24話 土地神様と番外競技 その四
~元に戻って、セキ視点~
「不覚。……死ぬところだった」
いつもより少し薄暗くて不気味な雰囲気の廊下にコマチさんの不服そうな声が響く。
いや、厳密にはコマチさんではなく……コマチさんに憑りついたルリさんの声だ。
キリさんの異空間収納から付喪神達を引っ張り出した僕らは保健室を出て、並んで歩きながらキリさんの説明を聞くことになった……のだが、出てきたこけしのような付喪神さんは気を失っており、入れ代わるようにして上着として羽織られていた方の付喪神の意識が表に出てきたのである。
「ご、ごめんなさい。まさかコマチさんが気絶しちゃうなんて思わず……」
「後でこの報いは必ず受けさせる。立腹」
「ひぃぃ……」
「カミサマも死ぬコトあるノカナ?」
「一応あるんじゃない? それはともかく……ルリさん、責めるのはその辺で。キリさんは説明の続きをお願いします」
「あ、はい」
妹が気を失うことになったルリさんの怒りは分からないでもないが、今はそれより状況確認が先だ。今は緊急事態の只中だからね。
……土地神様の話によると、僕らの前に現れたサラの姿の神様は『死神』と呼ばれる存在なのだという。
死神といっても本来の役割を放棄してまつろわぬ神となっているらしく、神様としてのルールは違反しながらも呪いを抑えて人間を守っている……とかなんとか。
話を聞いていてもよく分からなかったが、向こうも色々と複雑な立場にある神様らしい。
「──本当なら、体育祭が終わった後に解決するって話じゃったけど……向こうから二人に接触しに来るなんて予想外じゃったわ。こんなことになってしもうて、ごめんね」
「想定外の出来事なら仕方がないですよ。それで、その死神さんがさっき『返す』って言ってたのは……」
以前聞いた話では、校舎内にいる神様……おそらくさっきの死神さんが僕の魂の一部を刈り取ったということだった。聞いてた話と違って敵意があるようには見えなかったことや、キリさんの説明からして実際の性格はこちらに好意的と考えていいのかもしれない。
ということはつまり、接触を図ってきたのは僕に魂を返却しようとしたと見ていいだろう。
「アレ? マトチャンはナンデいないノ?」
「うーん……多分、他の皆を守るためにぐらうんどに残っとるんじゃないかね? 死神が抑えとった呪いがどういう動きをするか分からんけえ、警戒はせんにゃいけんじゃろうし……こっちに来るのは遅くなると思う」
「……なんでちょっと曖昧なんですか? マトイさんがキリさん達を送ってきたんですよね」
「……説明しとる暇がないって言って投げ飛ばされたもんじゃけえ……」
「「投げ……」」
それで悲鳴を上げて突っ込んできてたのか。
無茶をするというか、またとんでもないことをするもんだな。いや、マトイさんは元からとんでもないか。
「まーイーヤ。どーしてGrim Reaperがこの学校にいるノ?」
「それは分からんけど……マトイには、あの死神さんが長い間、呪いを抑え込んどったって聞いとる。この間話したけど、ずうっと上手いこと隠れとったみたいで全然気が付けんかったし、そのせいか呪いの気配も分からんかったんよね」
「そんなハナシしたッケ?」
「マトイさんに呼ばれた時に一応してたぞ。僕も忘れてたけど」
「……もしかして貴女、土地の神として敬われていない?」
「……」
ルリさんに憐憫の目を向けられ、キリさんが自嘲的な笑みを浮かべて固まってしまった。
いやあの、すいません。別にキリさんを蔑ろにしてたわけじゃないんですよ。単にあの時は記憶云々の方がインパクトが強かったものだから、元凶の話を忘れてただけなんです。ホントに。
「き、気を遣わんでも大丈夫よ、うん。神様らしくないのはその通りなんじゃし……」
「ニシユキさんの時の話、まだ引きずってたんですか。ああもう、いいから説明の続きをお願いします」
「あ、はい。ええっと……今こうして学校が暗くなってしもうとるのも、死神さんが自分の封じとる呪いの被害が広がらんように結界を張った影響なんよ。二人の話を聞く限りじゃと、死神さん自身が呪いに飲み込まれてしもうたみたいじゃけどね」
ふむ。つまり軽くまとめると、あの死神さんは少なくとも僕らに害意はなく、むしろ守ろうとしてくれている。さっき保健室で襲われたのは呪いによる影響ってことか。
