7話 2-Aクラスと教師の陰謀
『──ですから、勝てたら本当にバーベキューへ連れていきますよ』
『ええ、きちんと予算の伝手もあります』
『そうですか……しかし、これはどうなんでしょう。生徒達の気分を上げるのはいいとして、一番は参加する全員が楽しめることだと思います。なので、一位のクラス以外にも何か補填すべきでは?』
『いやいや、流石にそこまで予算を割くのは難しいですよ。それに、公平な勝負の上での順当な報酬だと思います』
『はい、これは生徒たちの公平な競い合いですから。ただし──
───我々、教師チームの加点は他の10倍になっていますがね』
『やりすぎではないですか?』
『落先生、そんなことはありませんよ。私達は既に老いた身で、生徒達の方が体力もある。このくらいのハンデがあって然るべきでしょう』
『そうでしょうか……? それで教師陣が優勝してしまうと、どうなるんですか』
『当然、優勝チームに権利が渡るのですから……ねえ?』
『そうそう。むしろ、そのくらいの壁がある方が生徒達も燃えるというものでしょう』
『壁が高すぎるとやる気が削がれそうなものですが……いえ、参加しない私があまり口出しするものではないですね』
『落先生は足を怪我しておられますからね。ご無理はなさらないでください』
『ええ、ええ。それにその懸念は尤もですが、きちんと他の案も考えてありますので大丈夫ですよ』
『『はっはっはっはっは───』』
───ピロンッ。
──再びクラスメイト全員が集められた2-A教室の中心で、スマホに記録された音声の再生が終わった。
全員が静まり返り、教室内が静寂に包まれる。その中で重々しく口を開いたのは、僕達を呼び寄せたクラスメイトの男子だった。
『……さっき校長室の前を通りかかったら、体育祭の話をしてたんだ。何話してんのか気になったけどよく聞こえなくて、録音してみたら……』
その言葉は最後まで続くことはなく、沈むようにかき消えていった。
俯き、床に零れ落ちる雫。そして……その拳は固く握りしめられ、打ち震えていた。
そんな彼の姿を見た周りの皆は、励ますように無言で肩に手を置いた後……
『『『あのクソ教師共がァァァ───ッッ!!!!』』』
凄まじい勢いで爆発した。
『何が公平じゃクソボケがァ!』
『ボケかましとんちゃうぞカス共ォ!』
『殺せぇ──っ! 落先生以外』
『職員室に火を放てェ──ッ! 全て燃やしてしまえェェ! 落先生以外』
『落ち着きなさい! 今の声は校長と教頭よ! 燃やすなら校長室だわ!!』
『『なるほど、そうか!!』』
『待て! 証拠が残るとまずい! 実行するなら濃硫酸で解かせる装備で固めろ!!』
『もうそれ硫酸に直接校長と教頭突っ込んだ方が早いんじゃねえか?』
『『天才か?』』
クラス中が怒りでひしめき合い、方々から物騒な会話が飛び交う。証拠隠滅まで視野に入れている辺り流石は進学クラスといったところだろうか。
ただ、その気持ちも分からなくはないし、僕としてもかなり頭にきている。成長期真っ盛りの高校生に餌をちらつかせて闘争を煽っておきながら、実際には勝たせる気がないだなんて到底許せることではない。
「お前ら落ち着け、硫酸じゃ人体は溶けねえぞ」
「それに証拠が残るとまずいしな。でも他に案はあるのかフキ?」
「そうだな……校長教頭を細かくバラして海に撒けば……」
「明確な犯行案を出すのはやめなさいっての」(ベシッ)
科学的知見に基づいた助言を出していた僕とフキの脇腹をイザがどついてきた。そこまで痛いわけじゃないけど地味に痛い。
「冷静になりなさい。たしかに校長共に腹は立つけど、妙な事をしたら肉どころの話じゃなくなるわ」
「そうは言うがなチビ助殿。あ奴らの考えは生徒に対する明らかな裏切りでござる。彼奴らを誅せずして何と戦ゑと云ふのか」
「おい叩きどころ悪くてバグってるぞコイツ」
「誰がチビだコラ」(ゴスッ)
バグって武士みたいな口ぶりになっているフキの脳天に筆箱が振り落とされ、そのまま無言で床に沈んだ。古いドラマや映画で見る家電の直し方だな。
そんな沈静化行為とイザの声掛けのお陰で、僕やクラスメイトの連中は一旦落ち着きを取り戻した。まだざわついてはいるけど、他の皆も殺意MAXモードではなくなったみたいだ。
『しかし校長共を殺……叩けないとすればどうする?』
『他のクラスにも事情を説明して署名活動でもする?』
『音声をネットに流して炎上させりゃいいんじゃねえの』
『待て待て、あまり大ごとになると体育祭自体が無くなるぞ』
「そーなったらBBQもなくなるカモ?」
『『『それは困る』』』
あ、そこは満場一致なのね。全員肉食系が過ぎる。
とりあえず全員思い止まったはいいけど、当然ながら不満は募るばかり。
さて、実際ここからどうしたものやら……。
「……一つ、俺に考えがある」
皆で悩んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
揃って振り向くと……いつの間にか復活して教壇に立っているフキの姿があった。どうやら正気に戻ったようで、昨日と同じく不遜に腕を組んでいる。
そして、そのまま続けた。
「まず、今回の件だが……他言無用とする。他のクラスにも、家族にもだ」
『『『なっ───!?』』』
声を出そうとするクラスメイトに対し、フキは無言で手のひらをこちらに向けて制止した。
全員を見据えるように目を向けてから、さらに続ける。
「お前らの気持ちは分かる。俺もできることなら奴らを八つ裂きにしたり、グラウンドに埋めたり、縛ってぶら下げて髪の毛を毟り取ってやりたいと思う。だが、俺達が事を起こせば奴らは逃げる。そして確実に俺達の食う肉はなくなるだろう」
フキの猟奇的な言葉に全員が押し黙っている。
ヤツの言う通り、たしかに校長達は狡猾な大人だ。情報漏洩に備えて逃げる算段がついててもおかしくはない。
『だが議長! このまま泣き寝入りすると言うのか!』
『そうだ! どちらにせよ、このままじゃ我々のBBQは無くな──』
「静まれい!!!」
再度ざわつき始めた皆に対し、フキが険しい表情で大声を出した。
「昨日言っただろう! 俺達の目標はなんだ! 勝利して肉を食う!! ただそれだけだ!!」
フキの言葉に、皆の顔がハッとした表情になった。
そうだ。僕らのすることなんて、最初から決まっていたじゃないか!
