11話 探索
明日も学校があるからと、莉沙は入浴を済ませて床に就いた。
絢斗も自室へ戻ったらしい。
一方、譲は、ふと思いついたことがあり、居間のソファで膝の上にノートパソコンを広げた。
「調べものですか、坊ちゃん」
気を利かせた綿雪が、茶の注がれた湯呑をローテーブルに置きながら言った。
「うん、ちょっとSNSを見ていたんだ」
「坊ちゃん、SNSのアカウントなんて持っていたのですか」
「見るだけ用さ」
言って、譲はモニターに目を移した。
「K町の火災について投稿している人を探していたんだ。K町、放火といったキーワードでね。更に画像を投稿している人に絞って……」
検索条件を絞ると、当てはまる投稿が浮かび上がってくる。
「この人、二週間くらい前からK町の小火騒ぎについて画像付きで投稿してるんだ」
譲は、一つのアカウントに目を付けた。もちろん、適当に付けたと思われるハンドルネームを名乗っており、身元の特定に繋がるような情報は出していない。
そのアカウントから投稿されているのは、世間に対する不平不満といった話題が主だった。しかし、最近は火災現場に集まる野次馬などの画像付きで「K町で続く小火騒ぎ」について語るものが急激に増えている。
「昨日のアパート火災についても投稿してるね。燃えている最中の写真付きだ。しかも、これは一連の小火騒ぎに関係しているかもしれない――連続放火だ、というコメントまで添えられている」
「その投稿、なかなかの反応があったようですね」
画面を見つめていた綿雪が呟いた。彼の言うとおり、連続放火かもしれないという言葉に不安を覚える声、不謹慎だと非難する声、「犯人」像の勝手な分析などで返信欄が埋まり、拡散されている。
「綿雪も、だいぶ慣れてきたねぇ」
「それは……こちらの世界でも十年以上生活していますし」
「……おや、今日の小火についても投稿してるな。同じ人が、そう何度も偶然に小火の現場に出くわしているとは思えないよね。一連の小火は全て日中に起きているのと、その直後に写真を撮ってSNSに投稿していることから推測するに、時間的に自由の利く職業か、単に無職なのか……」
かなり遠くから撮影したらしく、人相が分からないくらいにぼやけてはいるものの、莉沙と土門が話している画像が投稿されている。
「こいつ、こんな写真まで撮っていたとは」
綿雪が鼻に皺を寄せた。食いしばった口元には、ちらりと鋭い牙が見えている。
「油断していた……これは、すでに莉沙の顔を知られていると思ったほうがいいか。だが、こいつ自身が犯人であるという疑いが濃くなってきたな。やはり、この騒動が落ち着くまで、僕は莉沙についていることにするよ」
「分かりました。留守はお任せください」
譲の言葉に、綿雪が頷いた。
「何年か前にも、自分であちこちに放火しながら火災現場をSNSへ投稿していた犯人がいてね。そいつは逮捕されたが、今回の奴も行動が似ていると思ったんだ。まぁ、警察も、それくらいは調べているかもしれないけど」
モニターを睨みながら、譲は呟いた。
「なぜ、そのようなことをするのでしょうか? 本人にとって、特に利益があるとも思えませんが」
「人間の中には、どんな手段をとってでも他人から注目されたいという者が少なからずいるのさ」
譲は肩を竦め、不思議そうに首を傾げる綿雪に答えた。
翌日から、譲は莉沙の登下校へ付き添うことにした。
「こうして一緒に歩いていると、幼稚園の頃を思い出すね」
莉沙が、並んで歩く譲を見上げて微笑んだ。
「そうだね。あの頃は莉沙を一人で外に出すのが心配でね……今でも心配だけど」
「ユズ兄は、過保護だね。でも、私は嬉しいな」
くすりと笑う莉沙の姿に、譲は胸が一杯になるような気がした。
「それじゃあ、学校が終わる頃に迎えに行くよ」
莉沙が学校に着いた後はハリネズミたちに護衛を任せ、譲は「黒いモヤに覆われた男」を探してK町を歩いた。
――莉沙の情報によれば、「黒いモヤの男」は僕や絢斗君よりも小柄で二十代後半から三十代に見えたということだった……服装も、よくあるジャンパーにデニム、顔立ちは特に印象に残らない感じ……目立たないタイプということか。
