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激辛グルメ初恋物語〜拾った推しは激辛グルメでホットガイ!〜  作者: 地野千塩


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第12話 情熱と麻婆豆腐

 敦はサンジーの店で働き始めた。仕事内容は仕込み、盛り付け、接客、片付け、皿洗い、会計、掃除と多岐に渡るらしく、帰ってくるのも夜遅かったが、毎日楽しそうだった。


「インドカレー屋の店員は、僕の天職かもしれない」


 敦はそう語るほどだ。いつになく目がキラキラとし、スキップしながら仕事に行く程だった。


 確かにサンジーの根はいい人だし、激辛料理が好きな敦にとっては天国のような職場だろうが、怪しい。一回、偵察に行く事にした。


 副業もサクサクと終え、夕方に行くと、サラリーマン、主婦、女子高生、OL風の客で混み合っていた。サンジーは厨房で仕事中で、敦も忙しそうに接客していた。


「葵さん、いらっしゃい!」


 もっとも、忙しそうなので最初の挨拶と注文時ぐらしか敦と会話できなかったが、今日はキーマカレーを注文してみた。


 チキンマサラも美味しかったが、キーマカレーもコクあり美味しい。パリパリのナンとの相性もよく、あっという間に完食していたが、夜営業が始まると、なぜか敦のホットガイパフォーマンスの時間まであった。


 唖然とした。ホットガイ化した敦に、女性客はキャーキャー騒ぎ、男性客も手を叩いて大ウケ。元々常連客が多いインドカレー屋だったが、どういう事だろう。厨房へ走り、サンジーを捕まえ、事情を聞いた。


 先日、賄いを食べた後うっかりホットガイ化してしまった敦だったが、なぜか常連客には大受けし、夜営業の時はわざわざ敦のパフォーマンスの時間を設けたという。


「これが大ウケよ! お客さんも増えてね」

「いやいや、サンジーはそれでいいの?」


 サンジーに突っ込みを入れる気力も失う。どこからどう突っ込んでいいのか謎だったが、サンジーによると、このお陰で敦の自己肯定感もアップし、毎日笑っているという。


「一応、うちの田舎にも呪いについて連絡しているけど、別にもう解決しなくても、いいんじゃないの?」


 そこまで言われ、葵は脱力。サンジーにはあまり期待しない方がいいかもしれない。


 一方、敦は毎日楽しそうで、本人も呪いを解きたいとか、実験したいという発言も消えてしまった。


「それでいいの? 本当に呪いを解かなくていいの?」


 一応、敦に確認を取ったが、答えず、逃げるように仕事に行く日もあった。


 そんなある日。葵は夜中に目覚めてしまった。熱帯夜で寝苦しいせいで起きてしまったが、スマホの時計を見たら、もう夜中の二時だったが、ロフトから下をのぞくと、敦も起きていた。


 しかもテレビでダンス動画を研究中だった。見慣れた光景だったが、その敦の目はどこか寂しそう。まるで月を想って涙を流すかぐや姫みたい。


 そんな敦に何も言えない。本当はアイドルに戻りたいのかもしれない。


 アイドル時代も意識が高かった。炎上以外はスキャンダルも一回もなく、ずっとダンスの練習をしていると語っていた。ダンスで世界中のみんなを笑顔にするエンターティーナーになりたいんだ、と。アイドル時代の敦のインタビューや動画が頭に浮かんでしまう。居た堪れなくなってしまった。


 確かに今はホットガイ化しても受け入れてくれる居場所はある。このアパートやサンジーのインドカレーがそうだ。それでも、この呪いは敦のキャリアを奪った。仕事の情熱も奪った。将来の夢も奪った。家族だって奪ってしまったんだ。そう思うと、葵の顔は固まってしまう。一ミリも笑えなくなってしまった。


「やっぱり、かぐや姫みたいに月に戻りたいのか。あっくん……」


 翌日、葵は副業を終わらせると、スーパーへ行き、激辛食材を探していた。そういえば中華系の激辛グルメは一回も試していない。一回ぐらは試した方がいいと思い、麻婆豆腐の食材を揃えた。


 レジを済ませると、出入り口でチラシも配っているので受け取った。チラシによると、近所の商店街でお祭りがあるらしく、ダンスコンテストも開催されるという。


「もしかしたら、あっくん、興味あるかな?」


 わからないが、チラシはとっておくことにした。


 そして家に帰ると、麻婆豆腐を作ってみた。自炊は久しぶりだ。作り方はネットで調べた。案外簡単にできてしまう。


「あっくんの呪いも簡単に解ければいいんだけどなー」


 そう呟いた時、敦が帰ってきた。今日はインドカレー屋の仕事ではなく、日雇いの警備のバイトだったらしい。敦はこんがりと日焼けし、アイドル時代の面影は薄くなっていたが、麻婆豆腐を二人で食べた。


 普通に激辛だ。花椒などの麻婆豆腐のスパイスは、複雑な辛さがある。インドカレーは陽気な辛さだが、麻婆豆腐はもう少ししっとりとした辛さのイメージで、敦も無言になってしまう。


 また月を眺めるかぐや姫みたいな目をしていた。明るく振る舞ってはいたが、複雑な思いを抱えているのかもしれない。そういえばこの麻婆豆腐も複雑な辛さだ。そんな辛さを包み込む豆腐が優しい。豆腐には包容力があった。


「あっくん、このダンスコンテスト、出てみない?」


 葵は例のチラシを見せてみた。果たしてかぐや姫への慰めになるかは不明だが、月に戻れるチャンスだけは見せたい。


「え、なにこれ」

「あっくん、本当はダンスが大好きでしょ? アイドル時代、ファンはみんな知ってたよ……」


 敦はチラシを凝視しながら無言になってしまった。


「どれほどダンスに情熱をかけていたか、私だって知ってる。ファンだったもの……」


 だからこそ、今の状況が切ない。全部呪いのせいとはいえ、もう一度敦のダンスへの情熱を取り戻す事はできないだろうか。


 敦は無言のまま、麻婆豆腐を完食した。手料理のおかげか、ホットガイ化はしなかったが、敦の目に熱が宿っていることに気づいた。


 チラシを眺めている敦は「どういう振りや音楽にしようか?」と呟いているではないか。


「という事はダンスコンテストに出場するの?」


 思わず葵の声も弾んでしまう。


「うん。チャレンジしてみるよ。葵さん、ありがとう」


 もうかぐや姫のような目を見せていなかった。葵も笑顔になり、残りの麻婆豆腐を完食した。


 ふと、窓の外をみる。今日は月が見ない。熱帯夜になるだろうが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 

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