23話 賑わう食卓
「こ、これは……随分と気を遣わせてしまったのでは」
食卓へ案内された白露が、テーブルの上で湯気を上げる料理を前に目を見開いた。
メインであるビーフストロガノフの他にはスープやサラダが添えられており、レストランのセットメニューのようだ。
「いえ、普通ですよ。買い置きしてあった肉があったので、丁度よかったんです。ビーフストロガノフのガーリックライス添えというところですね。お替りもありますから」
白露の表情を見た綿雪が、してやったりという様子で言った。自分の作った料理を見たり食べたりした相手の驚く顔を見るのが、彼の楽しみになっているのだろうと、譲は頷いた。
「今や、半分は綿雪の趣味みたいなものですからね。冷めないうちに、いただきましょう」
譲が促すと、一同は食卓に着いた。
「そういえば、黒縁と撫子の姿が見えないようだけど」
ふと気づいた譲は、綿雪に声をかけた。
「それなら、黒縁が撫子に東京を案内すると言って出かけていますよ。今日はS区へ行くとか言ってましたね」
「はは、あの二人、付喪神同士で気が合うのかな。S区は若者の街と言われているし、撫子も好きそうだ」
綿雪の言葉に、譲は人間の世界を楽しむ黒縁たちを想像して微笑んだ。
「絢斗、お前いつもこんな御馳走を食べているのか」
綿雪の料理に舌鼓を打ちつつ、白露が言った。
「え、ああ……そうだな。里の食事よりも贅沢かもしれないな。その分、運動量は増やしているつもりだ」
絢斗は頭を掻いた。
「絢斗さんを見てると、『闇狩り』の人たちって修行僧みたいな暮らしをしてるのかなって思うんですけど」
言って、莉沙が白露を見た。
「そこまででもないと思うが、絢斗は真面目だから……まぁ、そういうふうに育てた我々の責任でもあるな」
莉沙の視線に戸惑いを見せながら、白露が答えた。
「絢斗は幼い頃に親を亡くしたが、『闇狩り』としての高い素質を認められ、本家に養子として迎えられた。その分、周囲の期待も大きかったからな。つい厳しくし過ぎた感はある」
眉尻を下げる白露を見て、絢斗が微笑んだ。
「ハク兄、俺は別に何とも思っていないぞ。ハク兄も、その上の兄たちも、訓練の時は鬼のように恐ろしいが、普段は優しくしてくれたし」
彼の言葉に、白露は僅かだが安堵する様子を見せた。
「ところで、今回あなたたちは大物の妖を討伐しに行ったと聞いています。差し支えなければ、どのようなものだったのかお聞きしたいのですが」
譲が言うと、絢斗は隣の白露の顔を見た。兄が頷くのを見てから、絢斗が口を開いた。
「それは、俺も譲さんたちに報告しておいた方がいいと思っていたところだ。大物というか、正確に言えば妖の群れだった」
「群れ?」
首を傾げた譲に、白露が言い添えた。
「一対一なら俺たち『闇狩り』の敵ではない妖だが、そいつらが群れで出現したという報告があった。それで、俺や絢斗など担当地域外の者も招集されたのだ」
「問題は、奴らが、あの『黒いモヤ』をまとっていたということだ」
絢斗の言葉に、譲は思わず目を見開いた。
「『黒いモヤ』……というと、放火魔の火洞に憑いていた、あれかい? 奴は人間だけではなく妖にも憑くというのか」
「通常は群れることのない妖が一斉に動いていたのも、あのモヤのような奴に操られていたと考えれば納得がいくと思うんだが」
そう言って、絢斗が譲を見た。
「奴が自らを『個にして全』と言っていたのを、絢斗くんも覚えているだろう? 実は、きみの留守中に僕と莉沙も妖に襲われてね。そいつが『マガツ様』と呼んでいた存在は火洞を知っていた上に、僕のことを認識していたらしい。だから、『黒いモヤ』と『マガツ様』と呼ばれる存在は同一のものだと思えるんだ」
「俺がいない間に、そんなことが? だが、よく無事だったな」
譲の言葉に、絢斗は驚いた様子だった。