……土地神様の監視を免れながら呪いを抑え込んで、そこからさらに結界まで張る。神様の技術に関してはよく知らないけど、そこまでできてしまうってことはあの死神さん、相当凄い神様なんじゃ……。
それにそんな神様が呪われるって相当ヤバイ事案なんじゃないか? それこそ、前のリンギクさん達のものとは比べ物にならないレベルだと思う。
なんか色々と気になる部分が多い、多すぎる。ただ、その中で一番気になるのはやっぱり……
「死神さん、どうしてサラの姿をしてたんだろう。キリさんは何か知ってますか?」
「ああ、それは──」
───ジリリリリリ。リリリリリ……。
「……何の音?」
「ホントだ。……ルリッチャンから聞こえマシテヨ?」
「? これは……何?」
サラの指摘にルリさんが自分の着物を確認すると、小さな電話の受話器のようなものが袖の中から出てきた。
アラームが鳴っているが、どういうわけか所持していたルリさんも知らない様子だし、見るからに怪しい。これはどうしたものか……と対応に困っていると、サラが即座に通話ボタンを押してしまった。
「Hey モシモシ?」
「ちょ、出て大丈夫かそれ」
「……あ、マトチャン? ウンダイジョブ! 全員無事だヨ!」
「え、マトイさん?」
「! か、借りる!」
出処不明な怪しい機械の発信先はマトイさんだったようだ。
通話先が知り合いで安心……したのも束の間、急にルリさんが受話器を奪うようにサラの手から取ってしまった。
「も、もし、もしもし? うん、今はルリ。そう、貴方なら分かってくれると思ってた……何? すぴ……いか? ど、どうすればいい?」
「Speaker Mode にすればイイノ? なら多分、ココをこーシテ……」
マトイさんから指示を受けたのか、話しながら端末を操作するルリさんだったが……現代機器の扱いが分からなかったのだろう。横からサラが優しく教えながら、たどたどしくボタンを押し始めた。
なんだろう。今までルリさんは少し怖いイメージがあったけど、見た目がコマチさんなのもあって機械に不慣れな小さい子供みたいでちょっと可愛く思えてしまった。
『──もしもーし? 聞こえてる?』
「OKOK! 聞こえてるヨ!」
『よしよし、良好だな』
少し音質は悪いが、スピーカーモードになった端末から周囲の喧騒と共に聞こえてきたのはたしかにマトイさんの声だった。
なんかこの人の声が聞こえると謎の安心感があるな。なんでだろ。
「マトイは頼りになるけえねぇ」
「なんでキリさんが得意げなんですか。つーか勝手に心読むのやめてくださいって」
『いつも通りのテンションで何よりだ。……さて、今の状況は大体キリから聞いてるな? 悪いけど、オレがそっちに行くのは時間が掛かる。こっちでもできるコトはしておくから、せいぜい秘密暴露装置にならないように気をつけなー』
「待ってくださいなんですか秘密暴露装置って」
『あ、キリから聞いてない? 死神が封じてる呪いに侵されたら隠し事できなくなるンだよ。考えてるコトから隠してる秘密まで周囲に向かって駄々洩れ人間の出来上がりってヤツ』
「おい聞いてないぞキリさん」
「……」(ふいっ)
「キリチャン。コッチ向けヨ」
「…………」(ふいっ)
僕とサラが呼びかけると、キリさんは無言でそのご尊顔を他所へとお向けになられた。冷汗凄いですね土地神様。
「……歳月を重ねた呪いにしては大した効果じゃない。どうして?」
『おそらく死神が濾過装置の役割を果たしてるから、本来の凶悪さが取り除かれてるのサ。まァ今の状態でも長く触れてるとすげェ体調が悪くなったりもするぞ。死ぬほど苦しいくらいでギリギリ死にはしないからソコは安心していいけどサ』
「死ぬほど苦しみながら社会的に死ぬじゃないですか。嫌ですよ」
『アッハッハッハ、そうなったら頑張って耐えな』
やだ愉快そう。悪役かこの人は。
誰ですかこの人の声聞くと安心するとか言ったの。
「まあ、命に別状はないと思えば少し安心しましたけど」
『そうそう、気楽に気楽に……あ、でも死神の持ってる鎌の刃に直接触れたら普通に死ぬからソコは気をつけてね。襲い掛かってきたら全力で避けて逃げな』
「気楽になれなくなりましたよ!」
「も、もし死んでも私がなんとかするけえ……」
「ナントカできるのかヨ」
そんな虫刺され感覚で生死が左右されるの僕ら?
