25話 土地神様と番外競技 その五
「こっちの方じゃね。ついてきて」
足元から聞こえるキリさんの声に応えるように足を進める。
暗い廊下を歩く中、僕らの目の前には……小さな白い狐が床に鼻を付けながら歩いていた。
「セキさん達には前も言うたけど……絶対、絶対絶対に誰にもこの姿のこと、言わんでよ!? ……特にルリさんとコマチさん!!」
前を行くキリさんはこちらに振り返ると、尻尾をピンと立たせて声を荒げた。……この言葉を聞くのももう何度目になるんだろう。
現在、キリさんは以前神社で見た白い小さな狐の姿になっている。
先程のルリさんとの問答の後、キリさんはマトイさんに言われた死神探索方法を実行することになったのだが……その方法の一つというのが、この子狐の姿になることだったのだ。
どうやらこの姿だと魂の匂いまで判別が可能になるらしく、その特殊な嗅覚によって死神さんの居場所へ向かうといった算段なのだそうだ。本当にイヌ科の動物みたいだな。
ただ、やはりキリさんにとってこの姿になるのは相当恥ずかしい状態らしく、何度もこちらへ振り向いては『人に言うな』といった文言を吐いている……というわけだ。
「何度も言わなくても他言無用は理解している。安心」
「本当じゃろうね? ……はぁ……」
「大丈夫ですか? 本当に嫌なら、さっき言ってた別の方法でも……」
「却下。欠けている状態の魂にさらに負担をかけるのは悪手」
キリさんが言うには、別の方法として神通力で魂の可視化を行うという手段もあるらしい。
死神さんは僕の魂の一部を持っている状態なので、魂が見える状態になれば繋がっている魂の線を辿れるようになる。そうすればおのずと死神さんの元へ辿り着ける、といったやり方なのだそうな。
ただしルリさん曰く、その方法は既に不安定になっている魂にさらに干渉するものだから推奨はできないとのことで、即座に棄却されたわけだ。
「そ、そっちの方法でも魂には何も起こらんもん」
「その言い方だと魂以外にはなんかあるみたいじゃないですか」
「あ、うん。神通力込みで身体を叩くけえ、すごい痛みがくるくらいよ」
「今のやりカタのままでイイネ」
「……」
サラの一言でキリさんは諦めて前に向き直り、探索作業に戻った。なんと哀愁漂う獣の後ろ姿だろうか。
申し訳ないとは思うけど、僕としても痛いのはなるべく避けたい。自分の激痛よりも他神の恥を取ります。
「ソレで……ルリッチャン? さっきからワタシのコト見てるケド、どしたノ?」
引き続きキリさんの後ろを歩いていると、サラがルリさんに向けて疑問を投げかけた。
ふむ。言われてみればたしかに保健室の前から移動してここまでの間、ルリさんはサラの顔を見つめていることが多かった気がする。
「少し、気になることがある」
「ナンデショ?」
「そちらの彼の魂が欠けていることについては、事前にそこの土地神と布の方から聞き及んでいる。けれど──
──貴女の魂も欠けているように見えるのは、何故?」
ルリさんが発した言葉が廊下に反響する。途端、サラの足が止まった。
同様に着物の付喪神も足を止めると、さらに続けた。
「以前、コマチが彼女の魂に干渉した時や憑りついた時も違和感があった。今こうして、あらためて見れば分かる。そこの人間だけではなく、彼女も欠けている。何故?」
視線を外さず、平坦な声で疑問を口にするルリさん。それに対してサラも目を見据えたまま、考えるような素振りを見せた。
いや、考えるというより……少し苦しそうな表情にも見える。
どうにか僕が助け舟を出そうと口を開きかけたところで──
「え? そりゃサラちゃんの魂の一部も取られとるけえじゃけど」
──前を行くキリさんが先に答えた。
当然のことだと言わんばかりの口調で。
「それは、例の死神に、ということ?」
「そうよ? というかその話、前に神社でせんかったっけ? ほら、コマチさんに訊かれた時に……」
「あの時は休んでいて、正直に言うとあまり聞いていなかった。詳細は後に布の方から聞いた」
「あ、そうじゃったん? ルリさん意外と寝坊助さんじゃったり……あ、いえなんでもな──」
理由が判明したからなのか興味をなくしたのか理由は分からないが、いつの間にか話題が逸れて白い毛玉と衣類だけで話すようになってしまった。神様ってホント気まぐれですね。
そんな二神の背中を追ってまた歩き始めていると、黙っていたサラが声を掛けてきた。
「コマッチャンの時もそーだったケド、ワタシって魂抜かれやすいのカナ? ソーユータイシツってヤツ?」
「どうなんだろうなぁ。まあ今は僕も同じ状態だけどね」
「Wow, タシカニ! オソロイのSoul parts less Friends!」
「「イエーイ!」」(パチーン!)
