5話 土地神様と高校見学 その二
「どうしてこんなことに……」
作戦会議を終えた次の日。
昼食を食べた後、イザが絶望した顔で呟いた。
「どうした雑魚。昼時に辛気臭え顔すんなよ」
「いやアンタのせいだから。なんなのよ昨日の気色悪い演説はぁ……」
僕の隣でペンを走らせているフキが憎まれ口混じりで訊くと、イザは苛立ちを隠そうともせずに低い声で睨んだ。
そんな彼女の視線をフキは涼しい顔で流している。
「全員の士気と俺の評価を上げるためだ。致し方ないだろう」
「打算的だな……。けど実際士気はかなり上がったし、良い演説だったんじゃないかな?」
「無理に上げなくてもいいじゃない! 堅実に勝って肉を食べられるならそれでいいじゃないのよぉ……」
「マーマー、どっちにしテモ勝つならミンナ努力はヒツヨーなんだからガンバローヨ」
落ち込むイザを励ますように背中を叩くサラ。
優しい声掛けだが話していることは正論だ。逃げられんぞミジンコ。
「つーかお前の実力も加味して出る種目減らしてんだからいいだろ。しかも比較的楽なのばっかだし」
「まあ運動能力を考えるとどうしてもねぇ……」
「その目やめて。普通に憐れまれるのが一番心にくるわ」
どうしろっつーんだよ。
顔に影を落とすイザを尻目に教室の後ろの壁に掲示してある出場表に目を向けると、それぞれの種目に出場するクラスメイトの名前が記載されている。
あらためて見てみると、クラス内で最も運動が出来ないであろうイザを補うように、最も運動が得意なフキと女子の中では頭一つ抜けているサラ、そして平均より少し運動ができる程度の僕が同じ競技に出る割合が多くなっていた。
……こうして考えると僕らって割とバランス取れてるんだな。
「マーマー、ゼンリョクでやった結果なら誰も責めナイヨ」
「そうそう。僕も出る種目少ないし、一緒に頑張ろうぜ」
「はぁ……そうよね。アンタもアンタで大変だろうし……やるかぁ」
サラと僕の励ましが効いたのか、少し前向きになってくれたようだ。よかったよかった。
「それで、フキは何書いてンノ?」
「当日の作戦を少し考えてんだよ。体のいい言葉は吐いてやったが、他のクラスには運動部が集まってるとこもある。団結力だけじゃ当然勝てねえだろうからな」
「たしかに……」
フキの言う通り、運動部所属の生徒が多いクラスもある。特にDクラスなんかは男女共に半数以上が運動系の部活をしているから、体育祭においてはかなりの強敵となるだろう。
「どういう作戦考えてんのよ」
「フッ……よくぞ聞いてくれた。当日、主だった戦いになるのは午後からだ。その前に事前準備をするのさ」
「事前準備?」
「当日の演目順、昼食前には一年と三年の演技種目が連続している。おあつらえ向きにも俺達二年生はその間暇になるのさ。そして、全員の水筒は学生用テントに置いておくことになっている」
「ええっと……それで?」
「まあつまり簡単に言うとだ。一年と三年が演技及びその準備に取り掛かっている間に俺達のクラス以外全ての生徒の水筒に下剤を盛って出場させなく──」
「「ふんっ」」(ビリィッ!)
「俺の完璧な計画書が!?」
フキがとんでもねえことを言い切る前にイザと一緒に手元の紙を奪って破り捨てた。
昨日あれだけ綺麗ごとを並べておいてなんと恐ろしい作戦を考えるんだこの議長は。リコールしろ。
「馬鹿の作戦はともかく、やっぱり純粋なぶつかり合いになりそうだね」
「ガンバローネ、イザ!」
「はぁ……気は進まないけど、やるしかないか……」
「まァ多少気楽でもいいンじゃねェかな。何事も楽しむのが一番サね」
「そういうこったな。気負い過ぎなくてもいいさ」
「そうね。やるだけやってみるわ……頭撫でんな」
諦めたかのように覚悟を決めたイザの小さな頭を三人で撫で繰り回す。どうあれ、前向きなことを言えたのは偉いぞ。
…………いや待て。なんか今、声が一人多くなかった?