「ああ……綿雪がいたからね」
莉沙の中の「明星」が覚醒したことを明かす訳にはいかない――譲が綿雪に目配せすると、彼は無言で頷いた。
『――では、次のニュースです。本日の夕方に東京都S区で起きた通り魔事件の続報です』
その時、点けっぱなしのテレビから流れた音声に、譲は耳をそばだてた。
『犯人は自称作家の二十代の男性で、大通りを歩いていた人たちに刃物で次々と切りつけた模様。しかし、通行人の男性に取り押さえられ、その後警察に確保されたということです。被害を受けた方たちは重軽傷を負いましたが、いずれも命には別条ないそうです』
テレビ画面は、小さな子供を抱いた女性がインタビューを受ける様子をボカシ入りで映し出している。
『ええ、私も切りつけられそうになって……この子を庇うのが精一杯で、もう駄目かと思いました。でも、飛び出してきた男の人が庇ってくれて。ただ……』
女性は、たまゆら言い淀んだ後、口を開いた。
『その男の人は私を庇って刃物で刺されたはずなのに、まるで平気な顔で犯人を殴り倒して地面に押さえつけたんです。でも、警察が来たら、すぐにいなくなってしまって……』
『――複数の目撃者の証言によれば、犯人を取り押さえた男性は二十代から三十代の眼鏡をかけたスーツ姿の男性だそうです。警察は、現在この男性の行方も追っているということです』
「なんと、やはり都会は物騒だな。しかし、暴漢に立ち向かっていく者もいるとは……眼鏡にスーツの男など、それこそ掃いて捨てるほどいそうだが」
テレビに目をやりながら、白露が呟いた。
「これも、『黒いモヤ』に憑かれた者のせいではないのか?」
そう言って、絢斗が首を傾げた。
さすがに、なんでも妖の仕業と考えるのもどうかと思うが――譲の喉元まで言葉が出かかった時、勝手口の開く音が聞こえた。
「ただいま戻りました」
「お土産買ってきたよ~」
帰宅した黒縁と撫子が、ダイニングに顔を出した。撫子は、今では馴染みになった現代風のお洒落な女性という出で立ちだが、今日は黒縁もスーツ姿だ。
「おかえり。黒縁、スーツ姿なんて珍しいね」
譲が言うと、黒縁は少し照れたように笑った。
「ええ、撫子さんの見立てで」
「もう、私のことは『なっち』って呼んでって言ってるでしょ」
撫子に肘でつつかれる黒縁を見て、譲はくすりと笑った。
「おや、お客ですか。我々は引っ込んでいたほうがよさそうですね」
白露の姿に気づいたのか、黒縁は撫子の手を引いて部屋から出ようとした。
「ああ大丈夫、彼は絢斗くんのお兄さんだそうだ。――そういえば、黒縁たちはS区へ行っていたんだよね? 通り魔事件があったと聞いたけど、大丈夫だったかい?」
譲の言葉に、黒縁と撫子は一瞬顔を見合わせた。
「うん、ある意味大変だったよ」
撫子が、肩を竦めた。
「目の前で、刃物を持った男が子連れの女の人に切りつけようとして……黒っちが、その人を庇って刺されたの。カッコよかったけど、びっくりしたよ~」
「ええっ、そんなことが?」
莉沙が、驚いたように目を見開いた。
「私の本体は『眼鏡』であって、人体に見える部分は飾りのようなものですからね。『眼鏡』さえ無事なら問題ないんですよ。面倒なので、警察が来る前に逃げてきましたが」
黒縁が、事もなげに言った。
「譲さん、彼らも妖なのか」
白露が、譲と黒縁たちを見比べている。
「はい、彼らは付喪神ですが、人間に害を成す存在ではありませんから、安心してください」
「そうか……話からすると、さっきニュースで言っていた、通り魔を取り押さえた男も彼ということか」
言って、白露は小さく息をついた。
「ここでは、人間や妖が家族のように暮らしているんだな」
「僕は半分は人間で、半分は妖ですからね。両者が穏やかに過ごせるのが一番だと思っています」
譲は、微笑みながら言った。




