絢斗は目を輝かせた。


「おお、テレビで見たことはある……ちょっと気になるぞ」


 畳の上では、真白家のマスコットとも言える五匹のハリネズミたちが姿を現し、小さく切って皿に盛られたピザやドーナツを無心に齧っている。


「金色のハリネズミ……そいつらも、(あやかし)なのか」


 ハリネズミたちを見た絢斗が、目を丸くした。


「うん、彼らは人語も解する利口な子たちだ。野生の状態だと木の実とかを食べているらしいけど、人間の食べ物も好きでね。スナック菓子なんかも好物だよ。ところで……」


 そう言って、譲は絢斗に目を向けた。

 

「単純な好奇心なんだけど、『闇狩り』の一族というのは、具体的にどんなことをしているのかな。ああ、言いたくないことは言わなくていいよ」

「そうだな、あんたたちになら話してもいいだろう」


 手にしたグラスの茶を一口飲んでから、絢斗が再び口を開いた。


「『闇狩り』というのは、人に害成す(あやかし)や怪異を討伐する力を持つ者の一派だ。大昔から存在しているが、一般の人間には、俺たちの存在をできる限り知られないようにしろと命じられている」

「みんなのために戦っているのに、どうして隠すの?」


 莉沙が、首を傾げた。


「俺たちの力は悪しき存在にだけ向けられるものと定められているが、力を持たない者から見れば恐怖の対象だ。だから知られてはならないと、俺たちは言われてきた」

「そうだね。人間は理解できないものを恐れるからね。それが、迫害の対象になる可能性もある。僕も、こちらの世界に来たばかりの頃は、うっかり自分の力を見せてしまって、人間たちを怖がらせてしまったことがあるよ」


 譲は自身の境遇を思い返し、絢斗の言葉に頷いた。


「俺たちの『一族』は、血縁者だけではなく、俺のような素質があると見込んだ孤児を引き取って、『闇狩り』として育てている。一人前と見なされた者は全国へ派遣され、現地で討伐の任務に就くという訳だ。自分が発見した悪しき(あやかし)を討伐する他に、一族の頭からの討伐命令を受けて動くこともある」

「結構しっかりした組織なんだね。まさか、ボランティアとかじゃないよね?」

「一応、『里』から最低限の生活ができるくらいの仕送りはある。足りない分はアルバイトなどで補填する者が多いという話だ。だから、ここにいる間の家賃も払うぞ」

「そんなの、気にしなくてもいいのに。……と言っても、きみは聞かないんだろうなというのは分かったよ」


 譲が()()()と笑うと、絢斗は頭を掻いた。

 その時、点けっぱなしのテレビに映ったニュースに、一同は注目した。


 『本日午後に起きた東京都M市K町のアパート火災ですが、建物は全焼したものの、住人のほとんどは外出しており死傷者はありませんでした。出火元は普段火の気のない場所とのことで、警察は放火の可能性も視野に入れて捜査する模様です』


 画面には、無残に焼け落ちたアパートや、近隣の住人たちのインタビュー映像が流れている。


「怪我した人や亡くなった人がいなかったのは、不幸中の幸いね」


 ドーナツを齧っていた莉沙が、安堵した表情を見せた。


「しかし、近所を放火魔がうろついている可能性もある訳ですね。しばらくは、私が夜間も見回りをしましょう」


 綿雪が、眉をひそめて言った。


「僕も、怪しい気配に注意することにするよ。ハリたちも、気づいたことがあれば知らせてくれ」


 譲が声をかけると、ハリネズミたちが一斉に、ちい! と返事をした。


「火の気のないところから出火となると、犯人は人間ではない可能性もあると思うが」


 絢斗が、ぼそりと言った。その顔は、「闇狩り」の()()に戻っているように見えた。


「火に関係する(あやかし)もいるから、その可能性はあるか」


 なるほどと、譲は頷いた。


 ――悪意を持つ人間或いは(あやかし)……いずれにせよ、油断はできないな。

 

「ユズ(にい)や絢斗さんや、綿ちゃんたちがいるから、きっと大丈夫だよね」


 そう言って、莉沙が隣に座っている譲の肩へ甘えるように寄りかかった。

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