第7話 仮説とハバネロピザ
キムチチャーハンではホットガイ化しなかった。つまり、呪いが解けた?
「あっくん、とりあえずキムチを今、食べて!」
「え、何で?」
「キムチが呪いを解いたんだよ。激辛魔王もき韓国ドラマのファンだった。だから呪いが効かなかった? 試してみようよ」
「葵さん、それ、どんな理屈……」
敦は呆れていたが、この呪いを解く突破口かもしれない。激辛魔王が韓国ドラマファンかどうかは不明だが、キムチは呪いに効かない可能性だってある。
葵は慌てて冷蔵庫まで走り、キムチを取り出す。小皿に盛り付け、食卓へ持っていく。
匂いだけでもピリピリと辛そう。
「うーん、やっぱり僕、キムチは苦手なんだが」
「だから今まで呪いが解ける食品がわからなかったんじゃない?」
葵は興奮が抑えきれない。鼻の穴も膨らませ、ついつい大きな声が出てしまう。そんな葵に敦は苦笑しつつも、キムチを食べた。ぽりぽりと白菜を咀嚼する音が響く。
敦はキムチが苦手なのだろう。咀嚼中も眉間に皺が寄り、決して美味しいとは思っていなさそうだったが、どうだろう?
数秒間の沈黙後。敦の目の色がホットに燃え、葵に近づいてきた。
「可愛い子猫ちゃん。俺と一緒に熱い夢を見ようぜ」
「ダメじゃん! ホットガイ化した!」
葵は頭を抱えそうになったが、さらにホットガイ化した敦は距離を詰め、熱い吐息が漏れていた。
ただ、ホットガイ化している割には、目以外の変化は薄い。ホットガイ風の台詞も吐いてはいたが、セクハラはしてこない。微妙に葵との距離を保っていた。
辛さとホットガイ時のセクハラ度は、比例するとみていた。実際、今までで一番辛かったホットチキンでは、セクハラ度も濃厚だった。
このキムチはホットチキン並みの辛さだ。葵もキムチの白菜をボリボリ噛みながら確かめたが、かなり辛い。急いで水を飲むほどだったが、その割にはセクハラがマイルドだ。それにホットガイ化も比較的早く終わった。
敦の目も正気に戻っていた。
「わー、やっちまった。ごめんなさい」
顔を青くし謝罪している敦だが、そんな事はどうでもいい。キムチではホットガイ化がマイルドなのが気になる。キムチチャーハンでは完全にホットガイしなかったのも気になる。
「やっぱり激辛魔王は韓国ドラマファンかな?」
「いや、葵さん、それは無いと思うけど……」
敦のツッコミを聞きながら、ふと閃く。
「苦手な激辛料理だったからじゃない?」
キムチは敦の苦手な味だ。これが何か呪いと関係している可能性がある。
「他に苦手な激辛料理は?」
「ない」
即答。敦は元々激辛料理が好きだったらしい。激辛魔王のところで食べたカレーの味は、今でも忘れないとうっとりしていた。
「そんな激辛魔王に絆されてたの!」
今度は葵がツッコミを入れた番だが、せっかくキムチは呪いがかかりにくい事がわかったし、何か手がかりにならないだろうか?
「他に苦手な料理はないの?」
「そうだなぁ。あ、ピザは苦手かも」
「うそ、ピザが苦手な人なんているの?」
葵は信じられない。誰からも好まれ、人気者ポジションにいるピザだ。確かにパイナップルピザなどは好き嫌いが分かれるだろうが、ピザそのものが嫌いなのは珍しい。
アイドル時代、そんな情報も聞いたこともないのも余計に驚きだ。アイドル時代は苦手な食べ物がないと、かなり優等生キャラで売っていたが、あれも事務所のイメージ戦略だったのだろう。
「なんでピザが苦手?」
「味自体は嫌いじゃない」
「だよね」
「家族が離散した時、自炊もできないし、よく宅配ピザ頼んでたんだ。それが今でもトラウマでさ」
さっきまで笑っていた敦だったが、もう口元がこわばっていた。
「ごめん。悪い思い出だったんだね」
「いや、呪いを解くためだって分かるよ」
その声は優しい。アイドル時代だったら、「もう無理……。しんどい」となっていそうだが、どうにか葵も理性を保つ。今はおかしな呪い持ちの男だと無理矢理思い込み、迂闊にキュンとしない。
「でもピザってハバネロソースとかかけたら激辛にできるし、実験してみようか」
「え、あっくん。いいの?」
嫌な思い出のピザは実験に使わない方が良かったが、敦は以外にも乗り気だ。
「うん、これで呪いが解けたら、儲けもの」
あれ?
