18話 土地神様と体育祭 その九
生徒用の荷物置き場から弁当を取って戻ってきた僕らは皆揃って外での昼食をすることになった。
輪になって食事をしながら、他愛のない会話に興じていたのだが……
現在、目の前ではサラとキリさん、そしてフキの三人が力なく項垂れています。
「どうしてこんなことになってしまったんだ……」
「巡り合わせが……悪かったのよ……」
虚空へ消え入る僕の言葉に答えるように、隣に座るイザが呟いた。
巡り合わせ、か。たしかにその通りなのかもな……。
どうしてこうなってしまったのか。その原因は数分前の出来事だ。
最初はこの場の誰もが普通に会話を楽しみながら各々が用意した弁当を食べるといった、どこにでもある和気藹々とした平穏な昼食風景が広がっていた。
そんな中、ふとサラが一つの提案をしてきたのだ。
『オカズTradeってヤツしよーゼ!』
おかずの交換会。弁当に詰められた料理の一部を他の人とトレードし、食べること。
普段の昼休憩でも僕らが一緒に昼食を摂っていると、時々やっていることだが……今回はマトイさんやキリさん、ニシユキさんといった学外からの人達もいるということで、非日常感もあって楽しく、目新しさもある。当然ながらその提案に異を唱える者はおらず、すぐに全員が承諾した。
……これが悲劇の始まりだったとは、予想だにせずに。
交換会が始まってすぐの頃はそれぞれが譲り合ったり、互いの好物は避けたりといった平和な光景だった。しかし、想定外なことが一つあった。
それは……マトイさんの持ってきた弁当に入っていた料理が軒並み美味しすぎた、ということだ。
その事実が知れてからは……まあ、はい。
いやもう、すぐに出来上がりましたね。醜い抗争の図が。
『そのつくね棒を寄越せサラ! こっちの卵焼きと交換でどうだ!?』
『Eggsとオニクが同価値とデモ思ってるのかネ、フキィ! カタハルァ激痛だワヨ!』
『交換以前にサラちゃんはお肉取りすぎじゃって! 私も食べたいんじゃけど!』
『キリさん野菜だらけだものね。あ、この里芋美味しー』
『唐揚げ超美味い』
他人の弁当を中心に、本人そっちのけでおかずを取り合う醜い二人と一神。その横でちゃっかり好物を確保している僕とイザ。
そんな食欲と食欲がぶつかり合う闘争によってムードは険悪な方向(とまではいかない半分ふざけ合いの領分だが本人たちはそこそこ真剣な睨み合いが拮抗している状態)へと立ち込めていき……ついにマトイさんが動いた。
『喧嘩する子達にはこれ以上あげるおかずはありません!』
まさに鶴の一声。青天の霹靂。母の叱責。
その言葉と共に弁当は取り上げられた。
結果、サラ達はショックで倒れ伏した……と、ここまでが今の惨状に至った経緯である。
「食べ足りナイヨー、ヒモジーヨー」
「肉団子十個しか食べれんかったよー」
「クソォ、俺達の理想の弁当が……っ!」
「「マトイさんの弁当だろ」」
倒れたまま好き勝手に言うフキに対し、僕とイザで同時にツッコミを入れた。
うん、悪かったのは巡り合わせよりもコイツらの頭の方な気がしてきたな。つーかキリさん食いすぎだろ。
「マトイさん、料理がお上手なんですね。食材の切り方も凝ってますし……」
「ボクとしては揚げ物の食感が保たれている秘訣が知りたいところだな。どのような手を使ったんだ?」
「創意工夫と研鑽の結果ってトコだよ。ニシユキサンの筑前煮も美味しいですよ」
「どれもおいしい、わ」
ちなみに諍いの原因となった弁当は紅白筋肉以外の皆に美味しく頂かれている。こっちのバカ共と違ってなんて平和な光景だろうか。
そんな暖かい様子を見て不貞腐れるのにも飽きたのか、項垂れていた三名はのっそりと立ち上がって元の位置に座り、大人しく弁当の残りを食べて昼食を終えることとなった。
〇〇〇
「──ほう。その、ルリさん? は人の意識を乗っ取ることも可能なのか」
「おう。本神によると対象の人間によって得手不得手があるらしいけどな」
昼食の後、会話を楽しみながらぼんやりと過ごしていたところで、話題が付喪神達へと移った。
僕とフキが地獄の騎馬戦に参加している間に先月の事情はリンギクさん達に話してあるらしいが、それでも二人の興味は尽きないらしい。同居人であるフキを中心に、僕らは雑談がてら色々な説明を行っていた。
「憑りつきやすいのはサラなんだっけ? 巫女の血統がどうとかで」
「Yes, I'm Number One」
「なんで得意げなんよ」
「と、憑りついたりとかはちょっと怖いかも……ですね」
「ニシユキさんは前に同じようなことになってましたもんね。あの匂いフェチの悪霊のせいで」
「あの事件はノロイさんのせいではないさ。全ての責はボクにあるのだから」
「あれは誰のせいでもないよ。それにもう過ぎたことなんだから、あまり気にしないで……というか、思い出さないでもらえると……」
ニシユキさんの言う通り、四月の一件は事故のようなものだったのだから誰が悪いといった話ではないと思う。
ただ、正直ノロイさんを擁護することもできない。だってあの折鶴幽霊がニシユキさんの身体に入っている間の行動が……ねぇ?
