14話 幕間
放火犯である火洞に憑いていた妖との戦いから、数日が経った。
「……火洞は自宅近くの路上に倒れていたところを通行人――つまり君に発見されて救急車で病院に搬送、今も入院中だ」
自室で土門からの電話をとった譲は、事件の顛末を説明する彼の声が若干沈んでいるのに気づいた。
「医師によれば、火洞に外傷はないものの、実年齢にそぐわないレベルで肉体の老化が見られたそうだ。医学的には不摂生によるものとしか言いようがないらしい。本人も精神的にショックを受けたのか、意味不明なことを口走るばかりで証言も期待できない。まさか、妖が火事の原因だなんて報告できないし、物的証拠もない……したがって今回の連続放火事件、表向きは迷宮入りということになるだろう」
「でも、少なくとも彼による放火は二度と起きませんよ」
「ああ、奴を野放しにしていたら、いつか人的被害が出ていただろうからな。手間をかけさせて、すまない」
譲の言葉に答えると、土門が小さく息をついた。
「きみは多くの人を救ったのに、それを知る者が殆どいないというのもな……」
「僕は、みんなが無事に過ごせれば、それでいいんです」
――土門さんの言うとおり、今回の放火事件の詳細は公にされることがなく、世間からは、すっきりしない結末と見られるだろう。でも、これで莉沙の身辺に危険が及ぶ心配もなくなった……それで十分だ。
譲は、そう思いつつ一人微笑むと、部屋から出た。
「坊ちゃん、ここにいらっしゃいましたか。夕食ができましたので、食堂へ来てください」
ちょうど行き会った綿雪に促され、譲は彼と共に食堂へ向かった。
「この匂い……今日は、カレーだね」
「分かってしまいますよね」
廊下にも漂っているカレーの匂いに、譲も食欲を刺激されていた。
ダイニングでは、すでに莉沙と絢斗がテーブルに着いている。
「ユズ兄、おそ~い。お腹空いちゃったよ」
そう言いながらも、莉沙は笑っている。
「ごめん、ちょっと土門さんと電話しててね」
「放火事件のことか?」
絢斗が、真剣な顔で譲を見た。
「うん、火洞は衰弱して入院中だけど、物的証拠がないから犯人として逮捕することはできないし、表向きは迷宮入りになるだろうって。ああ、このことは外で喋らないでくれよ」
「もちろん、それは承知している」
「まぁ、いつものことだもんね」
譲の言葉に、莉沙と絢斗が頷いた。
「さぁ、召し上がれ。たくさん作ったので、お替りもどんどんしてください。デザートは、梨を剥いたやつを冷蔵庫で冷やしてますから、あとで出しますね」
手早くカレーを配膳して、綿雪が言った。テーブルの上には、カレーの他にコールスローサラダやキノコのスープなどが並んでいる。
「綿雪のカレー、美味しいよね。僕もカレーくらいなら作れるけど、これには敵わないよ」
熱々のカレーを頬張って譲が言うと、綿雪は満足そうに微笑んだ。
「絢斗さん、どうしたの? もしかして辛いの苦手?」
絢斗の食の進みが遅いのに気づいたのか、莉沙が言った。
「あ、いや、そんなことはない。すごく旨い。いつまでも食べていたいくらいだ。ただ……」
「ただ?」
なにか言おうとして躊躇っている様子の絢斗に、譲は首を傾げた。
「ここは居心地が良すぎて……離れがたくなっているというか……しかし、いつまでも厄介になっている訳にはいかないし」
絢斗が、少し寂しそうな目をして言った。
「そうか、よかった」
「よかった?」
譲の言葉に、今度は絢斗が首を傾げた。
「そのことなんだけどね、もし天外くんがよければ、うちに住み込みのバイトという体で留まってもらうのはどうかと思って。三食付きで、少ないけどバイト代も出すよ。それなら『闇狩り』としての活動もスムーズにできるんじゃないかな」
「いいのか? 俺のような者を……」
「僕は、きみが信頼できる人だと判断したんだ。莉沙と綿雪も、構わないよね?」
譲の問いかけに、莉沙と綿雪は一瞬驚いた顔をしたものの、何度も頷いた。
「私も、構わないよ。絢斗さんは真面目だし、信用できると思う」
「いいでしょう。なにかあれば私が制裁を加えますし」
綿雪が言うと、絢斗が顔を引きつらせた。
「なにか、なんて、する訳ないだろう! でも、そう言ってもらえるのはありがたい……是非、よろしくお願いします。『里』には、理解のある親切な人に間借りさせてもらうと説明しておく。バイトとして置いてもらうのだから、用事などあれば幾らでも言いつけてくれ」
スプーンを持ったまま、絢斗が深々と頭を下げた。
「じゃあ、決まりだね。きみは、放っておくと悪い奴に騙されたりしそうで心配になるというのもあるんだけどね」
言って、譲はくすりと笑った。
「不思議だが、譲さんと一緒にいると……親というものがいたなら、こんな感じなのかと思ってしまうな」
「そうだね。僕も天外くんを見ていると、息子というのは、こんな感じかと思うことがあるよ」
譲の言葉に、絢斗がはっとした表情を見せた。
「そうか、譲さんは半妖だから見た目通りの年齢ではないのか」
「うん……たぶん百年くらいは生きていると思う。僕の故郷である『可惜夜の里』は、こちらの世界と時間の流れが異なるから、正確には分からないけどね」
「時間の流れが? 『可惜夜の里』というのは、どこにあるんだ?」
「この世界とは次元のずれた場所にあるんだ。特別な場合を除いて、人間が入ることはできない。僕の母は、『可惜夜の民』である父と夫婦になったから、向こうに住むことを許されたんだ。一度、寿命で亡くなったけど、今でも魂だけの状態で 『可惜夜の里』に住んでいるよ」
「そんな世界があるとは……『闇狩りの里』でも、聞いたことがなかったぞ」
「『可惜夜の民』は、引きこもりがちだからね。僕の父は好奇心旺盛で変わり者と言われているけど」
と、それまで黙って話を聞いていた莉沙が口を開いた。
「ユズ兄は、いつか『可惜夜の里』に帰る予定とか、あるの?」
莉沙の真剣な眼差しに、譲は些か戸惑った。
「いや、僕は人間の世界が気に入っているし、ずっとこちらにいたいと思っているよ。向こうは食べ物の味も、良く言えば上品だけど、ちょっと物足りないからね」
譲が少し冗談めかして答えると、莉沙は安堵のため息をついた。
「よかったぁ……ユズ兄がいなくなったら、私、きっと寂しくて死んじゃうもん」
「僕は、きみを置いてどこかに行ったりなんてしないさ」
それは、譲の心の底からの言葉だった。