その事実に気が付いた瞬間、全員で窓の方へと振り返ると……
「こんにちは」
……そこには、見慣れた布巻人間がいた。
外から窓枠に両腕をかけるようにして上半身を乗り出していて、こちらへ片手を振って呑気に挨拶してきている。
ただ、それだけならさして驚くことでもないのだが……。
「マトイさん!?」
「なんでいんの!? つーかここ3階よ!?」
そう、僕らのいる二年A組の教室は三階にある。そして窓の外に足場等はない。
つまりこの人は教室の窓にぶら下がっている状態なのだ。
「心配しないでも大丈夫。入校許可は取ってるから」
「「違うそっちじゃない」」
首から下げている許可証を見せる布の怪人にイザと一緒になってツッコミを入れた。
たしかに心配してるのはそうだけど、そっちの心配じゃないです。
「マトチャン、なんで学校来てンノ?」
「ちょっと野暮用。あとキリが学校見てみたいって言うから連れて来た」
「我儘言ってごめんねぇ」
「キリさんまで……」
マトイさんの隣から生えるようにキリさんの顔が出てきた。
一体どうなって……ってこれ神通力か。身体光ってるし。
そういえばコントロールすれば自分のことはちゃんと浮かせられるんだったっけ。
『なんか窓のところに誰かいない?』
『何言ってんだここ三階だぞ』
『いや待て、柊崎達のところにマジでなんかいねえか?』
あ、まずい。教室内の人間が気付き始めた。
大前提として三階の窓の外に人間がいるという異常事態なわけだけれど、さらに問題になりそうなのはマトイさんの見た目だ。
顔面に布を巻きまくって顔の見えない不審者ルック。こんな人間(推定)が窓の外から侵入しつつあるような光景、誰が見ても怖いに決まっている。色々とアウトが過ぎる。
どうやって誤魔化したものか……。
『……あれ? もしかしてマトイさんか?』
「おォ、こんにちは。この前振りだねェ」
……ん?
『あら、本当だわ。こんにちはマトイさん』
「こんにちは。お婆ちゃん元気にしてる?」
『え、マジ? マトイさんいんの?』
「いるよー。アンタもこのクラスだったのか」
『マトイさん、この前はありがとー』
「どういたしましてェ」
近寄ってくるクラスメイトに次々と応対し、なぜか口々にお礼を言われていく窓枠のマトイさん。一体何が起こってるんだ。
「なにこれ、どういうこと?」
『いや、この前この人に落とし物拾うの手伝ってもらってな』
『私は祖母を助けていただきまして』
『俺も階段から落ちそうなところを助けてもらって』
『わたしも落ちてきた鉢植えから守ってもらったよー』
『俺も』『僕も』『我も』
話を聞く限り、どうやらマトイさんは僕らやリンギクさん達だけでなくあらゆるところで人助けをしているらしい。
まるで正体不明のヒーローである。……見た目的には悪者側だけど。
意外な交友関係に驚いているうちにマトイさんへ恩義を感じている人間はどんどん増えていき、いつの間にか窓際には大きな人だかりが出来つつあった。そして僕らは人波のせいで元いた場所から随分と離され、気が付くと廊下側まで流されてしまったのだった。
「なんてこった。助けられていたのは俺達だけじゃなかったのか……!」
「クソッ、てっきり僕らだけだと思ってたのに……!」
「Shit... じゃなくて、嫉妬しチャイますワネ……!」
「どこに対抗心燃やしてんのよアンタら」
いや、なんか謎に取られたような気持ちになってつい。
しかし本当にお人好しというか、あの人が底抜けの善人だということをあらためて思い知らされた。この人徳も納得である。
「ていうかなんで誰もあの人が窓枠にぶら下がってることに違和感を持ってないのよ。そこが一番怖いわ」
「「だってマトイさんだし……」」
「それ言っときゃいいと思ってない?」
他にどう言えと?