「配点が10倍? 公平でない? ……なら、その条件ごと抱きかかえて、教師共を叩き潰せばいいだけだ! 違うか!?」
力強く放たれる言葉に皆聞き入っている。
その胸の内を怒りで燃やしながらも、冷静かつ気合の入った声。その力強い言葉は真っ直ぐなもので、だからこそ心打つものがある。
そうだ、どれだけ相手が卑怯であろうと、それは得点の話。ルール上の変更がないのなら、僕達は全力で戦いに勝てばいいんだ。
正々堂々と打ち破る。基本的かつ単純な事とはいえ、これ以上ない答えだ。
皆を冷静にし、いち早くそのことに気が付くなんて……流石は冷静沈着で頭の良い僕の自慢の親友──
「無論、お前らが奴らに直接手を下したいという気持ちも発散させてやりたいと思っているからな。そこで、ちょうどいい作戦がある」
───……ん?
「教師が出る種目の中には身体の接触機会が多いものもある。なので……ギリギリ事故だと言い張れる範囲のラフプレー、及び盤外戦術によって故障を狙う!!」
「「待て待て待て待て」」
すごいキメ顔ですごいことを言う馬鹿の議長にイザと一緒になって声を出した。
前言撤回。コイツ冷静じゃないです。
『そ、そうか! 競技中の事故を装えば奴らに直接攻撃が可能だ!』
『そこに気が付くとは……やはりお前を議長に選んで正解だったぜ、柊崎!』
不正解だろ。
「ふっ……いや何、恥ずかしながらこの作戦の立案者は俺じゃない。マトイの言葉から着想を得たというだけだ」
おい何してくれてんだあの疑似ミイラ。
『実行するにしても、タイミングは考えないといけませんね』
『勿論だ。やりすぎるのは流石にまずいし、あくまで偶然を装わないといけないからな』
『むしろわざとらしいくらいでもいいんじゃない? そうすれば他のクラスも後半実行してきて私たちの責任が有耶無耶になるわ』
方向が定まったことで収まりかけていた皆の攻撃性が一点集中し、即座に作戦を立て始めている。あまりにも行動が早い。
「皆あの馬鹿の言葉に乗せられてるわねぇ……」
「ヤル気があるのはイイコトじゃナイ?」
「やる気っつーか殺る気だけどね」
ラフプレーを含めた作戦会議を始めてしまった皆から少し距離を置いて、サラとイザとの三人で頭を付き合わせて話す。
うちのクラスの奴ら、危険人物が多すぎない? 本当に進学クラスか疑わしい治安だ。
「……ま、別に止めなくてもいいんじゃない? クラスのモチベーションが高まってんならそれはそれでいいでしょ」
「モチベーションって言っていいのかコレ?」
どちらかというと高まっているのはフラストレーションではなかろうか。
しかしイザの言う通り、暴力的ではあるけど一応クラスの士気はかなり高まっている。それに……危うい作戦とはいえ、意図的と判断できない程度に仕掛けるのならルール上の問題は無いはずだ。体育祭に多少の怪我は付き物だし、無理に止める必要はないか。
《あるじゃろ》
なんか頭の中にこの場にいない筈の土地神様の声が聞こえて来た気がするけど無視しておく。多分気のせいだろう。
とにかく、体育祭へのやる気が上がること自体は悪いことじゃない。多少血生臭いとしても誤差の範囲だな、うん。
「よし! 方向性は決まったな。では皆、油断しないように細心の注意を払いつつ、奴らを潰すぞ!!」
『『『オオーッッ!!!』』』
こうして二度目の集会を終えた僕らはさらなる闘志に燃え、体育祭への意気込みを新たに決起した。
……他の皆はともかく、僕らは僕ららしくやろう。
そう考えながら、血気盛んなクラスの連中の背中を眺めるのだった。