いやまあ、土地神様なんかと普段接してるせいで感覚が麻痺しつつあるけど、相手は死神。そういうものなのかもしれないけど……なんかすげえ複雑というか、微妙な気分になるというかですね。
『───! ───……っ!!』
「ところでマトイさん。なんかそっち騒がしくないですか?」
『体育祭終盤だからな。盛り上がるコトもあンでしょ』
マトイさんの声とは別に聞こえてくる喧騒について訊くと、当然のような口ぶりで返された。
なるほど。たしかに残りの競技も少なくなってきた今、体育祭の方は特に盛況になっている頃だろう。
通話口から微かに漏れ出る声も、皆の熱意の表れ──
『──二人三脚ならバランスを崩しやすい! 事故を装った接触妨害をしろ!』
『イザクラ先輩。以前から思っていたが、フキザキ先輩は普通に声援を送ることはできないのだろうか』
『今回に限っては無理みたいね』
『高校の敷地内は治外法権だ! 気にせずやってやれ!!』
『敷地の所在は法治国家の中なんだけど──』
「マトイさん。今すごく聞き覚えのある声で物騒な会話が聞こえてきた気がするんですが」
『体育祭終盤だからな。そういうコトもあンでしょ』
そういうものか。マトイさんが言うならそうかもしれない。
「ソレはトモカク、何かAdviceはゴザイマセンノ?」
『その辺を伝えようと思……連絡──』
「あ、あれ? マトイ?」
『──流石に電波に……響が出るか。手短に話すぞ。呪いの影……神は逃げ回……ズだ。だからまずキリ……っちの姿に…………』
「え、ええっと……なんて?」
助言を求めて訊ねると、突然マトイさんの声が途切れ始めた。
キリさんが心配そうに端末を見つめる中、マトイさんの声は続く。
『一番重要なコトを言……。死……来ても正面から呪いを祓おうとするな。やるならどうにかして誓約……て、縛……交わせ。最悪の場合……にかしてウカに連…………キリ……印……──』
何かを伝えようとしているが、途切れ方は酷くなっていく。
どうやらこれが最後の通信になりそうだ。そんな予感がして、しっかりと一言一句聞き逃さないように集中していると──
『あ、サモエド』(ブツッ)
犬種の名称が呟かれ、通信が切れた。
『サモエド』
ロシアのシベリアを原産地とする犬。白くてデカくてモフモフした愛らしい見た目や、極寒の地でソリを牽引することが可能な力を持っているといった特徴がある。微笑んでいるような顔つきはサモエドスマイルと呼ばれ、最近ではその品種のみを集めたドッグカフェであるサモエドカフェも人気を博しているという。
……うん、最後の最後に完全に気が散ってたなアレ。
ペットを連れた保護者でもいたんだろうか。こんな大事な時に意識を逸らしてんじゃねえよあの不審者。
「さも……というのは何。暗号?」
「Dog Breedデスナ。今度一緒にCafe行ってみる?」
「へぇ、ちょっと気になるねぇ」
ほらもう変な時にどうでもいいこと言うから女性陣がそっちに意識を持って行かれてるじゃないか。さっきまでの緊張感がどっか行っちゃったよ。
「元々そんなに緊張感なかったと思うんじゃけど」
「それもそうですね。それより、マトイさんが他にもなんか気になる事言ってましたよね」
勿論サモエド以外で。
「ソレって、ショーメンからノロイをドーとかってヤツ?」
「それそれ。なんか対策案っぽい話もしてたけど、僕には誓約……くらいしか聞き取れなかったからさ。キリさんとルリさんはなんか分かります?」
「あの方の言い方から考えるなら、神同士で交わす誓約を指していると思う。しかし、正面を避けろというのはよく分からない。土地神はどう考える?」
「うーん、そこは私もよく分からんかも。誓約のやり方は私も知っとるけど、死神さんとの間に交わすんなら内容をどういうもんにするかって話でもあるし……」
「キリチャンでも分かンネーかぁ」
「まあ、その辺りについては歩きながらこっちで考えとくよ。……今回はちょっと想定外な状況で元々やるはずじゃったことができんし、臨機応変に行かんと……あっ、ごめんね、不安にさせてしもぉて」
