土地神様の学び日記
「うーん……なんて書いたものか……」
体育祭が終わって一週間が経った土曜日の朝。
社の前で僕が掃除をしている傍ら、土地神様は社の拝殿に腰掛けて悩んでいるご様子だった。
「キリさん、何悩んでるんですか?」
「ああいえ……この前のこと、日記にどう書き残そうかと思ぉてね」
塵取りで葉っぱを集めながら問いかけると、キリさんは手元のノートを見せてきた。
ピンク色の表紙に『日記』と書かれていて、結構新しい物のように見える。何枚かページを捲っている辺り、既に中身は書き進めているみたいだ。
「日記なんてつけてたんですか?」
「うん。て言っても、セキさん達と会ってからじゃけえ本当に最近始めたんじゃけどね」
「家でもBedtime の前に書いてるよネー。なんかマナビがあるとかナントカだっけ?」
キリさんの隣に座るサラが補足するように話す。
僕らと出会ってから、それに学びがあるというと……ああ、なるほど。
「前に僕が言ったこと、覚えてたんですね」
「そうそう。これでもちゃんと人間のこと、学びよるんじゃけえ」
僕の言葉に対して得意気に胸を張るキリさんに少しだけ笑いが零れた。
リンギクさんとニシユキさん達の時の一件で、キリさんが人間への理解が足りていなかったことが露呈した時。僕は『これから学んでいけばいい』と言ったことがあった。
……今になって思うと、神様に対して結構偉そうなこと言ってんな僕。
「あの時は勢い任せに偉そうなこと言ってすみませんでした」
「気にしとらんって。私からすればむしろ、あのくらい言ってくれたのが嬉しかったけえ」
僕が頭を下げると、キリさんはにっこりと微笑んで許してくれた。ううむ、神様らしい慈悲深い笑顔だ。
そんな話をしている横で、事情を知らないサラは小首を傾げている。
「よくわかんネーケド、お許しもらえてヨカッタネ?」
「うん。……で、この前のことって体育祭の日のことですよね? そのままあった事とか書けばいいんじゃないんですか?」
「そうなんじゃけど……ほら、あの時の私ってそんなに役に立たんかったじゃろ? 読み返した時にあんまし思い出したくないけえ、上手いこと和らげた表現で書けんもんかと……」
「どこで見栄張ろうとしてんですか」
自分用の日記なのに微妙に狡いことを考えてらっしゃる。変な俗っぽさも学んでません?
……とはいえ、体育祭の日に起きた件についてキリさん自身が色々と後悔しているのは知っている。ここ数日、『ほとんど何もできなかった』と偶に落ち込んだ様子だったからね。
実際は結界を張ったり、呪いに覆われた死神さんと対峙して僕らを助けてくれたり……最終的に呪いの封印を施したのも彼女なのだから、役に立たなかったなんてことはないと思うんだけどなぁ。
しかしそんなフォローを入れたところでこの頑固神様は納得せず、気にしたまま現在に至る……というわけだ。なんか今は記憶に蓋をするという誤魔化し方に悩んでいるみたいだけど。
以前からそうだが、キリさんは基本的に自分の評価を極端に低く見積もる傾向が強い気がする。
容姿も実力も、もっと胸を張っていいと思うのに……どうしてここまで後ろ向きなんだろう?
「キリチャン、イロイロしてくれたし役立たナイなんてなかったヨ。自身持ちナ!」
「ありがとう。けど実際、私がおらんでも解決できたじゃろうけえねぇ……。マトイが来てから頼りっぱなしで申し訳ないやら情けないやら……」
「そんなことないですって。前も今回もキリさんがいないと解決はできなかったんですから。ほら、誓約とか勝負の内容決めてくれたりとかしてくれましたし」
「そうかねぇ……」
「そうそう。あんま抱え込み過ぎンのもよくねェぞー」
「うーん、マトイも言うんなら……ん? あれ、マトイ!?」
キリさんに励ましの言葉をかけていると、いつの間にかその隣に件のマトイさんが腰掛けていた。
今までいなかったはずなんだけど、どこから現れたんだろう。まあマトイさんだから急に出てきてもおかしくないか。
そんな諦め半分な納得をしたところで、突然生えてきた不審者が言葉を止めて固まっていることに気が付いた。頭の角度的に……キリさんの日記を見つめているんだろうか?
「マトチャン、どーかしたノ?」
「私の日記、なんか変かね?」
「そんなこたァないって。ちょっと知り合いを思い出してただけサね。お気になさらず」
「あ、はい。それで、マトイさんは今日もキリさんの様子見に?」
「や、今回は違う。オレの知り合いからキリに誘いがあったンで、その伝言ってトコサね」
「誘い?」
相変わらず怪しさ満点のくぐもった声に対し、僕らは首を傾げた。
土地神様への依頼なんかだとまた怪異に関わる話だろうか、なんて多少は想像も働くけど……誘いというのはなんだろう。それもマトイさんからではなく、その知り合いからというのも気になる。
そんないくつもの疑問を浮かべていると、マトイさんは続けた。
「ま、嫌なら断ってくれてもいいンだがな──
───キリ、アルバイトって興味ある?」
『…………え?』
突然の提案に、揃って呆けた声が出る。
それからマトイさん以外の三人で顔を合わせ、目を丸くするのだった。
【競技、退治編】 終。
第三幕本編、おしまい。
一応次がおまけ的なお話です。




