8話 土地神様と僕らの帰り道
「あ、話終わった? ンじゃ帰ろうか」
血気盛んな会議を終えて教室を出ると、廊下の壁に背を預けたマトイさんとキリさんが僕らを待っていた。
せっかくだから一緒に帰ろうと思ったらしく、会議が終わるまで近くで待機していたようだ。
……さっき頭の中に聞こえたキリさんの声、気のせいじゃなかったのか。
そんなわけで僕らは揃って下校することになり、今は仲良く固まって下校している所である。
「全員揃って帰るのって何気に珍しいよね」
「ソレに今回はキリチャンとマトチャンが一緒だもんネ。モモシロイ感じー」
「ふむ、たしかにキリさんの太腿は白いだろうな」
「え? あ、はい。多分……」
「天誅」(ゴスッ)
「俺の可愛い膝小僧がとても痛い!!」
「Oh, Descriptive words」
皆で和気藹々としながら列を成して歩く。
いつもの四人組にキリさんとマトイさんが加わって六人。広い道を歩いているとはいえ、流石に全員横広がりで並ぶわけにはいかないので、自然と縦二列のような形になっている。
なんだか新鮮な気持ちで会話していると、隣を歩くマトイさんが話しかけてきた。
「今日はありがとね。キリのコト、案内してくれて」
「あ、いえ……お礼を言われるようなことは何もしてないですよ」
「そうねぇ。案内らしいことは全然してないし」
謙遜などではなく、事実として案内なんてほとんど出来ていなかった。
放課後とはいえ時間もそうなかったし、途中で雑談に興じていたらクラスメイトがやってきて連れて行かれちゃったもんな。
「いやいや、充分楽しかったよ」
「そりゃヨカッタ」
「マトイさんの方はフキと何の話を……ってそうだ。コイツに何吹き込んだんですか」
「あん? 何の話だ?」
「いや、なんかマトイさんのアドバイスで作戦を思いついたって言ってただろ。それもかなり危なっかしいのを……」
お陰様で我がクラスはラフプレー上等な危険溢れる軍団になってしまった。そうなってしまった理由はそれだけじゃないけど、一応マトイさんにも責任の一端があるとするなら問いただしておかねばなるまい。
「ああ、その件は助かったぜ。おかげでクラスを優勝に導けそうだ」
「大したコトは言ってないよ。オレはただ、ルール外で妨害をすれば敵を弱体化させて戦いを有利に運べるって話をしただけだから」
「謙遜すんなよ。実現はできないがアンタの言った手法……『グラウンドにトラバサミを仕込む』とか『ゴール前に剣山入りの落とし穴を仕掛ける』とか参考になったぞ?」
「弱体化っていうか明確に殺しにかかってるわよねそれ」
「戦場ではいかに相手を有効的に潰すかが勝利の鍵だからサ」
いや潰すて。
体育祭は学校行事であって戦場じゃないはずなんですけど。
そんな話をしているうちに十字路に辿り着いた。
イザとフキの家の方向や隣町に行くのならちょうどここが分かれ道となっている場所だ。
「それじゃあアタシ達はこっちだから」
「うん。フキもイザもまた明日」
適当に別れの挨拶を交わすと、イザとフキは離れていった。
二人を見送ったところで僕らは再度歩き始めた……って、あれ?
「マトイさんは行かないんですか? たしか隣町でしたよね?」
「あァ、少しキミらと話がしたくてね。少し時間貰ってもいい?」
「いいですよ……あ、ちょっと待ってください。この後皆で映画見る予定なんで、できれば手短にお願いします」
「映画? 何の?」
「ほら、例の同人誌の原作の……」
「あァ、『ダンタリオン・ゲーム』ね」
「あ、マトチャンも知ってんだネ」
キリさんがよく読んでいるBL本は、いわゆる同人誌と呼ばれる二次創作物である。しかしその元ネタとなっている原作漫画、『ダンタリオン・ゲーム』を見たことが無かったということで、最近買って読んでみたところ見事にハマったらしい。
原作はBLではなく、イケメンたちが活躍するバディ系のブロマンス作品で、実写化も果たしている人気作。同人誌から入ったキリさんとしてもかなり満足のいくものだったようだ。
そんな作品のアニメ映画がサブスクリプションで配信されるようになったので、今度サラを含めて三人で一緒に見ませんかとお誘いしたのである。その約束の日が今日というわけで、後で家に帰ったらリモートで同時視聴する予定だ。
「どうせなら今日みたいな平日じゃなくて休みの日の方がいいとは思うんですけどねー」
「だ、だって早う見たいんじゃもん」
「セッチャンは他の映画も見たンダッケ?」
「実写の方だけどな。あれも面白かったし、そのうち見るか……ってすいません、話が脱線しちゃって」
「大丈夫大丈夫。そういうコトならサッサと済ませるよ」
そっちのけで次の予定まで立て始めてしまっていると、マトイさんは『気にしない』といった風体で肩をすくめた。
うーん器が広い、と敬服の念を抱いていると……突然僕とサラの背後を取ってきた。
『えっ何、瞬間移動?』と驚くよりも先に「ちょっと失礼」と言って僕らを両脇に抱えて──
ビュンッ
──という風切り音と同時に、突風を受けたような感覚が僕らを覆った。
「うおぉ!?」
思わず声を上げて目を瞑る。が、風は一瞬で止んだ。
それからすぐに目を開くと……周りの景色が変わっていた。
いや、変わったというか……めちゃくちゃ見慣れた境内が目の前に広がっている。どう見てもキリさんの祀られてる榎園家の神社だ。
は、え……ど、どういうこと? 今の今まで、学校帰りの通路にいたよな?
