第20話 かぐや姫とグリーンカレー
この夏も終わった。嵐のように一瞬に過ぎ去った。風も徐々に涼しくなり、街路樹の葉も黄色や赤に変化していた。
葵は相変わらず副業をしつつも、大学に戻った。もう就職も考えないといけない時期だ。遊んでもいられない。
といってもバイトは続けていた。良作にいちゃんのラーメン屋はもちろん、サンジーのインドカレーでも接客や会計、お皿洗いなどをしていた。
「葵ちゃん。あのホットガイのお兄さん、どこいったのよ?」
インドカレーで接客中、ランチタイムの客に声をかけられた。夕子という常連さんで、近所に住む未亡人だ。敦のこともとりわけ贔屓していた。見た目は上品だったが、毎回敦のホットガイ化には黄色い声をあげていたぐらい。
「あっくんなら辞めました。本業に戻ったみたいです」
「そうなのー? 寂しいわね。あの可愛い子猫ちゃんっていうホットガイ化が見られないなんて。普段は優等生っぽいのにギャップできゅんきゅんしちゃったわ」
「いや、ホットガイ化ですよ!? いいんですか?」
「いいじゃない。面白いイケメンがいなくなって花が枯れたような気分」
葵も同意だったが、今はバイト中だ。仕事中だ。奈々子とずっと立ち話をする訳にはいかず、厨房に戻り、皿洗いに戻ったが、葵の表情はパッとしない。
「葵さん、大丈夫? なんか暗いね?」
そうサンジーに指摘される程だった。
あの後、敦は何事もなく芸能界にも復帰した。最初はファン向けぼ動画チャンネルでの復帰だったが、とあるダンス動画が話題を呼び、メディアでも取り上げられた。
一度落ちぶれたものの、ダンスをしている敦は水を得た魚のよう。目も輝き、キラキラの笑顔を振り撒き、ファンの声援も受けていた。
推し仲間だった菜々緒は敦の復帰を喜んでいた。葵も表面的には喜んでるいたが、どうにも笑顔になれない。
季節は変わってういのに、敦のいない日常にどうしても慣れない。アパートの洗面所にある敦のカミソリや歯ブラシも捨てずに置いてあった。パジャマやタイルもそのまま。ひょっこり帰ってきそうで。ホットチキンを食べて「可愛い子猫ちゃん」とキザなセリフを語る敦が忘れられない。あんな妙なホットガイ化だったのに、それすらも恋しいと思ってしまうぐらい。
「はぁ……」
結局、ため息をつきながら、バイトを終え、アパートへ帰る。
「ただいま」
返事はない。しんとしたままだ。急いで部屋の明かりもつけたが、当然のように敦の姿はない。
「そっか。そうだよね」
もう夕方から夜に変わっていた。窓の外を見上げると、秋の月が見えた。
満月から少し欠けた月だったが、ウサギの姿は見えない。当然かぐや姫も見えないが、葵は頷いていた。
「そっかぁ。あっくんもかぐや姫みたいに月に帰ったんだね」
そう思うしかない。これが敦にとって一番だ。結局、呪いは解けなかったが、事務所には敦の理解者もいるはずだ。今更、葵の出る幕はないはずだ。
そう思うと、気が抜けてお腹も減ってきた。敦との実験用に買ったレトルトがあったはず。キッチンの棚を漁ると、レトルトのグリーンカレーがあった。タイ製造の本格グリーンカレーらしい。
「そういえばタイカレーでは実験しなかったな」
そんなことまで思い出しつつ、グリーンカレーを温めて食べた。ご飯もレトルトで手抜きだったが、相変わらず自炊キャンセルしていた。敦がいなくなった今は、余計に料理などしたくない。
「いただきます」
グリーンカレーがインドカレーと違い、爽やかな風味がある。おそらくレモングラスの香りが効いているからだろう。青唐辛子の味もどこか爽やかで、葵の頭もスッキリとしてきた。
「そうだな。あっくんは月に帰っただけ。昔みたいに推しとして応援しよう」
何かが吹っ切れた気がした。今だったら敦への恋心も断ち切れるかもしれない。
その時、ふと、最近の敦の動画が気になり、見に行った。動画サイトのアプリを開くと、新着動画一覧の中に、敦のもあった。
グリーンカレーの匂いが漂う食卓で、その動画の再生ボタンをタップする。
「え、何この動画……?」
動画の内容は、葵の予想を遥かに超えるものだった。
「うそ。あっくん、どういうことなの……?」
戸惑いの中、窓の外の月だけが輝いていた。




