16話 土地神様と体育祭 その七
「──な、なるほど。先月の柊崎先輩の邸宅でそんな一大スペクタクルな経験を……」
二人が叫んで少し場が乱れた後、落ち着いたところで付喪神たちのことも含めて先月起こった柊崎家での一件を軽く説明した。
普通ならそうそう信じられるような出来事ではないけれど、この金銀二人は前に変な呪いにかかったりかけられたりしていることもあって割とすんなりと受け入れることができたようで、特にこれといった問題もなく自己紹介を終えていた。
そして今、自分と同じように正座しているような姿勢の着物……付喪神の瑠璃さんを西雪さんが興味深そうに見ているところである。
「ノロイさんとはまた違う感じなんですね……」
「こっちは神様なんで。あんなしょうもない幽霊とは格が違うと思いますよ」
「イザクラちゃん、ノロイさんに対して辛辣よね」
「イザは仲イイヒトには大体コンナカンジってセッチャンが言ってたヨ」
「失礼ね。特に仲が良くなくてもこんな感じよ」
そこの土地神様、『そっちの方が失礼じゃろ』みたいな目をしない。というか、あの匂いフェチの悪霊折り鶴にそこまで優しくしてやる義理もないっての。
「しかし先輩方も悪い人だ。多少は事前説明があってもよかったのではないか?」
「それはゴメン。説明するより見た方が早いと思ってさ」
「ふむ、たしかにすぐ理解できたな。流石はイザクラ先輩だ」
やだこの後輩、手のひらがすごく回る。ホント色々心配になる子だわ……。
「ところで……普通にルリさん動いちゃってるけど、周りの目とか大丈夫なの? ここ、結構見えやすいと思うんだけど」
「あ、そこは心配せんでもいいよ。私とマトイで認識阻害しとるけえ」
「あ、そうなんですね……え、マトイさんも?」
「なんと! マトイさんも神様だったのか!? いやはや、只者ではないとは思っていたが……」
「布のあなたも、同じな、の?」
「いやどう見ても人間でしょォが」
「ドー見ても人間に見えナイぞマトチャン」
「ハッハッハ失礼な」
サラがツッコミを入れると、人間を自称する不審者は軽く笑った。このやりとりももう慣れてきたわね。
実際、見た目だけでなく実力も知っている今としてはその自称人間発言は説得力皆無ってレベルじゃない。もう考えることすら諦めてるくらいの話題だけど、この人本当に何者なのかしら……。
そんなもはやどうでもよさすら感じる疑問を浮かべていると、突然ルリさんがマトイさんの顔面に飛び込み、巻き付いた。
「うォゥどうしたどうしたもがががが」
「おねえさま、我慢できなかったみたい、ね。ふふふ」
「いや笑ってないでないで助けてほしいンだけどコレ神通力使って巻き付いてるから普通に息できねェ待てルリ締まってる締まってる」
「Oh, Cloth on Cloth」
どうやらルリさんは抑えていた好意の自制が利かなくなり、抱き着いてじゃれているらしい。ただでさえ布で覆われているマトイさんの顔が着物でさらに包まれるという珍事になってしまっている。
なんかゴキゴキとか鈍い音が聞こえているような気がするけれど……まあマトイさんだし大丈夫だろう。
「そういえば西雪さんに訊きたかったんですけど、絵描く時ってどんな機種使ってます? 今度買い替える予定なんで、参考にしたくて」
「あ、はい。自分は今Padで描いて……って、アレ放置でいいんですか? とんでもない音してますけど……」
「マトイじゃけえ大丈夫よ。それより、私もどういう風にこの本が描かれとるんか気になります……!」
「うっ、笑顔が眩しい……」
同人誌を取り出しながら満面の笑みを浮かべるキリさんに対し、怯んだような反応をする西雪さん。だけど満更でもなさそうだ。
実際、(制作した同人誌の内容とタイトルのセンスはともかく)西雪さんの絵は上手い。神絵師と呼んでもいいレベルだ。そんな人が知覚にいるのだから、同じくイラストを嗜む者として相談しない手はない。……まあ、アタシは西雪さんほどの腕はないんだけどね。
「如何なる時も研鑽を欠かさない姿勢……イザクラ先輩は流石だな!」
「アンタはその全肯定botじみた姿勢を少しは改めてもいいんじゃないかしら。キリさんよろしくいつか騙されるわよ」
「え、私騙されるん?」
「ハッハーァ! 心配してくれてありがとうございます! しかしボクがこうして褒めそやし続けるのはイザクラ先輩と姉さんくらいだから安心してくれ!!」
「うるせえ。はいはいどーも」
この大型忠犬後輩はまったく……まあ、慕われるのは悪くないけどさ。
しかし体育祭ということもあってか、いつもより割り増しでテンション高いなこの後輩。急に耳元で叫ばないでほしい……ん?
うるさい銀髪を宥めていると、ルリさんに巻き付かれたまま鎮座しているマトイさん……の隣に座るコマチさんがどこか他所へ顔を向けているのが見えた。
「コマチさん、どうしたの?」
「いいえ、なんでもない、わ」
話しかけると、にっこりと可愛らしい笑顔をこちらに向けてきた。
見てた方向には校舎があるし、学校が気になるのかしら。でもコマチさんは付喪神だし、他に何か意味があったり……なんて、警戒しすぎよね。
ここ二ヶ月連続で変なことが起きてるから、妙な方向に邪推してしまう。呪いだとか神様の暴走だとか、そんなことがそうそう起こるはずかないのに。
……ないわよね?
「……あの、キリさ──」
「そう、絵を描くのに必要なのは被写体への愛です。木々を描きたければ自然を愛し、空を描きたければ青も朱も夜の深い色も愛して描くんですよ……」
「なるほど、愛……人間を描く時はどうするん?」
「それはもう筋肉です! 筋肉を愛し筋肉を理解し筋肉のために描くんですよ。特に男性の太く逞しさのある筋肉はもう素晴らしいものですから!」
「たしかに力強いと格好いいよねぇ。あ、でも私は細身なんも良いと思うんじゃけど……」
「そちらも良いですよね! どれが良くて悪いとかではなくて、全部が全部良いんですよ男性の筋肉っていうのは……!!」
一応、土地神様に訊いておこうかと思って目を向けると、何やら同人作家先生と話が盛り上がっているご様子。
うむ、これは邪魔できない……というかちょっと入りづらいわ何の話してんだ二人とも。つーか西雪さんのテンションおかしくない? ……後であらためて絵に関する話をしようかと思ったけど、やめた方がいいかしら。
仕方ない。ならこっちの怪奇、布だらけ人間に話を聞こう。
「マトイさ──」
「そろそろ離れてくれンかねェ。呼吸無しに話すのも限界があるンだぞー」
「ちなみにマトチャンはどのくらいNot Breathingいけンノ?」
「五時間が限界だな。動き回ンなら三時間」
「おねえさま、布の方が困っている、わ。そろそろ離してあげましょ、う?」
「そうそうお困りですのよお姉様ァ。つーかアンタにゃ応えられンって前から──」
ううむ、こっちはこっちで盛り上がっていらっしゃる。
……哺乳類としてありえない無呼吸活動時間が聞こえた気がするけれど、そこは聞かなかったことにしよう。もう人間じゃないだろコイツ。
それはさておき……キリさんもマトイさんもこの様子なら大丈夫そうね。心配して損したわ──
「───おーい!」
「戻ったぞーっと」
心の中で軽く溜息を吐いていると、聞き慣れた男達の声が聞こえてきた。