譲は、小火が起きたと言われる場所を順番に見て歩いたあと、絢斗が住むはずだったアパートの前に到着した。
燃え残った建物の残骸はブルーシートで覆われているだけで、まだ撤去作業などは始まっていない様子だ。
時折、通り過ぎる者たちが、焼け跡を見て何やら囁き合っている。
死傷者が出なかったとはいえ、理不尽に生活の場を奪われた者たちのことを考えると、譲は気持ちが沈むのを覚えた。
「譲さん、あんたも来ていたのか」
佇んでいる譲に声をかけてきたのは、絢斗だった。さすがにジャージ姿ではなく、撫子のコーディネートによる出で立ちだ。
「うん、犯人が放火して人々の反応を面白がっているとすれば、現場で当時を思い出して楽しんでいる可能性があるからね」
「俺も同じことを考えて、今日はこの周囲を重点的に見回っていた。犯人が人間でも妖でも、許すことはできん」
絢斗が、厳しい表情で言った。
「そろそろ莉沙の学校が終わる頃だ。僕は彼女を迎えに行きがてら、一度家に戻るよ」
「そうか。俺は日没まで粘ってみる」
「了解。綿雪に伝えておくよ」
譲は絢斗に告げたあと、莉沙のいる高校へと向かった。
ちょうど授業が終わったのか、校門から生徒たちが吐き出されてくる中に、譲は莉沙の姿を認めた。彼女の傍には友人らしき女生徒が数人いる。
その後方では、護衛のハリネズミたちが莉沙について歩いていた。今の彼らは人間には見えない状態であるため、他の生徒に踏まれないよう動き回っている。十年以上も莉沙の護衛をしているゆえ、慣れたものだ。
譲が手を振ってみせると、莉沙も彼の姿に気づいた様子だった。
「ユズ兄、来てくれたんだ」
「タイミング、ぴったりだったな」
莉沙の元気そうな姿に、譲は安心した。
「えっ、莉沙の親戚のお兄さん? 背ェ高いね~」
「うちには分かる……目が隠れていてもイケメンだということが」
興味津々という様子で、女生徒たちが譲を見上げた。
「いつも、莉沙がお世話になっています。それでは」
譲は女生徒たちに微笑みかけてから、莉沙と歩き出した。
「ユズ兄と一緒だから、安心だね」
そう言って、莉沙は譲のジャケットの裾をつまんだ。
「莉沙に何かする奴がいれば、僕が排除するからね。……ハリたちも、ご苦労様。帰ったらオヤツをやるからな」
譲が足元を歩くハリネズミたちに声をかけると、彼らは嬉しそうに、ちいちいと鳴いた。
自宅への道の途中にある大きな通りは、今日も下校する学生たちや観光で訪れている者たちで溢れている。
ふと譲は、ぞくりと鳥肌が立つような感覚を覚えた。
『旦那、前方より黒いモヤをまとった男が接近しています。例の奴では?』
同時に、眼鏡の付喪神である黒縁が譲に囁きかけた。
目を凝らした譲は、黒縁の言うとおり、道の向こうから黒いモヤを全身にまとった一人の男が歩いてくるのを見て取った。
やや小柄な二十代後半から三十代に見える男、という莉沙の情報にも合致している。
周囲の人間が男の異様な外見を気に留める様子もなく、やはり黒いモヤは譲や莉沙のような「力」を持つ者にしか見えないものらしい。
幸い、まだ譲たちの姿は相手の視界に入っていないようだ。
「莉沙、下を向いてるんだ。いいね」
譲は莉沙の肩を抱き寄せ、その顔が見えないように自分の手で隠した。
黒いモヤの男は真っすぐ歩いてきて譲たちとすれ違った。男は、莉沙の存在にも譲の視線にも気づかなかったらしい。
「今の人、ユズ兄に話した人だった……」
男との距離がある程度離れたところで、莉沙が譲に囁いた。
「うん、確認したよ。彼は人間だが、妖の気配も感じた。まずは、家へ帰ろう」
譲が言った時、遠くから消防車のサイレンが聞こえてきた。
――まさか……奴は、もう放火してきた後だというのか?
思わず振り返った譲だが、黒いモヤの男の姿は雑踏に飲み込まれ、とうに見えなくなっていた。
「旦那、すみません。さっきの男ですが、ロストしました」
黒縁が、申し訳なさそうに言った。
「仕方ないさ。莉沙の安全が最優先だ」
譲は答えながら、歯を食いしばった。




