15話 屋根裏の居候たち
とある日曜日の午後、譲は住み込みバイトとなった絢斗と店内の整理をしていた。
絢斗の、言われたことは直ぐに覚えるところや、また丁寧な仕事ぶりに、譲は感心した。
「骨董店と言うと、古道具や芸術品が置いてあるものだと思っていたが、ここはアニメやゲームに関連したものも置いてあるのだな。この人形たちとか」
アクリル製のケースに並んだフィギュアたちを眺め、絢斗が言った。
「そのフィギュアたちも芸術品と言っていいと思うよ。僕の趣味でもあるんだけどね。市販品もあるけど、熟練の原型師による一点ものは凄いんだ」
譲は、そう言って微笑んだ。
「譲さんが、そういうものを好きというのは意外だな」
「『可惜夜の里』には、こういった文化がなくてね。初めて人間の世界に降りた時、こんなものがあるのかと感激したんだ。僕も、半分は人間だというのもあるかもしれないけど。天外くんは、ゲームとかやらないの? 格闘ゲームやアクションゲームあたりが得意そうだね」
「存在は知っているが、やったことはない」
「そうなんだ。今度、一緒にやってみようよ」
「それは、業務命令なのか?」
「まさか、ただの遊びの誘いだよ」
絢斗の言葉に、譲は苦笑いした。
「商品の陳列も終わったし、休憩しようか」
譲が声をかけると、絢斗は戸惑った表情を見せた。
「え……でも、大した仕事してないし、俺は、まだまだ動けるぞ」
「いいんだよ。とりあえず、現時点でやることはないし。お客が来ればベルが鳴るから分かるし、お茶でも飲もう」
言って、譲は絢斗の肩を軽く叩いた。
「一応、住み込みのバイトという身分で置いてもらっているので……」
「納得いかないという顔だね。もしかして、きみは何もしないでいると罪悪感を覚えちゃうタイプ?」
譲の言葉に、絢斗ははっとしたように目を見開いた。
「……そうかもしれない。『里』にいた時は、全てが修業の一環で、常に訓練になることをしなければと考えていた」
「きみの真面目さは好ましく思うけど、常に張り詰めている糸は切れやすいものだ。緩めておく時間も必要だと思うよ」
「分かりました」
素直に頷く絢斗を見て、譲は微笑んだ。
――彼は外へ「見回り」に行く他は、時間があれば庭で刀の素振りをしたり筋トレしたりと休んでいない……「闇狩りの里」で、どんな生活をしていたのかは分からないけど、娯楽とは縁遠い感じだ。ここにいる間は、多少は甘やかしてやりたいな。
譲は、絢斗と共に店舗と繋がっている住居部分へと移動した。
「綿雪~、何かお茶菓子ないかな?」
ダイニングキッチンにいると思っていた綿雪の姿が見えず、譲は首を捻った。
「ああ、そうか。広間で休んでいるのかな」
「広間で?」
絢斗と広間の前に立った譲は、そっと襖を開けた。
「綿雪、いる?」
と、譲は、隣に立っている絢斗が息を呑む気配を感じた。
和室の広間には、大きな白虎の本性を現した綿雪が、のんびりと寝そべっている。また、彼の腹の辺りに寄りかかって座る莉沙が、五匹のハリネズミたちを代わるがわる膝に乗せて寛いでいた。
「も、もしかして、その虎が綿雪さんなのか?」
「ああ、天外くんは初めて見るんだよね。綿雪は、用事がない時は、こうして本性を現して休んでいることもあるんだ」
腰が引けている絢斗に、譲は慌てて説明した。
「私は、もともと人型に変化するのが得意でもないので、こうしているほうが楽なんですよ」
虎の姿のまま、綿雪が言った。
「本当だ。綿雪さんの声だ……」
声を聞いて、絢斗も納得したらしい。
「綿ちゃんとくっついてると、柔らかくて温かくて気持ちいいんだよ。小さい頃は、よく虎状態の綿ちゃんに抱っこされて昼寝してたな」
莉沙が、そう言って微笑んだ。
「そうそう、綿雪の毛皮に包まれていると、すぐに眠くなるよね」
自らの幼い頃を思い出した譲も、口元が綻んだ。
「思い出しますね、坊ちゃんが赤子の頃を。当時は現代のような紙オムツがなかったので、よく坊ちゃんのオシッコを浴びていたのも、今はいい思い出ですよ」
「綿雪、そういうのはいいから」
綿雪の思わぬ暴露に、譲は顔を赤らめた。
「えっ、綿雪さんは譲さんより年上なのか」
口角を上げる綿雪を見て、絢斗が目を丸くした。
「ええ、少なくとも坊ちゃんよりは長く生きていますよ。私は『可惜夜の里』ではなく、こちらの世界の生まれなのですが、幼い頃に親と逸れて死にかけていたところを、月人様――坊ちゃんのお父上に拾われ、育てられたのです」
