6話 土地神様と高校見学 その三
「先程は大変ご迷惑をお掛けしました……」
時は経ち、放課後の中庭。
僕らの前で綺麗な直角を描くように腰を折って白い頭を下げる土地神様の姿がそこにはあった。
「いやいや、顔を上げてください」
「アレは誰が悪いとかじゃないでしょ。どっちかっていうと……」
イザがチラリとキリさんの隣にいる布人間へと視線を向ける。
うん。言いたいことは分かる。
「まァそうだな。火種はオレだし、キリの事をもうちょっと考えてればよかったわ。ゴメン」
「ま、マトイのせいじゃないって! マトイは私が来ると騒ぎになるけえって止めとったのに、こっそり飛んできたけえ……」
「マーマー、もー終わったコトだし責任とかは考えナクてイイデショ!」
いつの間にか二人の背後に回っていたサラがベシベシと背中を叩いた。
彼女の言う通り、気にしすぎても仕方ない。この話はこれで終わりで良いだろう。
「ところでキリさん、その服似合ってますね。付き合ってください」
「えい」(ゲシッ)
「痛ぇぁりがとうございます!」
フキが流れるように告白すると同時にイザが脛を蹴り、お礼を叫んだ。
嬉しそうに脚を抑えて悶絶する馬鹿はともかく、今言われたように今日のキリさんはいつもの着物ではなく、Tシャツにロングスカートという現代的な服を着ている。
これ、たしか前に僕とサラとの三人で出かけた時に買った時の服だな。フキの言葉を借りるわけじゃないけど、シンプルながらよく似合っていると思う。
「キリさん、着物以外も持ってたのね」
「ワタシとセッチャンで選んだヤツでしてヨ!」
「へェ、似合ってンね」
「そ、そうかねぇ……?」
マトイさんから軽い賞賛を受けたにも関わらず、キリさんは困惑気味に笑みを浮かべた。
ホントこの神様、自信がないんだよな。似合ってるのに。
「で、マトイの野暮用ってのはなんだったんだ?」
「知り合いがここで教師やってンだけど、校門に飾る体育祭の看板やらが古くなってきてるから新調するのに呼ばれてたのサ」
「その作業もすぐに終わったけえ、一緒に図書室? に行って本読みよったんよ」
「アンタ仕事クソ早えもんな」
「ということは……昼から今まで図書室にいたんですか?」
「うん。色んな本があって面白かったよぉ」
あら良い笑顔。可愛い。
ご満悦なキリさんに癒される。怖いつったの誰なんでしょうね。
「つまり今はおヒマってコト?」
「そうじゃねえ。色々見学してみようと思っとるんじゃけど……」
「じゃあ僕らが案内しましょうか。こっちも暇ですし」
「ならアタシもついてくわー」
あれ? イザは部活じゃ……ってそうか。体育祭前だから休みなんだっけ。なら問題ないな。
それじゃあどこから案内しようかな、と思っているとフキが小さく手を挙げた。
「じゃあコイツらが案内してる間、ちょっとマトイを借りてもいいっすか? 個人的に少し相談したいことがあるんで」
「え? あ、はい。大丈夫じゃけど……」
「じゃァ適当にぶらついた後、また合流ってコトで」
後のことを適当な感じで軽く決めると、フキとマトイさんは食堂の方へ向けて歩き出した。
合流ってどうすんだろ。まあ、キリさんとマトイさんならどうとでもなるか。
「じゃあ僕らも行きましょうか」
「Let's Go Go!」
「あ、うん。じゃあマトイ、また後でえぇぇ……」
早速キリさんの両手を僕とサラで掴み、引きずるようにしてフキ達とは逆方向へと突き進んだ。
〇〇〇
「──ここが大講堂です。複数クラスが同時に授業を受ける時なんかに使う場所ですね」
「はぇー……天井が高いねぇ」
フキとマトイさんの二人と別れた後、僕らは学校の敷地内を巡ってキリさんに順番に紹介していった。
まずは外のグラウンドの場所から始まり、部活棟や飼育小屋、その後校舎に戻って保健室、化学室、音楽室……と、色々な場所へと連れ回す。その道中、どこに行っても物珍しそうな顔であちこちを見回すキリさんを見る度、僕らは和やかな気持ちになった。
