7話 狭間に立つ者
東京の街で迷子になっていた「闇狩り」の男――天外絢斗と共に、譲と莉沙は自宅の最寄り駅であるK駅へ向かった。
一行は、道すがら、莉沙の行きたがっていたドーナツ屋へ寄ることにした。
日本に初出店という物珍しさと、休日ということもあって、店内は混雑している様子だった。特に女性客が目立つ。
「……女ばかりの場所は苦手だ。俺は、外で待つ。気にせず買い物してきてくれ」
そう言って、絢斗は店の外に立っている。
おそらく、興味もないのだろうと判断して、譲は莉沙と共に店へ入った。
店内には、花や動物のキャラクターが可愛らしくディスプレイされており、いかにも女性が喜びそうな雰囲気だ。
「うわ~、迷っちゃうな」
莉沙が、ショーケースに陳列されているドーナツを見ながら、ため息をついている。
「プレーンなやつも美味しそうだけど、莉沙は、こっちの可愛いやつみたいなのが好きだよね」
譲は、カラフルなチョコレートで動物の顔を模したシリーズを指差し、微笑んだ。
「でも、季節限定のやつも捨てがたいよ。ユズ兄も、サツマイモ味とかマロン味とか好きでしょ」
「好きなだけ買っていけばいいさ。綿雪もハリたちも食べてくれるだろうし」
結局、大きな手提げ袋一つ分のドーナツを購入して、莉沙はにこにこ顔だ。
そんな彼女を、譲は愛おしく思った。
買い物を終えた二人は、店の外で待っていた絢斗と合流した。
「通り過ぎる人たちが、俺の姿を見て『げーむのこすぷれ』だと言ってたが、そんなにおかしいか?」
絢斗の言葉に、譲はくすりと笑った。長いマントの下はライダースジャケットにレザーのパンツ、ロングブーツという姿は、言われてみれば何かのゲームに登場するキャラクターのようだ。
「そうだね、ゲームに登場するキャラクターみたいだと言われれば、そんな気もするね。まぁ、格好悪いという意味じゃなくて、個性的ということだよ」
――彼は田舎にいたと言っていたけど、どういう生活をしていたんだろう。人間が、あれだけの剣技や術を身につけるなら、尋常ではない努力をしていたのは想像に難くないが……
やはり雑踏の中でも浮いて見える絢斗を見ながら、譲は思った。
譲と莉沙が地下鉄の駅に入ろうとすると、絢斗は躊躇う様子を見せた。
「地下鉄は複雑すぎる……また変なところへ連れて行かれそうだ」
「私たちが一緒だから、大丈夫だよ」
莉沙に軽く肩を叩かれ、絢斗は顔を赤らめた。
「し、知らん男に気安く触るなッ、はしたないぞ」
「もう、知らない人でもないでしょ?」
首を傾げる莉沙を前に、絢斗は、ぶんぶんと首を振っている。
――もしかして、彼は女性に免疫がないのかもしないな。そんなことで、東京暮らしが務まるのだろうか。
譲は、本当に世間知らずのような絢斗に対し、少し心配な気持ちが湧いてきた。
「ここで黄色の電車に乗れば、K駅に着くよ」
地下鉄から最寄り駅へ向かう路線に乗り換えながら、莉沙が絢斗に言った。
「やはり、地上を走る電車のほうが安心だな」
絢斗も、若干安堵した様子だ。
譲は、なんとはなしに車内のモニターに目をやった。
ゲームや飲食店、観光地のコマーシャルの間に、短いニュースを挟んだものが繰り返し流されている。
――そういえば、あのゲームの続編、もうすぐ配信開始か……
モニターを眺めていた譲の目が、流れてきたニュースに釘付けになった。
――M市K町でアパートが火事? うちからは少し離れているが……
「ねぇユズ兄、今のニュースの火事、K町だったよね」
「うちからは少し離れているし、大丈夫だろう。でも、大したことがなければいいんだけどね」
その時、モニターを見つめていた絢斗が、青ざめた顔で口を開いた。
「今のニュースに出ていた、火事の起きているアパート……これから俺が入居するアパートに名前が似ていた気がするんだが……」
「そうなの? 大変じゃない!」
絢斗の言葉に、莉沙が目を見開いた。
「まだ、そうと決まった訳じゃない。まずは、急いで帰ろう」
譲は、そう言って絢斗の背中を軽く叩いた。
K駅に着いた一行は、急いで絢斗が入居予定だというアパートへ走った。火事の影響か道路が混雑しており、徒歩のほうが速いと判断したのだ。