「つーかマトイはともかく、キリさんは大丈夫なのか? あの神様、文字通り浮いてんだろ」
「「「あっ」」」
『あれ? なんかマトイさんの横に人いません?』
『ホントだ……いや待て浮いてんぞ!?』
『しかも美人だ! 美人のフライング・ヒューマノイドがいるぞー!』
『校内にUMAだとぉ!? どこだー!』
案の定キリさんの存在が見つかって教室がパニックになった。
僕らはすぐに人込みをかき分けてキリさん達の下へと戻った。
「よいせ……っと。おォ、えらいこっちゃ」
「えらいこっちゃじゃないですよ! そりゃ神通力使ってりゃこうなるでしょ!?」
「ミナのモノ、オチツケー! コワイヒトじゃナイヨー!」
窓の外からキリさんを抱えて中に入ってきたマトイさんにツッコミを入れる僕とその横で呼びかけるサラ。
しかし皆の動揺は収まらないようで、ざわめきは広がっていく。
『普通に中に入ってきたぞ』
『ワイヤーとかも着けてないし、マジで生身? ヤバくない?』
『どういう原理だ?』
『と、とりあえず証拠写真を……』
『待て、勝手に撮るんじゃない! 肖像権の侵害となるぞ!』
『じゃあ許可を取ろう。撮っていいですか?』
「駄目でェす」
『ダメだったわ』
『マトイさんに言われたらそりゃダメだ。諦めよう』
……いや、皆意外と冷静だな。
ていうか、なんでマトイさんが生身で窓枠に引っ掛かってたのには突っ込まないのに、キリさんが浮いてる方には興味を示すんだろう。マトイさんの規格外っぷりを考えると仕方ない気もするが。
『しかし本当に綺麗な人だな……』
『容姿はともかく、さっき飛んでたことの方が気になるんだが』
『もしや天使か何かでは?』
「美人で可愛ければそんなもん些細なことだろ」
フキ、お前はこっち側だ戻って来い。シレッとそっちに並ぶな。
そんな話をしているうちにマトイさんをと話をしに来た人だけではなく、美人だのUMAだのと話を聞きつけた野次馬がみるみるうちに増えていき、ちょっとしたパニックになりつつあった。
すごい、ここまで教室に人が密集することってあるんだ。
「どうすんのよコレ。もう誤魔化すの無理でしょ」
「そうだね……どうしようか?」
「……キリチャンダイジョブ?」
「ひいいぃぃ……し、知らん人がいっぱいおる……」
話題の中心となっている当のキリさんはマトイさんの背で震えていた。なんで人見知りなのに学校来たんですか神様。
白い顔をさらに白くさせている土地神様に呆れつつ、実際問題これからどうすればいいか頭を回す。
イザの言うように、ここまでくると下手な誤魔化しはできない。となると、キリさんには一度逃げてもらうしかないわけだが……この状態だし、まともに動けるとは思えない。
こうなったら無理にでもキリさんを抱えて逃げるしかない。
そう思って隣の布だらけ人間へと顔を向けると、
「よしキリ。相引サン達以外に神通力使おう。許可する」
そんなことを言い出した。
キリさんは「え? あ、うん」と少し困惑気味に承諾。その瞬間、止める間もなく彼女の身体がぼんやりと発光し、その光が凄まじい勢いで広がった。そしてそのまま教室内……いや、校内の全てが眩い光に包まれた。
「ちょ、そんないきなり──」
───パンッ。
「え?」
眩しさに目を瞑りそうになったのも束の間、手を叩いたような音が聞こえて光が消えた。すると……
『……ん? なんでこんなに人がいるんだ?』
『なんでこの教室来たんだっけ?』
『マトイさんがいるって話してて……ああそうだ、お礼言ったんだったな』
『なんかよく分からんが戻ろうぜー』
教室内の全員、いや廊下の人達もキリさんが浮遊していた記憶だけがすっぱりと抜け落ちているようで、散り散りに去っていった。
……もしかして、さっきの神通力で記憶を消したのか?
「アレ? マトチャンたちは?」
「え?」
振り返ると、サラの言う通りマトイさんとキリさんの姿が無かった。
イザとフキを見つめるが、二人も行方を知らないようで首を横に振っている。
《あ、あのぅ……》
「ぅおっ」
突然頭の中に声が響き、思わず変な声を出してしまった。
キリさんのテレパシー的なやつか。毎度の事だけどびっくりするなぁ!
《ご、ごめんね? その、さっき力使った時にマトイに抱えられて、今は屋上に避難しとるんよ。落ち着いたら降りるけえ、また後でねー!》
(えっ、あ、はい)
───キーンコーン……。
短めの交信の後、昼休憩終了五分前の予鈴が聞こえてきた。
なんだか嵐のような一幕だったけれど、とにかくなんとかなってよかったと安心しつつ、僕らは次の授業の準備に取り掛かるのだった。
……あんな人数でも記憶を弄れるのか。
影響や範囲を考えると神通力ってマジで怖い。心からそう思いました。