「まああの黒い靄……呪いの影響もあったけえ、それでノロイさんの方も性格が変質しとった分もあるんじゃないかね? この前のルリさんもそんな感じじゃったはずじゃし……ねえマトイ? ……あれ、マトイー?」
「ン、マトチャン何してンノ?」
「仕事」
マトイさんの返事がないと思ったら、なにやらタブレット端末に指を滑らせていた。サラが声を掛けてもその手を止めることはなく、淡々と手を動かしている。
……そういえば、マトイさんの仕事って何なんだろう? 物を直したりするのが得意とは聞いてるけど、その関係かな。
というか、あの布を巻いた顔で画面は見えているんだろうか。
「……セキ、ちょっといいか?」
「ん、何?」
「さっき言ってた話だ。場所変えるぞ」
マトイさんにあらゆる方面で疑問を浮かべていると、フキにこっそりと話しかけられた。
ああ、そういえば話があるとか昼食前に言ってたっけ。珍しく神妙な顔をしている辺り、かなり真面目な話なのかも……いや、コイツがこういう顔してる時ってアホなこと言う時もあるんだよな。今回はどっちなんだろ。
半分疑いの目で見ながらついて行くと、割とすぐに立ち止まった。
皆とあまり離れていないけど、とりあえずあまり大声でなければ話は聞こえないくらいの距離。ここで話をするということだろう。
「……で、何の話? 言っておくけど、また変な話ならすぐに戻──」
「───お前の記憶についての話だ」
僕の言葉を遮るような、フキの真剣な低い声。
振り返ったコイツの顔は真顔であり、真面目そのものといた表情だ。
珍しくニヤついていない引き締まった表情を見て、僕は──
「あ、なんだその話か」
───普通に返事をした。
「マトイさんから聞いてるよ。この前学校に来た時に話したんでしょ?」
「おう。……悪かったな、お前のことなのに勝手に話して」
「気にしなくていいよ。どうせそのうち話そうと思ってたところだったし、手間が省けたから」
「そうか……ってかお前、この話になると自分の事なのにマジで軽いよな。そのくらいの方がこっちも気が楽だけどさ」
「まあ、現在進行形で起こってることに関して嘆いても仕方ないからね」
これといって変わらない調子の僕に呆れ混じりの笑みを浮かべる親友。それに対して、こちらも肩をすくめて笑っておいた。
───去年の秋頃から今に至るまで、僕は一時期の記憶を失っている。
正確には、去年の文化祭辺りの記憶がさっぱりと抜け落ちているのだ。
原因について詳しいことは僕自身よく知らないけれど……どうやら去年の文化祭の準備中、ある事故に巻き込まれたことがきっかけらしい。その時に酷く身体を打ち付けたようで、そのせいで記憶喪失のようなものになったみたいだ。
さらに言うと、その時の事故の影響で家族や一部の人間を除いてフルネームを覚えづらくなってしまっている。
なるべく頑張って覚えようにも、近しい人間でもフルネーム……というか、名字と名前のどちらか片方しか覚えられない。例外的にテレビなんかで取り立たされている著名人や歴史上の偉人なんかはどうにか覚えられるんだけど、基本的には人の名前なら文字でも覚えていられない。
しかも、自己紹介や人伝てでも名前だけ聞こえないような感じで、認識そのものができないという厄介なものである。
事故そのものを覚えていないし、フキやイザといった友達の名前をきちんと覚えられない。
当然、最初は戸惑ったし絶望もしたけれど……人間案外慣れるもので、いつの間にかあまり気にせず生活を送るようになっていた──
──のだが。
『───アンタが人の名前を覚えられないソレ、他の神が関わってンだよねェ』
先日、神社に呼び出された時にマトイさんから告げられた事実。
それは……この記憶の欠落と機能不全が怪異……人ならざる存在によって引き起こされた事象であったということだった。
『ソイツが去年の事故ン時にアンタらの魂を少し刈り取って、今でも持ったままなワケ。その影響で記憶やらにバグが生じてるってトコだな』
僕以上に軽く説明していた布顔を思い出す。
聞くところによるとその神様は今でも学校内に潜んでいるらしく、探し出して魂を返却してもらえば治るかもしれない……とのことだった。
「まさか、この症状が怪異案件だとはねぇ……」
「俺も聞いた時はビビった。先月といい、お前らマジで変なことばっか起きるな」
「先月のはお前の家で起きたことだけどな。とりあえず先月のサラとコマチさんの時と同じで、取られてる物を取り返せばいいらしいよ」
神社でキリさんとマトイさんから説明された内容を軽く説明する。自分で言ってても突拍子もない話だな、ホント。