話しながら音高くハイタッチすると、小さな声で「緊張感も欠けている」とルリさんに言われてしまった。気落ちしてるよりはいいでしょうよ。
……ルリさんが質問した時、サラが珍しく何も言わないからちょっと心配してたけど、割といつも通りだな。まあ元気ならそれでいいけどさ。
「あ、そうだキリさん、一つ質問。死神さんがサラの格好してたのって、サラの魂も取られてるのが理由なんですか?」
「あ、うん。魂から情報を得て見た目を構築しとるけえ、あの見た目になっとるんじゃと思う。多分セキさんの姿にもなれるじゃないかね?」
「この子の時と容姿形成の経緯は似ているから、可能なはず」
ああ、そういえばコマチさんが今の人型になってるのもサラの魂の情報と核になった人形が混ざった結果……みたいな感じだったっけ。
似たような先行体験があると受け入れやすくなる。こういうのがあるから経験って大事なんだと思い知らされるね。
「あ、そうじゃ。私からも訊きたいんじゃけど……二人とも、今日の体育祭の最中に変なことはなかった?」
「体育祭なんて変なことしかなかったですけど」
「フキとかミンナの暴走とかネ」
「いや競技のことじゃなくて。身体が別の方向に引っ張られるとか、頭の中に景色が見えたり声が聞こえるとか、そういうのよ」
「ああ、ありましたありました。時々サラの声が聞こえる感じで……アレってなんなんです?」
そうだ、時々頭の中に響くサラの声。そのことについてキリさん達に相談しようと思っていたのに、色々あってすっかり忘れてしまっていた。
「呪いの影響で死神さんの力が不安定になっとるけえ、取られとる魂の一部が揺さぶられて記憶が漏れ出しとるんよ。セキさんは記憶が欠けとるんじゃろ? なら、聞こえとる声はその失くしとる記憶から来とるもんよ」
「なるほど。サラも同じように声が聞こえてたりすんの?」
「…………ウン」
あれ? なんかまたサラの表情が暗くなってしまった。
いやまあ、魂が取られてるとか言われたら気が気じゃないよな。僕はもう慣れてるけど、記憶がなくなるのって不安にもなるだろうし……。
「あ、記憶が持っていかれとる配分はセキさんの方が多いけえ、サラさんに聞こえとるのもほとんどセキさんの記憶から来とる声よ。どっちも取られとるけえ混線しとるんかね」
「おい僕のプライバシー。ていうかなんでサラの方は被害が少ないんですか」
「セキさんに比べてサラちゃんはほとんど魂が欠けとらんのんよ。あとは……抜かれ方が良い感じだったんかもね」
魂の抜かれ方に良い悪いってあんの?
しかしサラにまで僕の記憶が漏れ出しているとは……それで保健室では様子がおかしかったのかな。
(僕が覚えていない部分とはいえ、変なこと聞いてないよな?)
「セキさんは大概変じゃけえ大丈夫じゃろ」
言うようになりましたねキリさん。否定はしませんが。
「……皆、止まって」
緊張感の欠片もない会話をしているとキリさんが人間の姿に戻って立ち上がり、手で制止してきた。
指示通りに立ち止まり、ふと周りを確認する。ここは……西棟四階の端か。いつの間にかこんなところまで来てたんだな。
「キリさん、どうし……うぉっ」
質問しようとした矢先、校舎の最端部に位置している階段の前を見て、思わず声が出た。
そこにいたのは先程逃げ出した制服のサラ……いや、彼女の姿をした死神さんだ。
しまった。死神さんがいるってことは、さっきみたいにまた身体が重くなって……あれ?