「……やっぱり……」
「どうしました?」
「あっ、いや……いろんな施設があると思って! 他の学校もそうなんかね?」
「どうでしょうね。この学校は特に広いんで、ちょっと特殊事例かもしれないです」
「そもそも敷地がデカいのよね。その辺の大学よりあるんじゃない?」
イザの言う通り、僕らの通う林泉高校はやけに敷地が広い。そのせいか校舎が大きいだけでなく、敷地内の施設なんかもやけに多いのだ。
今僕らがいる本校舎、体育館が二つ、グラウンドが二つ。それから旧校舎を改装した部活棟……他にもいくつかあるけど、あまり僕らには関わりのない所も多いのでそこは割愛するとしよう。
「へー……迷子になりそうじゃねぇ」
「実際、入学したての時はちょっと迷ったわよねー」
「ソーソー。チョットしたLabyrinthですワヨ」
思い出話に花が咲き、女子二人が頷き合っている。
迷う気持ちはすごく分かる。入学当初は僕もイザやフキと一緒になって迷ったこともあったっけな。
「それでキリさん。ここまで色々案内しましたけど……どこか気になるところでもありました?」
「ん? どういう意味?」
「いや、なんかさっきからどこかを気にしてるような感じがしたので……」
僕の指摘に対し、キリさんは少しだけ目を見開いた。
というのも、本校舎の中を歩いている間、彼女は時折視線をどこかに向けていた。僕達が説明している時も集中しきれていない様子だったのだ。
「あ、うん。その、ちょっとだけ気になるゆうか、その……」
「さっきマトイさんと来る前、図書室で見つけたBL本を読んでる途中だったとかそんなとこでしょ」
「LibraryにソーユーBookってあるノ?」
「僕もあんまり行ったことがないから図書室の蔵書には詳しくないけど、純文学でも同性愛を描いたものって案外あるらしいよ?」
「待って。皆私を何だと思っとるんよ」
「オトコノコがイッパイ出てくる漫画好きなカミサマ」
「BL大好き土地神様」
「腐れ神」
「くっ……何も否定できん……!」
事実でしかないですからね。
「冗談はさておき、実際なんかありました? よかったら案内しますけど……」
「あ、ありがとう。なんでもないけえ大丈夫よ、うん」
「そうですか。……で、本当のところは?」
「この前マトイが来た時に言っとった通りじゃと思って……はっ!」
誤魔化されそうだったから雑に振ってみると、なんか勝手に喋ってくれた。
毎度単純すぎて色々と心配になりますぜ。
「って、マトイさん? 何の話です?」
「あ、いや、ええっとぉ……」
気になって問いかけると、キリさんの目が慌ただしく泳ぎ始めた。マジで誤魔化すの下手なタイプだなこの神様……。
前にマトイさんが来た時というと、僕らの特訓の日のことだろうか。あの時に何かあったのかな。
そういえばあの日のマトイさんはやけに服が汚れていたような……。
「まー待てセッチャン。言わナイコトを聞くノはヤンボってヤツじゃナイかネ」
「『野暮』ね。まあそれもそうか……すいませんキリさん」
「あ、う、うん。……ごめんね」
軽く頭を下げ合いながら、扉を開けて廊下へ出る。
気にはなるけど、深追いするのは紳士のするべきことじゃない。気を取り直して、案内の続きをするとしよう……あっ。
「フキとマトイさんだ」
「え、どこ?」
「食堂のトコでなんか話してるネ」
「あ、ほんまじゃ」
うちの校舎はコの字型になっていて、大講堂はその中央部分に当たる場所にある。廊下も開放型なので、中庭と校舎が見渡せるのだ。
そんな講堂前のベランダ式廊下から東棟一階の奥を見てみると、食堂の近くで話している二人の姿が確認できた……あ、マトイさんの持ってるジュースが噴出した。
遠目でも分かるくらい派手に濡れてるけど大丈夫かな。あの布、水に濡れると顔に貼り付いて苦しいと思うんだけど、息できてんの?
