第1話 はじまりのホットチキン
いつも動画は早送りで見る。その音はネズミの鳴き声みたいだ。もはや雑音と化しているが、見たような気分だけは味わえる。
「ふーん、どうせ、ご都合主義展開でしょ。はいはい」
氷川葵、二十歳。大学生だったが、かなり冷めた性格だった。今日も一人暮らしのアパートで動画を倍速で見ながら、ツッコミを入れていた。
動画は最近、話題になっている恋愛映画だが、中盤以降、偶然が多発し、ご都合主義展開に興醒めだった。
「やっぱり王道展開だし、先も読めるからねー。どこかで見たことある感じ」
動画にツッコミを入れる葵。ポテトチップスもパリパリと食べていたが、その目は限りなく冷めている。
二年前のことだ。葵が高校生の時だった。その時はこんな冷めた性格ではなかった。むしろスイーツ、可愛いキャラクター、ファッションにもキャーキャー騒ぐミーハーな性格だったし、部活や勉強も頑張っていた。
アイドルが好きだった。王子様キャラの黒瀬敦というアイドルの推し活もしていた。せっせとバイトでコンサート代や遠征費を稼ぎ、雑誌や動画に一喜一憂しながら、「あぁ、尊い……」と呟く日々。あの頃は純粋に推しが好きだった。そんな世界がずっと続くと思っていたが、裏切られた。
敦が炎上騒ぎを起こしたのだ。炎上の舞台は食レポで訪れたインドカレー屋だった。店員の女性に壁ドンや頭ポンポンなどをした上、抱きついた。セクハラにしか見えない行為だった。仮にもアイドルがする事ではない。葵たちファンの失望も大きいものだ。熱愛とは全く違う裏切られ方だった。
結果、敦は芸能界から干され、現在どこにいるのかも不明だったが、葵の心に影を落とした。あんなに好きだったのに。王子様ではなく、単なるスケベ男だと思うと、裏切られた気分だ。推し活にかけた時間やお金も返して欲しい。
葵は学んでしまった。どんなに愛しても裏切られる事があるのだと。一生懸命さや努力も無駄になってしまうのだと。
以降、葵は頑張って努力をしたり、真剣に何かを愛したりするのをを辞めた。
全部損得勘定で考える。コスパやタイパを頭の中で計算する。頼れるのはお金だけ。副業を研究し、月二十万円以上を稼ぎ、恋愛映画も早送りで視聴し、冷笑しながらもツッコミをいれる日々。
「あー、つまんない映画だった。二番煎じ過ぎた。ツッコミどころも満載!」
こうして動画も三十分で見終えた。お供にしていたポテトチップスも胃の中に消えたが、どうもお腹が減る。お菓子はやっぱり満足感がない。
時計を見たら夜の九時過ぎだ。深夜でもないし、今の季節は夏だ。今から出かけても問題ないだろう。近所のコンビニでも行って腹ごしらえしよう。
適当なシャツとハーフパンツに着替え、髪もゆるくまとめると、一人暮らしのアパートの外を出た。
駅にも近く、築五年の三階建てのアパートだったが、事故物件の噂もあった。とはいえ、家賃もやすく、諸々の損得勘定をした結果、大学入学後から住んでいる。今のところ、心霊現象もなく、快適な一人暮らしだったが。
「葵ちゃーん! こんばんは!」
アパートの入り口で隣人に会った。隣人はインド人のサンジーだった。日本に二十年以上住んでる謎インド人だ。顔立ちも髭も濃いめ。くるっとした天然パーマがチャームポイントで目立つ。声も高めで、可愛らしい雰囲気もあるキャラだ。仕事では優秀らしく、経営しているインドカレー屋は人気だ。
「どう? 葵ちゃーん、元気ですかー?」
しかし、こんな風に絡まれるのは苦手。敦の一件以来、人懐っこいキャラや陽気なキャラは苦手になってしまった。サンジーは典型的な陽キャといえよう。
「葵ちゃん、うちの店来てよ。絶品の激辛インドカレーをご馳走するよ!」
「ああ、そう」
「なんだよ、葵ちゃんは冷めてるね」
「いいでしょ」
「そっかぁ。まあ、今月は一時帰国するから、アパートの平和を守ってね!」
サンジーの日本語はペラペラだ。メンタルもあんまり日本人と大差ないように見える。本当は礼儀正しい性格である事も知っていた。ゴミも綺麗に出しているし、騒音も絶対たてない。挨拶もこうしてしてくれるが、今はあんまり会話したくない。快適な一人暮らしだったが、この隣人だけはちょっと苦手だったりする。
葵は足早にアパートを後にし、近所のコンビニへ。
温暖化している日本だ。夜なのに、風はむっと熱く、ちょっと歩いただけで汗が滲む。夜空には月が輝き、そこだけは少し涼しげだった。もし、今の時代のかぐや姫がいたら、懐かしくて泣いてしまうかも。
コンビニに入店すると、冷房がきいていた。夏休みのせいか、高校生らしき客も多かったが、とりあえず無糖の炭酸水やおにぎりなどもカゴに入れた。おにぎりは割引きシールがついていた。これはお得だ。料理が苦手で自炊キャンセル中の葵にとっては、コンビニの食べ物は多少割高だが、全体的にタイパはいい。
「ただ今、激辛ホットチキンが揚げたてでーす!」
その時、店員の声が響いた。
「サククサでやみつきになる味です! いかがですかー」
そんな事を言われて誘惑されてしまった。レジ横には真っ赤に燃えるホットチキン。目が合ってしまって離れられない。
値段はお高めだったが、葵だって全部コスパやタイパで割り切っていない。結局、衝動的にホットチキンを購入し、エコバッグに入れてもらった。
「ありがとうございました。またのご来店を」
コンビニを後にし、まっすぐに家に帰るつもりだった。エコバッグからはホットチキンのスパイシーな匂いも漂い、ちょっと恥ずかしい。
しかし、その途中、近所のヤンキーが道を塞いでいた。数人でだらしなく座り、タバコ臭い。
「げー」
嫌なタイプだ。前にも絡まれた。ブスとか言われて不愉快になった。このヤンキーを避ける為、迂回し、公園の中に入る。
夜は人気のない公園だった。近所では幽霊が出るという噂もあった。
「そんなの気にしない。幽霊なんて幻覚だから」
自分に言い聞かせて、ずんずんと公園の中を進んだ時、中央部の噴水の近くで誰か倒れているのに気づく。
「誰?」
スマホのライトをつけて確認したが、驚いた。声も出ない。
「うそ、あ、あっくん……。なぜここに……」
そこにはかつての推しがいた。葵を今の性格にさせた元凶・黒瀬敦が。
思わず当時のニックネームで呼んでしまったが、そこには反応しない。なぜか葵のエコバッグにしがみつき、犬のようにクンクンと鼻をならしていた。
「は?」
かつての推しが倒れていたのも謎だが、これって一体何?