「……アレ? なんか……」
「うん。なんかさっきより……身体が楽?」
「? どうかした?」
「ああ、いえ」
僕とサラが顔を見合わせていると、ルリさんが不思議そうに首を傾げてきた。
呪いの影響か、死神さんの姿を目にするだけで嫌悪感と悪寒が身体中を走る。それは保健室の時点で嫌というほど理解できた。しかし、今は目の前にいるにも関わらず、そんな感覚が薄れている。
慣れてしまった可能性もあるけど、そう簡単にあの感覚が馴染むとは思えない。もしかしてキリさんが何かしてくれてるのかな。
まあそれはともかくとして、だ。
「見つけタはイイケド、どーすンノ? マトチャンのハナシだと、Curseは正面からタイジがダメなんダヨネ?」
「そう言われとるけど、祓わんにゃ解決できんし……一回だけ試してみようかと思うんじゃけど、いいかね? 危なかったら皆のことを守りながら離れる感じで」
「いいも何も、キリさんの方針に従いますよ」
「イギナシ!」
「異論はない」
僕らが異議を唱えることがないと分かると、キリさんは頷いて死神さんへ向けて両手を掲げ、ゆっくり歩き出した。
死神さんの方は虚ろな目で棒立ちになっていて、顔はこちらに向いているものの、視線はずっと床に張り付いている。その様子からは僕らに気が付いているのかいないのか、判断できない。
「───……」
そこそこ程度に近付いたキリさんは身体を淡く光らせ、神通力を発動させた。
校舎の中が暗くなっていることもあってか、光がいつもより綺麗に見える。
息を呑むような綺麗な光景に見惚れていると、キリさんの身体から光が伸びて死神さんへと近づいていった。
そして、キリさんの光が死神さんの身体に触れ──
「───えっ?」
───触れた途端、光が霧散して消えてしまった。
キリさんも予想外だったのか、呆けた声を出している。
その瞬間、死神さんの身体からおびただしい量の呪いが噴出し始め、侵食するように周りの壁や床を黒く染め始めた。
《何しちょんだ! 早う逃げれ!》
頭の中に声が響く。これは死神さんの──って考えてる場合じゃねえ!
「……なんかヤバそうだ! キリさん、逃げ──っおぉ!?」
呆けているキリさんを連れ戻そうと近づこうとすると、突然足元が掴まれたようにつんのめってしまった。
危ねえ、転けるところだった……っ!?
「なんだこれ!?」
足元を見ると、床から黒が侵食するように両足が染まりつつあるのが見えた。しかも奇妙な色彩的変化だけではなく足の裏が張り付いたかのように動けなくなっている。なんという高性能色移り粘着シートだ。
「アレ? ワタシ今日Black Socksだったっけ?」
「こんな時でも呑気だなお前! あ、ちょっと待って足の感覚無くなってき……あががががなんだこの痺れる感じどっかで身に覚えがあるぞ」
「Long Time SEIZAのアトの足ってこんなカンジダヨネ」
「あ、それだ」
「どっちも呑気じゃね!?」
黒色に侵食されながら話しているとキリさんに突っ込まれてしまった。すいません。
「それで、キリさん今これどういう状況なんです!? ていうか神通力は!?」
「マトチャンと同じで弾かれたノ?」
「そ、それが理由は分からんけど、弾くとかじゃなくてそもそも神通力の効きが極端に悪いんよ! 私も動けんし……誰か助けてー!?」
「いや僕らも動けないんで無理で……あ、ヤバイなんかすげえ気分悪くなってきた」
「ワタシもチョット吐きそう……」
どうやらサラも僕も身体が呪いに侵されているらしい。体調を崩すとか言ってたし、このままだといよいよ危険そうだ。
急速に体調がおかしくなっていくのが分かる。そして、脳みそを直接掴まれたような不快感が頭の中を駆け巡り、意識も消え入りそうになっていく……。
───セキ、サラどこ行ったか知らねえ?
朦朧とする意識の中、頭の中に声が響く。
フキの声だろうか。これは……いつの会話だろう。
――知らない。探してこようか?
今度は僕の声だ。それと同時に、ぼんやりと景色が脳裏に浮かんでくる。
教室、かな。クラスの皆が忙しそうに動いていて、フキも何か大きなパネルを担いでいる。
その様子を見て……なぜだか、言い様のない不安な気分になった。
(この時に、もっと早く行っていれば──)
……あれ? 今、僕は何を考えた?