ただ……正直なところ、この記憶に関することが怪異による影響だと言われて、不思議と納得がいっている部分もあった。
これまでこの症状について病院で検査をしても頭部に問題は無いと診断され、ストレスによる一時的なものだから時間経過で治ると言われていたが……今に至るまで一向にその気配は無かった。
事故から半年以上経ってるのに戻らないし、妙だと思っていたところだったのだ。むしろ怪異が原因ならそれはそれで納得できるってものである。
「その怪異云々について、今日の体育祭が終わった後にキリさんとマトイが対応するっつー話も聞いてるよな。それ、俺もついて行く予定なんだが……お前も来るか?」
「え、行っていいの? なんか危険だとかなんとか聞いてるけど」
「ああ、クソ危ないらしい。責任取れないかもしれないけど、それでもよかったら止めないってよ」
「え、怖っ。いやまあ、ついていっていいなら行くけどね」
「ホント軽いなお前。ちゃんと考えて答えてますか相引くん?」
失敬な。これでも真剣に考えていましてよ柊崎さん。つーか誘ったのお前だろ。
魂を持っていったという神様は基本的に人の気配が多い場所には出てこないらしく、普通に接触するのは難しい。かといって、通常の放課後では警戒して出てこない。そこで、ちょうど今行われている体育祭の後、油断しているところで接触を図るという算段らしい。
その作戦だけ聞くと楽そうに思えるが……マトイさんが『危ない』と予防線を張るってことは、相当な危険が待っている可能性がある。だけど、これは僕の問題でもあるのだ。それなら、ちゃんと僕自身が関わっておかなければならないだろう。
「とにかく、体育祭の後だね。……体力残ってるかな」
「体力的にも余裕が無さそうならマトイとキリさんで判断して止めるってよ」
そこも考えてあんのか。あの布巻不審者、抜かりがない。
……それにしても、半年以上患っていたこの状態が治るかもしれないと考えると、なんだか不思議な気分だ。
今となっては普通に違和感なく生活できているし、慣れてきて気にしてすらいなかったもんな。だけど当然、元に戻れるのならそれが一番いい。
「お前はついて行くってことでいいとして……次はサラにも訊かねえとな」
「ああ、アイツにも話は通ってるから大丈夫だよ。多分サラは……行かないんじゃないかなぁ」
僕の言葉に対し、フキは何かを察したように「そうか」とだけ呟いた。
神社で一緒に話を聞いた時、サラの表情は少しだけ強張っているように見えた。
詳細は省くが、文化祭での事故にはサラも関わっている……いや、関わっているどころかその事件によって一番被害を被っている人間の一人だ。色々と思うところがあるだろうし、きっと無理に連れて行く必要もないだろう。
「イザの方はどうする? 言わないわけにはいかないだろ」
「あいつには俺から説明しとくわ。その方がお前も楽だろ」
「……そうだな。悪い、頼んます」
「任せろい」
ふっと軽く笑いを溢す親友に友人への説明を託す。
こうして軽く話してはいるが、基本的にこの話題についてはサラやイザを含めた僕らの中で、ある種のタブーとなっている。
この話を口にすると、サラは決まって苦しそうな表情を浮かべ、イザも僕のことを気遣ってかすごく泣きそうな顔になる。そんな女子の顔を曇らせる話をするのは僕もフキも本望ではないし、なるべく話題を避けてきたのだ。
「あ、でも話すタイミングは考えろよ? 流石に泣かれると心が痛むからさ」
「おう。下手すりゃイザが今日使い物にならなくなるしな……いや元々今日の戦力としては数えてねえから問題ないか。まあイザとはいえ美人に泣かれるのは心が痛むから、むしろ俺の戦力低下が……いやそれはそれで興奮するからむしろ強化か……?」
「お前が言うとシャレにならんからやめろ」
筋肉ダルマの大男が女子泣かせて興奮するのは絵面がまずいって。
僕の心配を余所にいつも通りの変態の脇腹を小突いたところで話は終了。さっさと皆のところへ戻るとしよう──
───危ないから戻ってきなよ。
───ウン。そーする……。
「──っ!」
聞き覚えのあるような、ないような会話が頭の中を駆けて、足を止めた。
今のは僕と、サラの声……か? 騎馬戦の前といい、なんなんだ一体。
……後でキリさん達に訊いた方がいいかな。
「どうした? 熱中症か?」
「……いや、大丈夫。皆のところに戻ろう」
一瞬動きを止めた僕に問いかけるフキに心配をかけないよう適当に誤魔化しつつ、皆の元へと戻るのだった。