「ふふ、何やっとるんよ、もう……」
「アハ、楽しソだネ」
「アタシ目悪いからよく見えないんだけど、あの二人なんかしてんの?」
「マトチャンSummer Fes Mode」
「ごめん全く分からないわ」
「ふぇす……は分からんけど、今は濡れとる顔の布を外さずに上着脱いで振り回しとるよ」
「何してんのあの人?」
上着をぶん回している姿は夏フェスの観客の如し。あの人結構愉快なところあるよな。
フキ達の様子を皆で見て色々言い合う中、食堂の手前……東棟へと目を向ける。
それぞれのクラスの教室や保健室、職員室なんかがある棟で、僕らの所属する2-A教室も収まっている所だ。
そしてその端には……非常階段も備わっている。
(……もう半年以上経つのかー……)
ふと、頭の中で呟いた。
思い出したのは去年の出来事。いや……厳密には思い出せていない、か。
「……」
ゆっくりと瞬きをして、すぐに頭を切り替える。
ええい、やめやめ。せっかくキリさんもマトイさんも来てるわけだし、暗い話題を掘り返すものじゃない。明るい気持ちでいる方が楽しいってもんだよね。
ああでも、二人にあの事を相談するのもあり……なのかな? さっき教室でやったことを考えると、解決できそうな気もするし。
ただ、見学で楽しそうにしてるところに水を差すのもなぁ……。
「Wabe Handしたら気付くカナ? オーイ!」
「いや、流石に分からないんじゃない? 結構遠いし気付かないでしょ」
「あ、向こうも手振っとるよ」
「どうなってんのよマジで」
サラが元気よく右手を振ると、フキとマトイさんが応えるように軽く手を振ってきた。
それを見て、キリさんもクスクスと笑いながら小さく手を振り始めた。
(……うん、やっぱりやめとこう)
楽しそうにしている三人を横目で見ながら、あらためて考える。
あの件は僕個人の問題だ。それに怪異なんかが関係していないことでキリさん達に頼るのも何か違う気がするしな。
「……ん?」
自分の中で結論を出していると、視界の端に気になるものが映った。
ものというか、人だけど。あれは……。
「──え、サラ?」
思わず声を出してしまった。
東棟の四階、三年生の教室が並ぶ廊下の辺りに見慣れた赤毛に似た人物が見える。しかし、彼女は今僕の隣に……。
「ン? セッチャン呼んだ?」
「え? あ、いや……」
驚いて振り向くと、見慣れた赤毛の美少女フェイスが小首を傾げるのを確認できた。
どういうことだ、ともう一度東棟へ目を向けると……人影はいなくなっていた。
(見間違いか)
多分、残っていた生徒の人影と夕陽の赤色が合わさってサラのように見えてしまったのだろう。ここからだと遠くて見えづらかったしな。
しかし、一瞬サラが分裂したかと思って焦った。いやできないか。キリさんじゃあるまいし。
「……キリさんもできないか。いやでも、前に液状化したりしてたし、土地神様ならあるいは……」
「何ブツブツ言ってんのよ」
「セッチャン、悩みゴトかい?」
「いや、なんでもないよ。それより次はどこに──」
『──あっ! アイビキ、ちょうどよかった!』
次なる目的地について相談しようとしていると、横から声が飛んできた。
振り返ってみると、そこには一人の男子生徒が息を切らして立っている。
彼はたしか、うちのクラスの……名前なんだっけ? まあいいか。
「アイビキじゃなくて相引だっての。何?」
『議長……柊崎を見てないか!? 体育祭の件で大変なことが判明し──誰だそこの真っ白美人は!?』
クラスメイト男子はキリさんの姿を見て目を剥いた。
昼に教室で騒ぎになった時、キミもいたような気がしたけど……って記憶飛ばされてるんだったな。あ、キリさんサラの背中に隠れんの早っ。
「この人はただの見学だから気にしなくていいわ」
「ソレより、大変なコトって?」
『ああ、井櫻さんと榎園さんも……ソービキって美人に囲まれてること高くないか?』
「話が進まないからそこは一旦置いとけ」
『それもそうだな。その、実は──』
それから名前も覚えていない男子は、落ち着かない様子で事情を話し始めた。
そして話を聞いた僕らは……
「「「……はぁ!?」」」
困惑と怒りが混じったような、大きい声を上げたのだった。