そう語る敦は前向きだった。このアパートに来た当初は無気力だったのに。敦も何か感化されて来たのかもしれない。
「うん! じゃあ、明日はピザを頼んで実験しよう!」
「おお!」
こうして話がまとまり、翌日。この日は副業は比較的余裕があった為、昼に宅配ピザを注文した。味はもちろん、激辛のハバネロピザだ。スーパーでタバスコも買った。食卓の準備満タンとなった時、チャイムがなった。ついにピザが届けられた。
葵は久々に宅配ピザを注文したが、想像以上に大きい。食卓に大きな花が咲いたようだ。
チーズはトロトロにとけ、生地もパリパリ。トッピングのサラミもパリッと焼け、ピーマンの緑も映える。緑とピザソースの赤は、なぜこんなにも相性が良いのだろう。
葵はツバを飲み込みながら、ハバネロソースをかけた。
もっともピザに嫌な思い出がある敦はなかなか食べようとしない。口元はこわばっていたが、葵は我慢できなかった。思わず一口頬張った。
ハバネロをかけすぎてしまったらしい。口の中はホットに燃えるが、水を飲む気がしない。それ以上にトロトロのチーズやソーセージの味が口の中で暴れている。パリパリの生地も最高だ。
「うーん、美味しい。こんなピザが苦手なのはもったいない気がするけどなぁ」
一方、敦は無言だった。ピザを凝視したまま、表情はさらに強張っていた。
「やっぱり、こんな呪いのせいで家族がバラバラになってしまったのかな……」
「あっくん、そんな自分を責めないでよ。このピザには何の罪もない!」
葵はドンと胸を叩く。
「悪い思い出は上書きしようよ。私と一緒に食べたら、上書きできるかわからないけど!」
「葵さん……」
敦の目元は潤んでいた。もっとも敦を励ますとうよりは、久々に食べたらピザの味に感動し、口が滑ってしまっただけだったが。
「うん、思い出が上書きできるのなら、食べるよ」
敦はさらにハバネロをフリフリとかけ、ピザに齧り付く。サクサクとした咀嚼音が響く。
「う、うまいかも……?」
「そう?」
「うん、うまい!」
さらに敦もピザに手を伸ばし、箱はすっかり空になった。
悪い事思い出があるとはいえ、ピザの美味しさには逆らえない。二人とも夢中で食べてしまったが、さて呪いの方は?
「可愛い子猫ちゃん、ホットな夢を見せてやるぜ」
失敗!
ホットガイ化した!
しかも今回は顎をくいっと掴まれ、熱っぽく見つめてきた。
このままではファーストキスを失う危機がある!
貞操の危機!
「もう、ホットガイっていうか、ホット害!」
そんな寒いギャグが口から出た。これは空気を凍らせ、ようやく敦が正気に戻った。シュンと小さく反省していた。呪いのせいとはわかってる。敦は何も悪くないが、これには葵も気まずい。それに、このままだとホットガイ化した敦にファーストキスを奪われる危機もある。何とか呪いを解かないと!
「でも、何でキムチチャーハンだけ呪いがかからなかったんだろう?」
そんな疑問も残る。敦がその食べ物を苦手かどうかも関係ないとわかったが、キムチチャーハンだけ特別? キムチは関係ないのだろうか。
「やっぱり激辛魔王は、韓国ドラマファンだったのか?」
敦も困惑しながら呟いていた。今の状況だと、その可能性も捨てきれない!?




