4話 土地神様と高校見学 その一
放課後の学校。
まだ日が高い時間帯とはいえ、電気の点いていない放課後の教室は少し薄暗く、赤い日差しのお陰でどこか怪しい雰囲気が漂っている。
そんな中、僕らのいる教室の上下式黒板の上部分には『体育祭作戦会議』という白い文字が躍っていた。
「それでは……作戦会議を始める」
未だ着席しているクラスメイト達の前で、教卓に立つフキが据えた目をしながら呟いた。
ヤツは委員長だとかそういった役職ではないのだが、クラスの中では体格が最も良く、運動もできる。運動能力がものを言う体育祭という催しでは中心足り得る存在なので、この場を仕切っているというわけだ。
「まず、以前決めた各競技の出場者はこうだったな」
そう言ってフキは黒板に体育祭のチーム競技とそれぞれに出場する人の苗字を書き始めた。
その所作に迷いはなく、メモを見るわけでもなくスラスラとチョークを走らせている。流石は腐っても成績優秀な優等生(素行は不良)、羨ましい記憶力だ。
「競技には全員参加が前提条件。だが、どの競技に誰が出るかはクラス毎の生徒に決定権がある。そしてその期日は明日の昼まで。……つまりチームを再編成するのなら今この時が最後のチャンスというわけだ。そこで俺は二つの作戦案を考えてきた」
フキは全ての競技と名前を書き終えると、黒板をスライドさせて作戦会議の文字を消し、さらに続けて『A』と『B』という字を書いた。
「まず作戦A。これは簡単に言えば運動能力の善し悪しを考慮したバランス編成だ。運動ができる人間と苦手な人間……それぞれ戦力を満遍なく配置し、全ての競技において平均的戦力差で立ち向かうというものだ。勝利を狙うなら全員の負担は激しくなるだろうが、やり方としてはスタンダードでシンプルだな」
フキは『A』の下に赤い文字で『バランス』と書き込んで、さらに続けた。
「続いて作戦B。こっちはAとは逆に、戦力差をあえて偏らせて編成するというものだ。一部の競技において確実に勝利をもぎ取ることを狙っていく。確実な勝利を求めるならこちらだろう」
今度は『B』の下に青い文字で『アンバランス』と書き、チョークを置いた。それからさらに続けて、
「基本的にこの二つの案を主軸として、どちらがいいか話し合おうじゃないか」
と呟いた。
その瞬間、溢れ出した水のように教室が騒がしくなり始めた。
『B案でいいんじゃないか? 確実だろ』
『いや待って。他のクラスが同じように編成していた場合、状況によっては勝敗に差が無くなる可能性はないかな』
『そうね……他のクラスも戦力を偏らせてくる方が多いと思うし、総合力で戦えるA案も捨てがたいわ』
『たしかにそれはそうだけど、バランスを考慮すれば突出した編成に打ち砕かれますよ』
『B案の場合はどの競技に力を入れるかも重要だ。当てを外せばこちらが不利になるぞ』
教室内の全員が口々に意見を交わし合い、真剣に会議に参加している。
流石は進学クラスというか、根が真面目なやつらが多いお陰で全力で勝利を考えているようだ。僕も意見を出したいところだが、議論が白熱しているようだし少し様子を見るとしよう。
『やはりBで良くないか? 他のクラスの奴らがどの競技に戦力を充てるかなんてわからねえし、堅実に肉……勝つなら見込みのある作戦にすべきだろう』
『見込みなら両方あるって。まあ偏りのあるBBQ……いやB案が安定な気もするけど』
『競技ごとの火力、いや戦力を上げるにしたって男女差もあるからね。結局焼肉、いや勝ちを狙うならどちらにせよバランスは考えないと食べら……勝てないよ』
『では、B案を基に一部競技の男女混合種目に肉と野菜……いや男子と女子をどう配膳、いや配分するか考える方向がいいかもな』
うん。全員真面目に勝利後の肉のことを考えてやがる。どんどんバーベキューに思考が侵されてんじゃねえか。
しかし結構な数の意見がB案に寄っているな。まあフキや皆の言う通り、多少運任せにはなるとはいえ勝ちにいくのなら当然のような気はするけど……。
「……」
ふと、前方の席に座っている小さいツインテール女子、イザへと目を向けた。
たしかに勝つのならB案がいいと僕も思う。だけど、体育祭のために運動が苦手なりに努力している人間もいるのだ。その努力を知っている身としては、捨て石にするような案というのはあまり……。
「……ふっ」
あれ、アイツ今笑った?
