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激辛グルメ初恋物語〜拾った推しは激辛グルメでホットガイ!〜  作者: 地野千塩


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第17話 因縁の純印度カレー

 葵と敦は雪絵のインドカレー屋にいた。飲食店街の地下にあるせいか、サンジーのカレー屋よりもスパイスの匂いが濃厚だ。


 それに照明も薄暗く、落ち着いてはいるが、怪しい雰囲気は否めない。ゾウの置物やヨガポーズの人形なども目立ち、異国情緒も漂い、敦は緊張していた。頬のあたりが引き攣ってる。因縁のインドカレー屋にいるのだ。リラックスしている方がおかしいだろう。


 店の扉には「準備中」の看板も出ていたので、他に客はいない。テーブル席も多くなく、小さなインドカレー屋だ。雪絵一人で経営している。これ以上の規模は不可能だ。


 葵が事前に調べたところ、前のオーナーは敦の炎上騒ぎの後、誹謗中傷が相次ぎ、インドへ帰国してしまったらしい。残された雪絵は単身インドで修行した後、リオープンした。つい三ヶ月ほど前のことだったが、日本人の好みに合わせてスパイスが調合された純印度式カレーが一番人気らしい。今日も二人ともそれを注文していた。


「あっくん、マネジャーの葵さん、カレーできたわ。召し上がれ」


 厨房にいた雪絵がカレーと共に現れた。相変わらず、葵のことはマネジャーと誤解しているようだが、思い込みの激しい雪絵と対話するのも面倒になった。


 それにこの純印度式カレーも魅力的だ。銀色のカレーポットによそられていた。もうそれだけでワクワクしてしまう。激辛グルメが好きな敦は子供みたいにソワソワしている。「早く食べたい」と目で訴えていた。


 今までの経験上、手料理の時、ありがとうという言葉がある時はホットガイ化しない。レトルトやコンビニ食などはホットガイ化してしまう。


 一方、サンジーのインドカレーのように本格的に美味しい激辛グルメでもホットガイ化してしまう。良作にいちゃんの本格唐辛子スパイスでもホットガイ化していた。


 呪いを解く鍵は愛か?


 そんな法則は見つけていたが、この純印度式カレーはどう見ても本格派だ。ホットガイ化する可能性は高い。その事を考えると、敦はスプーンを動かせないようだった。


「大丈夫よ。あっくん。私はイケメン無罪だと思うわ。ホットガイ化を気にせず食べて。このカレーは私が研究に研究を重ねて開発したの。みて、この明るい色を。大きめなジャガイモや鶏肉も楽しんで」


 雪絵はつかさず敦の耳元で囁いていた。色っぽい声だ。葵は文句が出そうになったが、確かにこのカレーには逆らえない。二人ともうっかりスプーンを動かしていた。


 カレーはサラサラ系だ。意外にも辛過ぎない。鶏肉やジャガイモもゴロゴロとし、米とあう。米は日本米だった。このサラサラ系ともっちりした日本米がよく合う。


「美味しい」


 悔しいが、葵は素直に認めた。単なるインドカレーではなく、日本人の舌に合わせた試行錯誤の過程が伝わってくる。雪絵のカレーへの情熱は相当なものだ。あまり辛くないカレーなのに、その情熱に火傷しそう。降参だった。少なくともカレーについては雪絵に勝てる部分は何もない。


「お、これは……」


 敦も目がキラキラとし、夢中でカレーを食べていた。途中で粉チーズをトッピングしていたが、これもよく合う。


「これはうまい!」


 敦が子供のように叫んだ時だった。かっと目燃え、なぜかシャツの胸元がはだけ、雪絵の側に向かった。


 案の定、敦はホットガイ化してしまう。葵は頭を抱えそうになるが、ホットガイ化は止まらなかった。


「オイシカッタデス、子猫チャン」

「なんでカタコトの日本語になってるの!?」


 葵のツッコミは無視され、雪絵はキャーキャー騒いでいた。


「もっと! もっと! もっと熱く! ホットガイに!」

「ワカリマシタ、雪絵さん」

「なんで日本語がカタコト!? 変な韓国語よりマシだけど! そこはヒンディー語で良くない!?」


 葵が鋭くツッコミを入れた時、ようやくこの茶番劇が終わった。


 敦は顔を青くしその場にしゃがみ込み、うめいていた。葵も全く同じ気持ちだ。こんなホットガイ化の後、まともな精神ではいられない。


 一方、雪絵は鼻の穴をふくらませ、まだ興奮状態だ。


「楽しかったわ! もうあっくんの呪いなんて解けなくていいわ。ずっとこのままでいいから」


 しかし、その言葉に敦は一ミリも同意しなかった。黙り込み、目線も動かない。さすがの雪絵も失言だったと悟ったらしい。


「ごめんなさい。調子に乗ってた」


 シュンと謝っている姿は憎めない。色々とおかしな人ではあるが、根は悪くはないのだろう。


「いや、こちらこそごめんなさい。呪いとはいえ、誤解させるようなホットガイ化はよくなかった。申し訳ない」


 紳士的に謝る姿は王子様そのものだ。今度は葵の方が顔がポッとなってしまうが、雪絵の表情は複雑だった。


「そうよね。相手の立場も考えずに、呪いを望んでいたなんて、最低だったかも。私、あっくんを好きでいる権利なんてなかったね」


 素直に自分の過ちを認めている雪絵。その姿は大人の女性そのものだ。葵には決してないもので、思わず息をのんでしまった。


「いや、悪いのはこっちですし。でも」


 ここで敦は言葉を切った。少し言いにくそうだが、続ける。


「この葵さんは僕の呪いを解けるように色々と協力してくれた。葵さんといると、呪いを解こうって前向きになれた。もちろん、呪いを受け入れる覚悟は出来れてるけど……」


 なぜか敦の頰は少し赤くなっていた。おそらく夏だからだろうが、雪絵は深く頷いていた。


「いいマネジャーさんなのね」


 もっとも、ずっと葵のことはマネジャーだと誤解していたが、雪絵は吹っ切れたように笑っていた。


「まあ、私にはカレーがあるからいい」


 雪絵は呪いを解くために協力してくれるという。インドにいる元オーナーに連絡をとるという。何か手がかりが掴めるかもしれないと、葵にも笑顔を見せてきた。


「あ、ありがとう。雪絵さん」


 思わず大声でお礼を言ってしまう。敦も深々と頭をさげ、何度もお礼を言うぐらいだった。


 これで大きく前進したらしい。雪絵は敵にしたら面倒だが、味方にしたら心強いだろう。


「マネジャーさん、頑張ってあっくんの呪いを解いてね」


 相変わらず葵のことは誤解していたが、それでもいいだろう。


「ええ、雪絵さん、ありがとう」


 もう一度お礼を言い、葵たちはインドカレー屋を後にした。因縁の場所だったが、店を出た頃は敦も笑顔だった。悪い思い出も上書きできたらしい。

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