30話 甘さは強さか
「正気か、譲さん! こいつらはハク兄の恋人を攫った奴らだぞ。信用できるものか」
最初に言葉を発したのは、絢斗だった。
「こればかりは、絢斗さんに一理あると思いますね」
綿雪が、絢斗の言葉に頷いた。
詩織を人質にして白露に譲の殺害を強要した、この『綺羅星の民』二人に対し、絢斗や綿雪が憎悪や不信を抱くのは当然のことだと譲にも理解はできた。
しかし、今や戦意どころか生きる気力すら失っている彼らを、これ以上痛めつけたり手にかけたりするのは、争いを厭う譲にとって辛いことだ。
眉尻を下げる譲を見て、莉沙が言った。
「ユズ兄は、この二人から情報を得て、今後の対策を考えたいのね?」
「それもあるけど……彼らの事情を知ってしまったからね。それに、莉沙の同胞でもある訳だし。僕は、別に『綺羅星の民』と戦争をしたい訳じゃない」
そう言いつつ、譲は先刻から黙っている白露を見た。
「――俺は譲さんに殺されても文句を言えない立場なのに、命を救われた。だから、彼に判断を任せる。万一、そいつらが怪しい動きをすれば、今度こそ全力で討伐する。絢斗、それでいいか」
「ハク兄が、そう言うなら……」
白露の言葉に、絢斗は渋々ながら頷いた。
「坊ちゃんが甘いのは今に始まったことではありませんが……我が家で狼藉を働きでもすれば、私が噛み殺しますからね」
綿雪が、そう言って肩を竦めた。
「――勝手に決めるな……我々は、まだ貴様のもとへ下るなどと言っていない……ッ」
蹲っていた緑髪の男が、譲を見上げた。
「……俺は……この半妖の男が何を考えているのか分からない……恐ろしい……」
一方、綿雪に組み伏せられたままの青髪の男が、浅い呼吸の中で弱々しく呟いた。
「ユズ兄は、底抜けに優しいだけだよ。私に免じて、ユズ兄を信用してくれないかな。捨てるつもりの命なら、私に預けてほしい」
莉沙は二人の男に言って、くすりと笑った。
「……明星殿、以前と感じが変わったな……もっと冷徹な方と思っていたが」
緑髪の男が、戸惑ったような表情で莉沙を見上げた。
「そうね、私も昔は強さのみに価値があると思っていた……でも、人間の世界でユズ兄や綿ちゃん、人間の友達に囲まれて生活して、それ以外にも素晴らしいものがあると気づいたの」
莉沙の言葉を聞いて、青髪の男と緑髪の男は顔を見合わせた。
「――木賊、俺は明星殿に従ったほうがいいと思う。たしかに、ここで我々が死んだところで『綺羅星の民』が救われる訳ではない」
青髪の男が言うと、木賊と呼ばれた緑髪の男は俯いた。
「……蒼梧、お前の言うとおりだな。分かった、明星殿に命を預けよう」
木賊の言葉に、青髪の男――蒼梧が、やや安堵した様子を見せた。
「話は、まとまったみたいだね」
譲が言うと、莉沙が再び口を開いた。
「それじゃあ、詩織さんを解放してもらわないとね。その前に、二人の傷を治しましょうか。綿ちゃん、手をどけてあげて」
莉沙の言葉に、綿雪は些か不満げな顔を見せつつも、蒼梧を押さえつけていた前足を外した。彼の右肩には、綿雪の牙によって裂かれた傷がついている。
「それでも手加減したんですよ。本気なら、腕ごと嚙みちぎるくらいは簡単だったでしょう」
「そうよね。綿ちゃんは優しいね」
言って、莉沙は蒼梧の傷に手をかざした。その手が淡く輝いたかと思うと、傷は見る見るうちに塞がっていく。
「すごい……痛みも嘘のように消えたぞ」
蒼梧が身を起こしたのを見て、莉沙は木賊にも手当てを施した。
「戦いには使えないと言われていた力だけど、なかなか役に立つでしょ? 自分の傷は治せないのが難点だけどね」
「明星殿に、このような力があるとは……」
力が戻った木賊は立ち上がり、詩織が封じられている結晶を見上げた。
「蒼梧、結晶を解除するぞ」
「わかった」
蒼梧と木賊が結晶に両手をかざした。ややあって、巨大な結晶は淡く輝いたかと思うと、光の粒子と化して霧散した。