目的地へ近づくにつれ、焦げ臭い臭いと煙が流れてくる。
集まった野次馬を掻き分けて進んだ先には、焼け落ちた木造アパートが無残な姿を晒していた。
周囲には数台の消防車が停まっており、消火活動はまだ続いている様子だ。
「住所も合っている……何ということだ」
絢斗が、地面に、がくりと両膝をついた。
「入居するところだったということは、大事なものが置いてあった訳ではないんだね?」
「ああ……だが、住む前に部屋がなくなるとは……」
譲の言葉に頷きながら、絢斗は肩を落とした。その目に光はなく、放心状態に陥っている。
田舎から出てきた途端に住む場所を失うなど、不運という言葉だけでは言い表せない状況だろう。
「行くアテは、あるのか?」
譲が声をかけると、絢斗は我に返ったように顔を上げた。
「……東京にも一族の者は来ているはずだが、忙しくしているだろうし、俺のことまで面倒を見る余裕はないと思う」
力なく首を振る絢斗を見て、莉沙が言った。
「ユズ兄、絢斗さんには、うちに来てもらったら? 使ってない部屋は、幾つもあるでしょ? 住む場所が見つかるまでネットカフェやホテルにいるとかだと、お金もかかるし」
「うちは妖だらけの家だが、天外くんがイヤじゃなければ……人間に危害を加えるような子はいないけど」
譲たちが話しているのを聞いた絢斗が、慌てて口を挟んだ。
「待て、気持ちはありがたいが……未婚の若い女がいるようなところへ厄介になる訳にはいかん。あんたは、心配ではないのか?」
「天外くんは女の子に触れられるだけで動揺するような奴だし、心配ないと思うよ。万一、きみが莉沙に何かしようとしたら、僕は容赦しないけどね」
そう言って、譲は微笑んだ。
「『何か』なんて、する訳なかろう! ……申し訳ないが、正直、形振り構っていられない状態だ。厄介になれるなら、少しの間だけ、お願いしたい」
絢斗が、深々と頭を下げた。
住む場所を失い意気消沈する絢斗を伴って、譲と莉沙は帰宅した。
「しばらくの間お客が滞在するとメールは貰いましたが……よりによって妖を狩る者とは。坊ちゃん、正気ですか」
一行を迎えた綿雪が、絢斗を見て渋い顔をした。
絢斗も、少年の姿をした綿雪に、警戒する様子を見せている。
「こいつ……なりは、せいぜい中学生なのに、大物の妖に匹敵する妖気が……?」
「うん、綿雪の本性は、大きな虎の妖なんだ。本気で戦えば、僕でも抑えられるかどうか分からないね」
譲が言うと、絢斗は納得したかのように頷いた。
「綿雪、天外くんは人に害成す妖や怪異は退治するけど、そうでない者については手を出さないそうだから、大丈夫だよ」
「しかし、うちには莉沙様もいるのに……まぁ、狼藉を働きでもしたなら、私が噛み殺しますけどね」
綿雪が、肩を竦めて言った。
「大丈夫よ。あんなこと言ってるけど、綿ちゃんは優しいから」
「そう……なのか……?」
莉沙に声をかけられ、絢斗は苦笑いした。
「そうそう、あと、この子も連れてきたんだっけ」
譲は持っていた箱を開け、中の掛け軸を取り出した。
「撫子、出てきてくれ」
掛け軸を広げながら譲が声をかけると、描かれていた撫子が縦ロールのツインテールを揺らしつつ、立体化して現れた。
「これは……絵の付喪神ですか」
「持ち主が、持っていってくれと言うから連れてきたんだけどね。害はないから安心してくれ」
目を丸くする綿雪に、譲は説明した。
「あなたも、『あやかし』ね? 何故かは分からないけど、すごく強いというのは分かるよ。私は撫子、『なっち』でいいよ」
撫子も、綿雪に挨拶した。
「わ、私は綿雪です。ここで、坊っちゃ……譲様と莉沙様のお世話をさせていただいています」
「そうなんだ。よろしくね、綿っち」
「綿っち……」
撫子のノリに些か調子が狂った綿雪を見て、譲は小さく笑った。
「不思議だな。ここでは、妖と人間が当たり前のように一緒に暮らしているのか。『闇狩り』も、一部の妖とは協力関係にあるが、あくまでギブアンドテイクあってのものだ」
「僕は、半分は妖で半分は人間だからね。どちらとも仲良くできればと思っているだけだよ」
戸惑いを見せる絢斗に、譲は穏やかに言った。