「いえ、謝らなくても。僕らは助けてもらう立場ですし」
今回のことは色々とイレギュラーな状況で、キリさんもマトイさんも最善の行動をしようとしてくれているのは僕にも理解できる。そんな中でキリさんを責めるのはお門違いだし、そんなつもりは毛頭ない。
しかし不安があるのもその通りではある。少なくとも、それを大々的に表に出すつもりはないけどね。
「と、とにかくまずはさっきの死神さんを探さんにゃいけん。何にしても、呪いをどうにかせんにゃ解決できんけえね」
「ソレもソーダネ」
「……質問」
「あ、はい?」
「死神の容姿はどのような形をしている?」
気を取り直して歩き出そうとしたところで、ルリさんが小さく挙手して訊ねてきた。
死神さんの姿って……あ、そういえばルリさんとコマチさんは神通力で収納されてたからまだ見てないんだっけ。
「ワタシにソックリサンでしテヨ。制服着たワタシってカンジ?」
「服装以外で見分けはつく?」
「完全に同じってわけじゃないんで、そこは大丈夫です。背も低かったし、あと…………まぁそれはいいや」
「オッパイも向こうのホーがチョット小さかったって思タデショ」
「すいません」
くっ、顔は背けたはずなのになぜ分かった。キリさんの影響で神通力使えるようになったのかしらこの子。
ともかく、サラと目の前の存在は完全に見た目が同一というわけではない。赤く長い髪の毛は向こうの方が少し短いし、服装も向こうは夏の制服を着ていたりと、パッと見ても違いは分かるだろう。
「髪の長さ的に、ちょっと前のサラを見てる気分だったな。時期的には去年くらい──」
「もう大丈夫。読み取った」
「あ、そうですか……」
思い出しながら説明していると、小さな手で制止された。読み取った、というのは僕の頭の中を覗いたということだろう。
そういえばルリさんも心の中を読み取る神通力が使えるんだったな。キリさんもだけど、僕の考えてることが神様の間で無料閲覧ページとして認識されてきてません?
「それで……死神さんのことはどう探すんです? 歩いて見つけるのはこの暗さだと結構難しいような……」
「ソコはキリチャンタチの神通力で探知機みたいなカンジでは?」
「いや、校舎にかけた結界の維持もせんにゃいけんけえ、いざって時のために私達の力は温存しといた方がいいかもしれん」
たしかにそれはそうだ。死神そのものが呪われたということは、校舎を囲う結界も呪いに侵されているということ。中を歩く僕らにとってはどこもかしこも危険な状況だし、予期せぬところでキリさん達の力が必要になる可能性はゼロじゃない。
かといって、校舎内をひたすら歩くのも理想とは言えない気がする。動き続けていればいずれ見つかるかもしれないとしても、それは相手が動いていない場合に限る。向こうも僕らと同時に移動しているとしたら遭遇するのは難しいだろう。
「疑念。それならどうやって探す」
「えーっと……実はマトイからほぼ確実に探し出せて、負担が比較的少なくて済む方法を事前に出してもらっとるんじゃけど……」
「ケド?」
「…………その……は、恥ずかしゅうて……」
バツが悪そうに目を背けたキリさんに対し、僕とサラは顔を見合わせた。
死神さんを探し出す方法が恥ずかしい? 一体どういうことだろう。
そんな疑問を浮かべた途端、ルリさんが動いた。
「今は緊急事態。巫山戯ていないで実行する」
「る、ルリさんは私の考えとることも読めるんじゃけえ分かるじゃろ!? 嫌なんじゃって!」
「今は自分の結界を張っているわけではない。だから貴女の考えも分からない。いいから早く実行する」
「すいません今すぐやります」
ルリさんに詰め寄られ、睨まれたキリさんは即座に了承した。
流石は土地神様、話せばちゃんと分かってくれると信じていましたとも。
決して恐怖に屈して実行に及んでいるとかそういうのじゃない。土地神様の名誉のためにもそういうことにしておこう。