「……どうなってんのこれ」
「テ、Teleportation!? スゲェ!」
「いや、アンタらを抱えてここまで跳んだだけ。早めに話済ませるならこの方がいいでしょ」
マトイさんは混乱中の僕らを降ろすと、当たり前のように答え合わせをしてきた。
またシレッととんでもないこと言い出しやがりましたよこの布巻き巻き。跳んだって何だ本当に。
「ま、マトイ速い……なんで私より先に着いとるんよ」
さらに混乱していると、今度はキリさんが後ろから現れた。二人とも速いとかのレベルじゃねえっす。
いやまあ、土地神様が自分の土地内を一瞬で移動できるのはなんとなく理解できる。けど、マトイさんはどうなって……よし、これ以上考えるのはやめよう!
「キリさんも来たし話の続きですね」
「何のおハナシだっけ?」
「マトイさんから話があるって話だから今から話されます」
「Oh, なんかよくわかんナイネ!」
「僕も言っててそう思った」
「相変わらず二人とも順応早いね……」
やだなあキリさんったら。急に褒めないで下さいよ。
「こっちしちゃ話が早くて助かるがね。今から話すのは基本的には土地神の御役目に関する話とかの色々……まァ仕事の打ち合わせみたいなモンだよ」
「キリさんのお役目っていうと……管理している土地を護ったり、でしたっけ?」
土地神様という存在が普段何をしているのかというのは前に少しだけ聞いたことがある。
たしか災害を食い止めてたりするとかなんとか言ってたような気がするな。
「正確に言うなら、土地の守護と管理じゃね。前も言うたけど、災害……人ならざるものによる危害からなるべく住民を護ったり、異変を解決したりすること。それと……」
「土地内で亡くなった人間の魂の浄化、あの世への案内……その他諸々ってトコだな。簡単に言や雑用と事務作業だ」
「スゲー雑にまとめたナ」
雑というかかなり安っぽい表現になってしまっている気はするが、正直分かりやすい。
神様ってこう、基本的に見守ってることが多いイメージだったけど……結構大変そうだな。
「異変はそうそう起こらんけど、亡くなった人達の魂の処理が面ど……ちょっと難しくてね。一度にたくさん来た時とかもう……」
話していくうちにキリさんの表情がどんどん陰っていく。
どうやら事務職は神様もきついらしい。仕事疲れのOLみたいな哀愁を感じますね。
「キツイかもしれないけど、それが役目だからな。それにどの魂も平等に人間で、想いの塊だ。あの世であれ、来世であれ、待つヤツがいる。だからどれ一つとしてぞんざいに扱ったらダメだってのはキリも理解してるハズだから、キミらも安心して死んでね」
「なんつー縁起でもないこと言うんだアンタ」
「あ、はい。もちろん理解しとります、はい」
物騒なことを言うマトイさんに呆れた目線を寄越していると、キリさんが隣で少しだけ顔を引き締めた。
今明らかに油断した顔して……いや、気のせいということにしておこう。
「で、そのお役目の話と僕らがどう関係するんです? 土地神様の仕事の話なら特に関係なさそうなもんですけど……」
「や、関係あるよ。だってキミらの隠し事が関わってるからね」
「隠しゴト?」
言葉の意図が分からず、サラと揃って首を傾げる。
隠し事……一体何のことだろう。
人間、隠していることなんていくらでもある。自分の恥ずかしい経験とか、話したくないことはいくらでも隠すってもんで……ん?
「どうしたサラ」
「……なんでもねーワヨ?」
サラに思い当たる節がないか訊こうと視線を向けると、何故か顔を逸らされた。
頬が気持ち赤い気もするし……何か思い当たる節でもあったのだろうか。
「あァ大丈夫。サラサンが考えてるコトとは違うから安心しな」
「え? マトイさんはサラが何を考えてるか分かるんで──」
「じゃあセッチャンがフキとイヤラシな本を交換してるコト?」
「うん、人の秘密を勝手に言わないでね?」
答えを聞こうとしたら遮られるようにサラに秘密を暴露された。おのれ。
たしかにフキと定期的にアレな本を交換し合っているけど、健全な思春期男子として許してください。
「残念ながらそういうのでもない。もう少し真剣な話サ」
「待ってください。僕らの保健体育の教科書取引が真剣じゃないとでも?」
「わ、ワタシノだって真剣ダヨ!?」
「悪い悪い、とにかく違う話だよ」
僕らの憤りを適当に流すと、マトイさんは振り返ってこちらを見た。
布の隙間から左目……赤い瞳が光るように僕らを捉えている。
結局、なんの話をしたいのか分からない。もう少し分かりやすく言ってくれないものだろうか。
そんな抗議の視線で見つめていると、マトイさんは後頭部を軽くかきながら溜息を洩らした。
「正直なところ、触れていいのか分からない話題だけど……あえてストレートに言おうか。セキサン、アンタ──
──フキザキサンとイザクラサンの下の名前、言える?」