落下する詩織の身体を、二人が柔らかく受け止める。
「女は返す。傷はつけていないから安心しろ」
蒼梧たちは、まだ眠っている詩織の身体を落ち葉に覆われた地面へと横たえた。
「詩織……!」
素早く駆け寄った白露が抱き起こすと、詩織は小さく呻いて薄らと目を開けた。
「……白露さん? わ、私、どうしたのかしら……なんだか、ずっと変な夢を見ていたような気がする」
白露の腕の中、詩織は大きな目で、ぼんやりと恋人の顔を見上げている。
「ああ、なにも心配ない。今は、なにも考えなくていい」
愛する人を抱きしめつつ涙する白露の姿を目にして、譲も胸の中が温かくなるような気がした。
「莉沙、色々とフォローしてくれて助かったよ。僕だけでは、あの二人を説得できなかっただろうね」
譲は、傍らに立つ莉沙を優しく見つめた。
「ただ守ってもらうだけじゃなく、ユズ兄の助けになれたなら、私も嬉しいよ」
言って、莉沙は譲の手をそっと握った。
詩織と「綺羅星の民」二人を加えた一行は、莉沙が開いた「門」をくぐり、再び真白家へと戻った。
「おや、家の中から強大な妖の気配を感じますね」
少年の姿をとった綿雪が店の入り口を覗き込むようにして言った。
「こ、これは……!」
「星河王に匹敵する……いや、それ以上か! なにか恐ろしいものが中に……?」
蒼梧と木賊は、心なしか青ざめた顔をしている。
「もしかして、あの方が……? ちょうどいいタイミングではあるけど」
そう言いつつ、譲は入り口の引き戸を開けた。
「おかえりなさいませ……おや、なんだか人数が増えたようですが」
譲たちの気配を感じたのだろう、眼鏡の付喪神である黒縁が、彼らを出迎えた。その足元では、ハリネズミたちが何か言いたげに譲を見上げながら、ちいちいと鳴いている。
「ただいま。色々あって、お客が増えたのさ。ところで、誰か来ているようだね」
「はい、さっき旦那のお父上と、『北辰』と名乗る方がいらして……広間でお待ちいただいてます」
「なるほど、僕の人払いの結界があってもなお、そのお力を感じさせるとは、さすがだね」
譲は言ってから、ふと背後を振り向き、一同に目をやった。
「『北辰』って、たしか『可惜夜の里』で一番偉い人だろう?」
やや不安そうな面持ちで、絢斗が言った。
「そうか、道理で凄まじい力を感じると思ったが……全く勝てる気がしないな」
白露が、隣に立っている詩織を守るように抱き寄せる。
「大丈夫ですよ。北辰様は無闇に力を揮うような方ではありませんから。さあ、どうぞ入ってください」
譲は皆の緊張を解すように微笑んで、一行を家に招き入れた。
北辰たちが待つという広間へ向かう譲の前に、撫子が現れた。その手には、湯気を上げるマグカップを二つ載せたトレイがある。
「ユズっち、おかえり~。ユズっちのお父さんと、北辰っていう子にココアを出したら、気に入ったからお替りが欲しいって言われちゃって」
「すまない、お客をもてなしてくれていたんだね。助かるよ」
譲が労うと、撫子は得意げに笑った。
広間に通じる襖を開けた譲の目に飛び込んできたのは、大型テレビの前でゲームに勤しむ二人の人物だった。
いつものフロックコート姿の月人と、ジャージ姿の子供にしか見えない北辰が、正座して真剣な顔でコントローラを握り締めている様は、シュールな絵のようだ。
「やあ、帰ったね。君たちと入れ違いになったらしくて、待たせてもらっていたんだ」
譲たちの気配に気づいたのか、北辰が振り向いて言った。
「少し見ない間に、ずいぶんと大所帯になったのではないか?」
月人が、譲の後ろにいる者たちを見て、首を傾げた。
「はい、ここ最近で色々ありまして……僕からも父上や北辰様にご相談したいと思っていたところです。……これから北辰様たちに事情を説明するから、みんなは適当に座っててくれないか」
譲は、一同に腰を下ろすよう促した。