「父上が母上と出会う前の話だものね」
綿雪の言葉に、譲は頷いた。
「このハリネズミたちは?」
絢斗が、莉沙の膝や肩に乗っているハリネズミたちに目をやった。
「彼らは、時々僕の実家の庭に出てきたところに、餌をあげていたら懐かれてね。僕が、こちらの世界に来ると言ったら、ついてきたんだ」
譲が言うと、ハリネズミたちは、そうだと言うように、ちいちいと鳴いた。
「そうだ、ハリちゃんたちにオヤツをあげようと思っていたんだっけ……あれ?」
莉沙が周囲を見回して、首を捻っている。
「どうした?」
「ここに、ハリちゃんたち用のポテチを置いといたはずなんだけど……」
莉沙が指差した辺りを見た譲の目に、素早く動く小さな影が映った。
「こいつか!」
常人の目では捉えられないであろう動きを見せる「影」を、譲は難なく掴んだ。
彼は、自分の手の中でもがいているものを見つめた。
木の葉のような衣をまとい、人間に似た姿をしているものの、頭には小さな角が生えているという妖だ。
「これは、人間には『家鳴り』と呼ばれることもある妖だよ。彼らが走り回って、家のあちこちから軋むような音が聞こえたりするんだ。一匹見たら十匹は隠れていると言われているらしいね」
「俺も、聞いたことはある。ゴキブリのような連中だな」
譲の説明に、絢斗が頷いた。
「は、放せ! 俺を捕まえるとは、お前、人間じゃないな! というか、そっちの小僧、俺をゴキブリと一緒にするな!」
譲の手の中でもがきながら、「家鳴り」が甲高い声で叫んだ。
「ここに置いてあったポテトチップスを持ち去ったのは、お前たちか?」
「そ、そうだ。ちょっとくらい、いいじゃないか。この家には旨そうなものが沢山あるんだし」
「家鳴り」は譲に問いかけられ、開き直ったように答えた。
「僕が許しても、ハリたちが許すかな。彼らの体当たりは、おろし金で擦られるようだと聞くけど」
言って、譲はハリネズミたちを見た。
ハリネズミたちは、普段は寝ている背中の針を逆立て、赤く光る目で「家鳴り」を睨んでいる。もらえると思っていたオヤツがなくなったことに腹を立てているらしい。
「うぐッ……わ、分かった……おい、お前ら、返してやってくれ!」
譲の手の中の「家鳴り」が言うと、箪笥の影から十匹ほどの「家鳴り」がポテトチップスの袋を担いで現れた。
「家鳴り」たちは、目にも留まらぬ速さで莉沙の傍に近づくと、畳の上にポテトチップスの袋を置いて、再び離れた。
「なぁ、これでいいだろ? いい加減、放してくれよ」
「家鳴り」に言われ、譲は手を開いて彼を解放してやった。
「お前たち、最近になって、うちに来たのか? 以前は見かけなかったと思うけど」
「前に住んでた家が空き家になって取り壊されちまったんだよゥ。この家は程よく古いし、妖の気配も強くて居心地が良さそうだと思ったんだ」
しょんぼりと項垂れる「家鳴り」の姿に、譲は憐みを覚えた。
「そうか。あまり五月蠅くしないでくれれば、うちに住むのは構わないよ」
「いいのか?」
譲の言葉が想定外だったのか、「家鳴り」は真っ黒い大きな目で彼を見上げた。
少し離れて様子を窺っていた他の「家鳴り」たちも、驚いた様子で譲を見ている。
「ただし、食べ物その他を勝手に持っていくのは駄目だ。欲しいものがあれば、ちゃんと僕たちに断っていくこと。いいね」
「分かった。あんたと、そこの大虎は、けっこうな大物の妖だろ? 置いてもらう礼に、俺たちに何かできることがあれば言ってくれ。じゃあな!」
言うが早いか、「家鳴り」は仲間と共にどこへともなく走り去った。
「ああ、ゴミはゴミ箱に捨てること、食べ物のカスを散らさないこと、この二点は守ってくださいね!」
「家鳴り」たちの背中に向かって綿雪が言うと、天井の板が、みしみしと音を立てた。
「あれが返事なんだね」
莉沙が、くすりと笑った。
「さすが、莉沙さんも慣れているのか……ところで、退治しなくてよかったのか?」
「別に、彼らは大した悪さをしないし、無闇に殺す必要はないよ」
絢斗に問いかけられ、譲は微笑んだ。
「それもそうか……ここでは、人間も妖も分け隔てなく過ごしているんだな」
「うん、共存できるなら、相手が人間か妖かは関係ないと思っているよ」
譲が言うと、綿雪がため息をついた。
「坊ちゃんは、少々心が広すぎるきらいはありますけどね」
「そこが、ユズ兄のいいところだよ」
莉沙の言葉に、ハリネズミたちが、ちいちいと答えた。