ダメだ、思考が纏まらない。頭がくらくらする。
僕は今立っているのか、それとも倒れているのか。それすらも分からなくなってきた。
気分が悪い。頭が痛い。眠い。
一瞬のうちに頭の中が混濁して、意識を飛ばしそうになっていると──
「───えいっ」
そんな可愛らしい声と同時に、ポン、と。
背中を軽く叩かれた。
「───っ!」
その瞬間、意識がはっきりと戻ってきた。
え、あれ? 今どうなってたの僕? ていうか、今の声……
「……ルリさん?」
「いいえ、コマチ、よ。大丈夫かし、ら?」
振り返ると、こけし風味な付喪神さんが小首を傾げていた。
どうやら意識を失っていたコマチさんが目覚めて、ルリさんと入れ代わったらしい……って、それよりも訊かないといけないことがある。
「コマチさん、無事だったんですね。ていうかそれ以前に、動けるんですか?」
「ええ。理由はよくわからない、けれど……赤いあなたも、起き、て?」
「あェ? ……オハヨゴザマス?」
コマチさん自身にも理由は分からないようだが、彼女は平気な様子で黒くなった床の上を移動して、僕と同じようにサラの背中を叩いた。するとサラは目を覚まし、身体を這っていた黒色も逃げるように散らばっていく。
ううむ、マジでなんともなさそうだし、様子からして動ける理由が分からないっていうのも嘘じゃなさそうだ。
付喪神だからなのか、それともルリさんと入れ代わったからなのだろうか。いやしかし、同じ神様のキリさんは囚われたままな上、現在進行形で呪いは周りにあるわけだしなぁ……。
「あ、そっか! 前にマトイが着物を繕った時に多分、加護とかそういうのも混ぜたんじゃ! じゃけえ無事なんじゃね!?」
「え、何その謎技術。マトイさんそんなこともでき──うわすげえことになってる」
僕の疑問に答えるように解説を叫ぶキリさんの声を聞いてそっちを見ると、黒い靄の塊が彼女を簀巻きにして包み込んでいた。見事な土地神様の軍艦巻きが一丁出来上がっておられる。
「なんかSUSHI食べたくなるナー」
「言ってる場合かよ。コマチさん、どうにかできます?」
「むずかしい、わ。とっても強く、しばられているも、の。ふふ、本当に大きな海苔みたい、ね?」
「本当に緊張感ないね皆!? いや、ちょっと待ってよ……?」
キリさんの悲鳴じみたツッコミはさておき、どうしたものか。
理由は不明だが、呪いに対してキリさんの神通力はほとんど通用しない。おそらくこれがマトイさんが言っていた『正面から呪いを祓おうとするな』ということなのだろう。
なら、その後に言っていた『誓約』の内容について考えるべきなんだろうけど……門外漢の僕やサラにはその意味は理解できていないし、コマチさんは神様としての知識は浅いらしいから期待は難しい。
このままだとキリさんが危ないのに、一体どうしたら……。
「縛り……誓約……そうか! だ、誰かなんでもいいけえ紙持っとらん? 拘束は解かんでもいいけえ、私の言う通り文字を書いてほしいんじゃけど……」
「誰か持ってる?」
「無し」
「ワタシも……あ、借りモノの時のヤツがあるヨ!」
何もすることができずに歯噛みしていると、軍艦巻き神様が何かを思いついたらしい。靄が邪魔で見えづらいが、サラがポケットから『薔薇』と書かれたメモ用紙を取り出して、耳打ちするキリさんの指示に従ってペンを走らせている。
「書けたー!」
「ありがとう! それじゃあ──」
書き終えたサラが自信満々にメモを見せると、キリさんの身体が発光し始めた。そしてメモが浮き上がり、彼女たちと死神の間へと移動した。
そして──
《───罪ある神に問います。呪を祓い、この手を取るか、否か》
頭の中にキリさんの声が響く。
いつもの彼女からかけ離れた真剣な声と、凛とした雰囲気。これは……ニシユキさん達の時にもあった、解呪の儀式に近い感覚だ。
そして、その声に呼応するように他の声も頭に響いてきた。
《ど、どうにかしてえのはその通りだ。だども、どうにもできんのはあんたにも分かぁだら!》
《今問うは見解に非ず。……助けてほしいのかどうか、答えなさい》
戸惑うような死神の声に対し、キリさんは声を強めた。
厳格な物言いに僕もサラも驚いて、思わず顔を見合わせている。誰なんですかねあの土地神様。
《……て、ほしい。助けて! 呪いを祓ぉて、おらを……皆を助けてぇんだ!》
《然らば、誓約を交わしましょう。そして、ここに書かれている通りに縛りを結ぶのです》
必死に助けを乞う声に応えるように、サラが書いたメモが輝きを増しながら死神へと向かってさらに移動を始めた。
暗くなった周囲を照らすように光るメモ用紙に、死神は無理矢理動かすようにして手を伸ばし……触れた。
その時、周囲を染めていた『黒』が全て、サラの姿をした死神の元へと収束したのだった。




