第15話 ダンスと呪いの覚悟
「あの人、あの炎上した元アイドルじゃない?」
「なんだっけ? 黒瀬?」
「そうそう黒瀬敦!」
「女にセクハラして炎上とか草生える」
「っていうかなんで田舎のダンスコンテストに出てるの?」
「いやー、芸能人って怖いね。一度落ちぶれたら、こんな場所で踊るわけ?」
葵とサンジー以外の観客は敦の正体に気づいたらしい。中には勝手に動画撮影も初めている者もいたが、多くは嘲笑だった。敦は落ちぶれたらアイドルとし、指をさされ、笑い者になっていた。
そんな状態でステージ上にいる敦。観客からゴミも投げつけられ、前方の客はブーイングまでしている。
「帰れ! 炎上アイドルは帰れ!」
そんな声まで響いていたが、葵もサンジーも無視した。ブーイングに負けないぐらいの大声を出す。
「あっくんのダンスは一番だよ! 頑張って!」
「そうだよ! 僕のインドカレー屋でも王子様みたいに輝いている!」
二人の声の後、固まっていた敦の表情がガラッと変わり、最初のポーズをとった。まるでスイッチが入ったみたいだ。同時に音楽も流れ、いよいよ敦のパフォーマンスが始まった!
敦は曲に合わせ、キラキラの笑顔で歌い、ブーイングの客たちにも、一切反撃はしなかった。
歌って踊っていただけだったが、敦のいるステージは場を制するような華があった。それは圧倒的だった。確かに他のダンスグループに比べ、技術的に拙い部分もあったが、敦の華にブーイング客も嘲笑していた客も黙り込んでしまった。
「みんな、一緒に歌おう! 今日は終戦記念日でもあります。世界の平和を願って歌おう!」
曲の中盤になる頃には、敦の呼びかけと共に客たちも一緒に歌うぐらいだった。
最初の方は人の悪意もあったのに、敦の圧倒的な空気を塗り替えてしまった。
葵もサンジーも笑顔で歌う。隣の客も歌い始め、曲が終わるころには、客達は全員笑顔だった。
「さすが元アイドルじゃん」
「腐っても華があるね」
「なんでこんな田舎にいるの?」
「もったいない。ちゃんと芸能人やっていればいいのに」
「どうにか芸能界に復帰できないの?」
敦のステージが終わったころには、その評価は全く別のものに変わっていた。このステージは間違いなく成功だが、動画配信も勝手にされていたらしい。ネットでも話題になってしまったようで、敦の元ファンも押しかけてしまった為、会場は大混乱だった。
「あっくん! 逃げよ、ここにいたら危険かも!」
「そうだよ、とりあえず、僕の車に乗って!」
葵とサンジーはステージ裏に行くと、敦を発見。当人は冷静だったが、このままでは身の危険がある。急いで敦をサンジーの車に移動させ逃げることにした。
せっかくのダンスステージだったが、これで余韻は台無しだ。サンジーの車の助手席にいる敦の表情は複雑。下唇を噛み、消化不良という感じだ。
後ろの席にいる葵はSNSをチェック。かつてのアイドルが田舎のダンスコンテストに出場した話題は上昇していた。ダンスステージの動画も何本か上がっていたが、悪口や誹謗中傷もなく、むしろ敦を見直し、応援するコメントが目立っていた。どうやら悪い意味での炎上はしていなそうだが、この様子だと、外出を控えた方は良さそうだ。
サンジーの車は一旦、彼のインドカレー屋の駐車場についた。
「もうあんまりガソリンないし、とりあえずうちの店行こう!」
誰もサンジーの提案には逆らえず、結局、インドカレー屋に舞い戻った。
この騒ぎで敦もサンジーも疲れきっていた。客席でぐったりと座り、二人ともしばらく動けないようだった。
「まあ、ここだったら、元ファンや野次馬が来る事はなさそうだけど」
一方、葵はほっとしつつ、厨房でグラスに水をくみ、二人に渡した。
「ふぅ、生き返った」
水を飲んで敦もほっとしている様子だった。その表情は晴れやかだ。まるでサウナから出てきたかのような顔だ。
「おぉ、あっくん、顔がさっぱりしているね」
サンジーもそれに気づき、水を飲みながら、指摘していた。
「今日のステージは、自分でもうまくいったと思う。というか、お客さんの笑顔を見られただけで十分だ」
くったくなく笑う敦は、もう何の未練もなさそうだった。月に帰れなくなったかぐや姫でも、地上でも幸せになれるって言いたいような?
「もう、呪いとかどうでもいいかな。吹っ切れた。僕はダンスができたら、何でもいい。呪いも受け入れる覚悟ができたよ」
「おお、あっくん。いい男だねぇ。もう半分以上、呪いは解けているんじゃないか?」
サンジーと一緒に笑っている敦だが、葵は何も言えない。黙り込んでしまう。
確かにもう敦は呪いを受け入れている。覚悟も固まっていたが、「本当にそれでいい?」と問いかけそうになっていた。呪いを解いて、かぐや姫のように元いた場所に帰りたくないの……?
ふと、窓の外を見た。今日の夜空は月も星も何も見えない。その代わり、お祭り会場の方から花火が打ち上がっているのが見える。ざわざわと音も響き、お祭りの余韻は続いていた。
「葵さん、どうしたの?」
「い、いえ……」
その様子に敦が何か察した時だった。インドカレー屋に誰かが入ってきた。細身の女性だった。年齢は二十五歳ぐらい。黒髪ロングが印象的で、スタイルもいい。美人だった。どこかで見たことあるような美人だったが、思い出せない。
一方、敦は美人を見てハッとしていた。気まずい表情だ。美人に会えて喜んでいるようには見えない。この美人は、敦と知り合いだろうか。
「お客さん、今日は営業していませんよ」
美人はサンジーの言葉も無視し、ずんずんとインドカレー屋に侵入し、敦に近づいて笑った。その笑顔には自信が溢れ、実に堂々としたものだった。
「あっくん、お久しぶりね。会いたかったわ。ネットの騒ぎを見て、いてもたってもいられなかった」
美人は声も綺麗なのに、敦は下を向き、黙り込んでしまった。
「忘れたの? あっくん。私よ、私。白石雪絵よ。あの炎上したインドカレー屋の時の店員よ」
美人、いや、白石雪絵はニッコリと口角を上げていた。
「あんなに求愛してくれたんですもの。あっくんも私のことが好きなんでしょう? ね?」