いや気のせいじゃねえ。あのミジンコ体力女子、努力の必要が無さそうだと思って口元が緩んでやがる。僕の純粋な思いを踏みにじりおって。
小さな後頭部に白けた視線を送っていると、手を叩く音が二回、教卓から聞こえてきた。
「あー、静粛に。とりあえず皆の意見がまとまりつつあるようだが……あくまで参考として、俺の意見を言っておこう」
フキは皆を落ち着かせるように柔らかい声で皆をたしなめると、再度チョークを手に取った。
そしてヤツが手に取ったソレを書き滑らせ、丸を付けたのは……A案だった。
『何ぃ!? どういうことだ!』
『確実な肉はどうした議長!』
『狂ったか、議長!』
B派のクラスメイト達が立ち上がり、フキへと非難を浴びせる。
なんかいつの間にか議長とか呼ばれてるんだけど。アイツの立場なんなの?
「落ち着いて最後まで聞け。……いいか? 俺達が参加するのは『体育祭』だ。勝利を手にすることが目標なのはその通りだが、それ以前に大事なことがあるだろう」
腕を組み、たしなめるような声で紡がれるフキの言葉にB派の全員が口を閉じて耳を傾けている。
さらにフキは続けた。
「生徒の誰もが活躍できる可能性を秘めた、年に一度の行事。……俺は運動のできない人間を蔑ろにしてまで勝ちたいとは思えねえんだよ」
どこかアンニュイな表情で話すフキに対し、皆がハッとした表情になった。
『そうか……たしかにそうだ』
『俺達は肉ばかり見ていて、基本的なことを忘れていたようだな』
『まだ肉を焼いていないのに、目が曇っていたようね……』
フキの言葉に呼応するように、皆が口々に呟き始める。そんな彼らを見て、フキは「分かってくれたか」と言わんばかりに口元をフッと緩めた。
「そうだ。俺達が目指すのは勝利だ。だがそれは目標に過ぎない。もっとも尊ぶべきは全員が平等に活躍の場を設けられた中で、誰もが楽しむことだと思っている!」
気分が高揚してきたのか、フキは握りしめた拳を前に突き出した。
『勝利を思うばかり、無意識のうちに運動の得意でない者を粗雑に考えていたことを恥じよう……議長の言う通りだ!』
『ああ! 楽しんでこその体育祭だからな!』
「Enjoy & Win ! ワタシタチをBBQが待ってるゼ!」
フキの言葉に感化され、座っていた人達も次々に立ち上がって目を輝かせながら声を上げ始めた。
僕も座ったままではいるけれど、湧き上がり滾る気持ちは皆と同じだ。
「勝ち負けを気にするなとは言わん! だが、楽しむことを忘れるな! ……この戦い、皆で勝つぞ!!」
『『『おお──っっ!!!』』』
勝利を目指し、肉を望むのは皆同じ。そしてそれと同じくらい、全員が全員を思いやる。
フキの演説によって団結をより強固なものにした僕らは拳を掲げ、声を上げた。
まさにクラス一丸。全員揃って肉……いや、勝利へ向けて気合を入れ、速攻でバランスの取れたチーム分けが完了したのだった。
ちなみにただ一人、イザだけは机に突っ伏していた。




