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激辛グルメ初恋物語〜拾った推しは激辛グルメでホットガイ!〜  作者: 地野千塩


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第5話 朝ごはんと呪いを解く決意

 翌朝、早く起きてしまった。まだ外は薄暗い。


 葵が寝ていたロフトから下を覗くと、ソファで敦が眠っていた。


 慣れない。勢いで敦を拾い、激辛グルメの呪いに巻き込まれているわけだが、朝のこの瞬間は、全く慣れない。


 とはいえ、今日も副業がある。葵は起き上がると、洗面所で身支度を整える。洗面所は敦の使っている歯ブラシや髭剃りも置いてある。これも慣れない。男と一緒に暮らしているのを自覚させられてしまったが、問題は激辛グルメの呪いだ。そう、これさえ解ければ全部解決じゃないか。


 昨日の甘口カレーではホットガイ化もマイルドだった。この調子で実験を続けていたら、何かわかるかもしれない。


「よし!」


 顔を洗い、気合いを入れた葵は、食卓にノートパソコンを持ち込み、バリバリと副業をこなす。学業のからわら、平均月二十万円以上は稼いでいたが、この調子ならもっと稼げそうだ。敦一人を養うぐらいのは余裕だ。もっとも奨学金もあるし、ずっと安泰とも言えないが、とりあえずお金の心配は無さそうだ。


 副業に熱中していた葵は、朝食も適当だった。食パンを焼いたら、片手で食べ、あっとう間に終わらせた。


 実家では毎朝、ちゃんと家族で食事をしていた。朝だけでなく、夜もそう。数年前の疫病騒ぎの後、父も兄も母も在宅ワークになってしまった事もあり、毎日家族と食事をしていた事を思いだす。


 別にホームシックなどはないが、副業をしながら適当な朝食をとっていたら、これでいいものかわからない。自炊もキャンセルしていたし、この女子力ゼロの生活は、敦に見られても恥ずかしくないものかわからなくなってきた。


「おはよう」


 気づくと敦が起きてきた。寝起きのゆるい格好とはいえ、顔は整っている。かつて、推していた時は、敦のビジュアルを眺めながら「天使……」と呟いていたわけだが、朝からだいぶ刺激が強い。


「お、おはよう」

「お腹減ったなな」


 ちょっと甘えるような上目遣い。困った。辞めて欲しい。おそらくアイドルを干された後、日雇いの生活をしながら、自分のビジュアルを武器になんとか生活していたのだろうが、そう簡単に甘えさせるわけには行かない。葵とてそんなにチョロくはないはずだ。


「ご飯は冷蔵庫の中にあるもので適当にやってね」

「そっかー」

「今は激辛グルメは食べないで」

「何で?」

「この呪いがどういう法則で動いているか、ちゃんと実験したいからね。とりあえず、今日の夜にまた実験してみましょう」


 そう言っただけなのに、なぜか敦は目を丸くしていた。


「な、何?」

「いや、諦めていたから。呪いを解くなんていう発想すらなかった」

「嘘?」


 しばらく二人とも無言だった。窓の外の蝉の鳴き声がよく響く。


 敦は冷蔵庫のヨーグルトを持ってきてもくもくと食べている。気まずい。どう会話していいかもわからないが、ヨーグルトを完食した敦は、事情を話していた。


 激辛魔王に呪いをかけられた後、敦の家族は精神病院などにも相談したが、何の成果もなく、カルト宗教、スピリチュアル、陰謀論、都市伝説にもコミットしてしまい、一家離散となった。


「うそ」


 声も出ない。確かアイドル時代のプロフィールでは会社社長のお父さん、専業主婦のお母さんとの幸せ三人暮らしと聞いていた。


「うん、あのプロフィールは事務所が作った嘘だよ。年齢も六か月ほど鯖読みしている。出身地も東京ではなく、千葉県の船橋だよ」

「そんな……」


 夢が壊れた。そんな裏側は知りたくもなかったが、おかげで激辛魔王の呪いを解く気力が無くなったらしい。この呪いを受け入れて付き合っていく方向に動き、芸能活動でも理解してくれるマネージャーやスタッフもいたというが。


「でもホットガイ化した僕に、みんな本性出すよ。離れていく人も多かった。もちろん友達や恋人もできなかった。あの炎上の後ももっとそうだ」


 淡々と語る敦に何も言えない。ずっと敦に裏切られたと思っていたが、逆だ。裏切っていたのはファンの方だった。炎上し、叩かれ、人気が落ちた時こそ、応援しないでどうするんだ。それなのに、葵は被害者ポジションを選んでしまった。


 心に棘が刺さったみたい。チクチクする。過去の過ちを実感してしまったから。こうして敦に出会えたことも意味があるのかもしれない。神様が出会わせてくれたのだろうか。


 急に熱い思いが芽生えてきた。コスパやタイパばかり考えていたのに、今はそれを一旦辞めてもいいはず。心の棘は全部抜く。同時に心が熱くなってきた。


「やっぱり、呪いを解こうよ!」

「今更、嫌だよ。もうこの呪いのせいで疲れた。どうでもいい」


 敦は呪いで捻くれてしまったようだが、葵は無視した。


「でも、やってみないとわからないじゃん? とりあえず、この呪いがどんな法則で動いているのか、実験してみる価値はない?」

「無駄だって」


 弱々しい声を上げる敦にイライラとしてきた。その姿は動画を早送りで見ていた自分と重なった。敦の気持ちもわかるが。


「無駄じゃない! とりあえずやってみよう」

「えー、葵さん、なんかキャラ変わっていない?」

「そんな事ないよ!」


 大きな声が出てしまった。夏だからだろうか。それともこんな敦を見ていたら、逆に火がついてしまったのだろうか。心はどんどんホットになっていく。


「解こうよ、呪いを。絶対、抜け道があるはずだよ!」


 なぜか敦はクスクスと笑っていた。


「いいね、葵さん。そういう前向きなところ、いいと思う」


 褒められた。顔もかっと熱くなったが、夏の暑さのせいではないはず。


「うん、わからないけど、呪いが解けるように、僕もできることはしたいと思った」


 葵と敦の意見は一致した。


「ありがとう、葵さん。今まで諦めていたけど、ちょっと前向きになってきた」


 その声は優しげで、さらに葵の頬は熱くなってしまったが、二人とも朝から暑苦しい会話をし、すっかりお腹が空いてしまった。


 二人で朝ごはんをやり直すことにした。パンを焼き、ヨーグルトを一緒に食べた。


 葵にとって、久々に誰かと一緒の朝ごはんだった。トースターのヨーグルトという雑な朝食だったが、敦と食卓に座っているだけで、心がソワソワして落ち着かない。


 ドキドキとも少し違うような感情だった。その感情は何であるのか。今の葵にはよくわからない。


 今はもう動画を早送りで見るつもりは無い。冷笑も辞めよう。コスパもタイパも一旦、忘れよう。

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