第4話 箸休めの甘口カレー
敦を拾ってから二日がたった。意外と敦は几帳面で礼儀正しく、綺麗に家も使ってくれていた。掃除も敦が担当し、むしろ部屋はいつも以上に片付いてしまう。
それにホットガイ化時と違い、紳士だ。平成風の言葉でいえば、草食男子だ。同じ家に住みながらも、葵にいやらしい事は一切しない。テレビでダンス動画や古い映画を視聴し、熱心に研究している時間が多い。その上、普段の敦はラフな格好で髪もボサボサだ。アイドルの時と比べたらユル過ぎて、葵もときめかないのが本音だった。まさに捨て犬を拾ったような感じ。かつての推しを拾った感覚は薄め。
そんな葵も夏休みとはいえ、副業のSNS代行運営、英語翻訳、オンライン秘書の仕事に忙しく、すれ違いと言ってもいい状態だった。従兄弟が経営しているラーメン屋でバイト予定もあり、休みはわずか。
「あぁ、でもどうしよー」
コアワーキングスペースで副業を終え、カフェで一休みしていると、ため息が漏れた。
今のところ、激辛グルメを与えなければ、敦のホットガイ化は回避できる。最初は激辛グルメだけ排除したら万時オッケーだろうと楽観的だったが、事情はそう簡単ではない。
激辛魔王の呪いはホットガイ化だけでなく、定期的に激辛グルメを食べないと、のどの渇き、鬱、頭痛などが起きるらしい。頻度としては三日に一回ぐらい激辛グルメを食べないと身体が変になるとのこと。
その事情を聞き、なぜ出会った時、ホットチキンを貪っていたのか理解できたが、このままでは葵も困る。ずっと一緒に暮らすわけにもいかない。やはり呪いを解くしかないが、一体どうしたらいいのか?
葵はカフェのアイスコーヒーを啜りながら、色々と検索してみたが、呪いを解く方法など書いていない。陰謀論、都市伝説、スピリチュアル系のサイトばかりぶつかり、ろくな情報を得られない。中には霊媒師が何百万円のお祓いをしている情報があり、どう見ても詐欺だった。
副業をするよりも熱心に情報を探し続けたが、答えはなさそう。匿名掲示板も見ていくが、エロ広告や誹謗中傷も多く、げんなりとしてしまった。
「あれ、葵じゃん。何しているの?」
そこに同じ大学の友達・佐々木智美に声をかけられた。
智美も遊びより副業大好きなので、気が合う。今も副業の情報交換しながら、盛り上がるものの、ため息が出てしまった。もちろん、原因は敦だ。
「あれ、葵。どうしたの?」
智美は葵の目を覗きこんできた。
こんな事を智美に話していいか悩むものだが、一人で抱えきれない。詳細はぼやかしつつも、智美に相談してしまった。ちょうどカフェの客も途切れ、周囲に人がいない。おかげでペラペラと口が動いてしまった。
「え、その話、何? 異世界転生ファンタジー?」
智美の戸惑いももっともだ。激辛グルメを食べた後にホットガイ化するなんて、あまりにも非科学的すぎる。荒唐無稽だ。智美もよく笑わないでこんな話を聞けるものだ。
「そっか。なるほど。でもうちの田舎でも、天狗に神隠しされた話もある。神隠しされて帰ってきた少年が、異能を持ってたらしい」
確かに日本古来の神隠しはあるかもしれないが、インド風異世界に神隠しされ、あろう事か激辛グルメでホットガイ化するとは?
「でも、葵。呪いとはいえ、推しがホットガイ化するとか、美味しいよ。何そのシチュエーション!」
「いやいや、笑わないで。私は本気で困ってるんだけど」
「いやぁ、美味しいよ。それは。ファン限定でホットガイイベントやったら、別に良くない?」
荒唐無稽な話を信じてくれたのはいいが、笑いのネタにされてる。他人事だと思い、笑いを噛み殺している模様。口元が引き攣り、ひくひくしていた。
「もー、他人事だと思って。これ、どうしたらいいの?」
思わず涙目で文句を言い、アイスコーヒーをがぶ飲みした。普段はお酒を飲まないが、酔いたいぐらい。コーヒーでは全く酔えやしないけど。
「だったらさー、呪いを解くしかないんじゃない?」
「どうやって? なんかスピリチュアルとか都市伝説系には頼りたくないんだけど」
「そうねぇ……」
こんな荒唐無稽な話だったが、智美も根からの悪人ではない。一緒にどうしたらいいか考えてくれた。
「そういえば魔術とか呪いって一定の法則があるって聞いた事がある」
物知りな智美は、何か閃いたらしい。
「とりあえず実験してみたら? 法則を見つけるんだよ。同じ激辛グルメでも、その後のホットガイ化に差があったりするんでは?」
「確かに……」
そういえば旨辛ペペロンチーノの時は、ホットガイ化は短時間だった。一方、ホットチキンの時は長めで、セクハラも濃厚だった。これは何か法則があるかもしれない。呪いを解く何かヒントがあるかも?
「わかった。色んな激辛グルメで試してみる!」
「おー、葵。がんばれ!」
智美に送りだされ、カフェからスーパーに向かう。とりあえず目にした激辛グルメを購入し、アパートに帰った。
敦はテレビに齧り付き、ダンスの研究をしている模様だったが、もう夕飯時だ。これは実験のしがいがある。
かといってキムチや激辛豚骨ラーメンで実験するのも怖い。一番マイルドな甘口カレーのレトルトを作り、実験する事にした。
「あっくん、今日は甘口カレーだよ」
皿に盛り、食卓に甘口カレーを差し出す。見た目もマイルドだ。具材はコーンも多い。匂いも甘い。さて、どうだろう?
お腹が減っているのか、敦は甘口カレーももくもくと食べていた。
「甘くて、うまい」
そんな言葉も飛び出るほどだったが、普通に完食。しばらく観察していたが、ホットガイ化はしていない。
「こ、子猫ちゃん、甘口カレーありがとう!」
まあ、少しだけホットガイ化の片鱗は見せたが、このマイルドさは許容範囲だ。言葉だけだし、全然アリだ。
「でも何か、拍子抜け?」
その後、葵は皿を洗いながら、微妙な違和感を覚えていた。ホットガイ化に感化されてきたのかは不明だが、大きな一歩だ。この調子で実験を続けたら、呪いは解ける?




