第6話 ふたりで作るキムチチャーハン
この日、葵は急いで副業を終わらせてアパートに帰ってきた。今日もコアワーキングスペースでみっちりと仕事をし、報酬もいつもの倍以上の予定だが、そんなことより激辛魔王の呪いだ。呪いを解く為に、何でもいいいからやってみたい。
「ということで、今夜はキムチで実験しようと思う。どう思う?」
冷蔵庫からキムチのパックを取り出し、テレビでダンスの研究をしていた敦に見せた。
炎のように真っ赤なキムチだ。見た目だけでも燃えている。しかも「とうがらし増量」とパッケージにある。パック越しにもつんとホットな匂いがするぐらいだったが。
「え、キムチ……?」
敦はキムチのパッケージを見ながら、眉間に皺が寄っていた。口元も引き攣っていた。
「もしかしてキムチ苦手?」
敦はキムチのパッケージから目を逸らした。露骨な仕草だ。これは間違いなくキムチが苦手だろう。
「別に辛い味がオッケーなんだよ。特に香辛料いっぱいのインド風激辛グルメは好きなんだが」
「あっくんがそう言うと色々笑えないんだけど」
「あー、キムチは苦手。酸っぱいのが苦手なんだ」
頭を抱えている姿は本当に苦手らしい。柑橘や梅干しの酸味は大丈夫だが、キムチの酸っぱさだけはどうしても苦手らしい。
「まあ、確かにキムチをそのまま食べなくてもいいか? コチュジャンで味付けしてキムチチャーハンにしてみる?」
「葵さん、それ賛成!」
成り行きでキムチチャーハンを作ることになってしまった。
まずは冷凍していたご飯を解凍した。次に溶き卵を作るが、自炊キャンセル中の葵は上手にできない。
「わ、玉子を割るのって意外と難しい。何でカラ入ってしまうんだろう?」
「葵さん、かして」
一方、敦は手際よく卵を割り、サクサクと溶いていた。キムチも包丁でざっくりと切り、フライパンも温めていた。
「え、あっくん。料理上手だっけ?」
アイドル時代、動画サイトの企画で料理を作っていたが、見事に下手だった記憶がある。インタビューでも自炊キャンセル中と言っていたが、完璧な王子様キャラにも欠点があったとファン達は萌えていた。
「芸能活動干されて苦労したからね。料理ぐらいは簡単だ」
「えー、本当?」
葵は驚いているが、敦は全く手を休めず、調味料を測り、混ぜ合わせ、炒めていた。
狭いキッチンにキムチのいい匂いが広がる。いや、匂いだけでなく、ジュージューとした音だけでも美味しそう。
敦が活躍し、キムチチャーハンが完成した。敦は盛り付けもこだわり、丸く見えるようにしていた。腐っても芸能人だったのだろうか。見栄えのこだわりは、職人のよう。少なくとも葵は家庭料理でそこまで見栄えに拘らない。
最後の葵は食卓にキムチチャーハンを並べた。米もホットに色づき、見るからにパラパラ。湯気と共にキムチの匂いも広がり、もう食卓だけでも、あったまってる。ここがコンサート会場だとしたら、ファンの黄色い声で溢れている感じだ。
さて、この実験はどうだろうか。ジャンルとしては中華と韓国の折衷型。辛さは中レベル。昨日の甘口カレーよりは絶対辛い。その前の旨辛ペペロンチーノよりも辛いはず。コンビニのホットチキンよりは甘辛いだろう。
「あっくん、ありがとう。おいしそう。いただきます」
「お、おお。いただきます」
手を合わせ二人で食べ始めた。当初の予想通りの辛さレベルだったが、卵やコチュジャンの味も効いている為、喉越しはマイルドだ。それに米もパラパラとしている。中華鍋の本格チャーハンと比べたらしっとり系だが、家庭で作ったと思えば合格点だ。
それに敦の苦労した過去も思う。かつては動画サイトの企画で全く料理ができなかった。それを思うと、味以上の何かを感じる。そうか、このキムチチャーハンは苦労の味なのかもしれない。
「おいしいじゃん。あっくん、すごい」
食べながら汗も出てきた。口の中もホットとなり、自然と敦への褒め言葉が出てしまう。
「いや、そんな褒められたもんじゃない」
敦も汗を流しながら照れていた。
キムチは苦手らしいのに、このチャーハンはガツガツとスプーンを動かしている。いい食べっぷりではないか。自ら料理したものは、特別に美味しく感じるのかもしれない。
「美味しいね」
その上、誰かと食事するのも久々だ。そんな言葉を発するのも久しぶり。確かに自炊キャンセル中の身分では、決して出てこない台詞だろう。
「うん。誰かと一緒に食べたら、嫌いなキムチも美味しいかも」
敦も同じ気持ちだったらしい。こんな風に誰かと食事をするのは久々だと言い、最後の一口を平らげた。
葵もほぼ同時にフィニッシュ。食卓の上にはカラの皿が二つあるだけだ。
「美味しかった」
「あっくん、そうだね。満腹!」
お腹もいっぱいになり、ついつい二人で笑ってしまった。
急に違和感が襲う。このキムチチャーハンは辛かった。確かに激辛とは言えないが、甘口カレーや旨辛ペペロンチーノよりは辛いはず。
なのに目の前にいる敦はホットガイ化していない。おいつものように穏やかに笑っているだけだ。
「ちょと、待って。あっくん、今、ホットガイ化してなくない?」
「あ! そういえば! なんでホットガイ化していないんだ?」
敦が一番驚いていた。手鏡も持ってきて、本当にホットガイ化していないか何度も確認しているぐらいだった。
「え、何で? キムチチャーハンだけ特別? 中華と韓国の折衷料理だから?」
葵は叫ぶがわからない。なぜキムチチャーハンだけホットガイ化がないの?
「わからないけど、こんなことは初めてだ。もしかしたら、呪いが解ける?」
いつになく敦の声は弾んでいた。このアパートにきてから一番テンションが高くなっている。
「でも、どうして?」
理由はわからないが、実験は成功しているのかもしれない。葵も手ごたえを感じていた。




