3話 土地神様と僕らの特訓 その三
───『人間大砲』という曲芸をご存じだろうか。
サーカス等で行われる曲芸の一つであり、曲芸用に作られた大砲から人間を打ち出し、予め落下地点に張られたネット、または緩衝用のマットになどに着地させるものである。
現在時点での最大記録として高さ20m強、飛距離約60mとも言われていおり、怪我や死亡事故の可能性もあるとても危険な芸だ。
なぜそんな話をしたのかって?
目の前でネットも緩衝マットもないソレを目の当たりにしたからさ。
「いやァ、怪我するかと思った」
件の砲弾人間は飄々と雑木林をかき分けて帰ってきた。
以前僕やフキがぶっ飛ばされた時よりも遥かに高く、遥か遠くに飛ばされていたはずなのに、マトイさんは余裕で即帰還してきたのである。
「おかえりなさい」
「オカエリー」
しかし、そんなマトイさんの姿を見ても特に僕らは動じない。
なぜなら先月の時点でこの人が下手をすれば神様よりもとんでもない常識外れの化物だと知ってるから。もはや人間かどうかを疑う気も起きないぜ。
「はい只今。……キリは何してンの?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
土地神様、絶賛土下座中。
神様が地面に頭を擦り付けるというのも結構衝撃的な絵面なのだが、出会ってからの二か月間定期的に見てしまっている。これももう見慣れた光景だな。
「キリチャン、そのヘンにしとこーゼ。マトチャン困ってるヨ」
「そうそう。土下座は一回につき五分までなんでしょ?」
「何だその謝罪システム。まァ実際怪我も無いから気にしてないっつーか……むしろあそこまで吹っ飛ばしたコトを褒めたいくらいだな」
「え?」
マトイさんの言葉にキリさんが顔を上げた。
「褒める……あ、そういえば前はキリさんの神通力、マトイさんには通用してませんでしたね。なんで今回は効いたんです?」
「前は弾いただけで効かないワケじゃないよ。さっきみたく迎撃姿勢を取る前に高威力の攻撃を突っ込めば吹っ飛びもするサね」
「ナルホド、じゃあさっきのキリチャン’s Attackはヨカッタってコトだネ!」
「そういうコト。良い不意打ちだったぞ」
「え、ほんと? へへへ……」
やだ、戦闘民族の褒め方。ボス戦の攻略情報かよ。
あとキリさんも嬉しそうに照れた顔しないでほしい。アンタが特訓してんのは神通力の威力を高めるんじゃなくてコントロールする方でしょうが。
そんな話をしていると、鳥居の方から足音がした。
「戻ったぞ!」
「……」
振り返ると、汗を滴らせながら快活な笑顔のリンギクさんと背負われているイザの姿があった。無事に保護して帰ってきたようだ。
「お疲れ様。イザ、大丈夫か?」
「……」
声を掛けるも、返事はない。
だらりと力なく伸びた腕、白目を剥いている目、口から垂れている涎。まるで出来の悪い死体のような満身創痍である。
「無事みたいだな」
「どこを見てそう判断したのよ」
あ、起きた。
返事ができるなら大丈夫だな、うん。
「イザの無事が確認できたのはいいとして……これからどうしようかな」
「もう解散でいいんじゃないかしら」
「先輩。まだ集まってから一時間も経っていないぞ」
言い出しっぺが一番に帰りたがってんじゃないよ。やる気があるのか無いのかどっちなんだ。
「冗談よ。でもちょっと休ませてマジで……ってかキリさんいるじゃん。姿が見えないとか言ってなかった?」
「たしかに。それにあの玉のような御使いは何処に……」
「ソレはですナー……むごっ」
「ちょ、ちょっと待って! セキさんとマトイもこっち!」
サラが事情を話そうとすると、キリさんが慌てて口を押さえた。そして僕の腕を掴んでイザとリンギクさんから距離を取った。
「なんですか?」
「ご、ごめんね。でもその、さっきの事は忘れて……いや、秘密にしといてくれん?」
こっそりと耳打ちするようにして懇願する神様に僕らは首を捻った。
「どうしてです?」
「そりゃあ……恥ずかしいけえよ」
「ナンデ? カワイイのに」
サラの言う通り、あの姿は凄まじい可愛さだった。隠す必要はないような気がする。
イザなんてアレで結構可愛いものは好きだし喜ぶと思うけど……。
「アレはキリが一番気が抜けてる時の姿みたいなモンだからな。キミらも涎垂らしたアホ面の寝姿とか見られたくないでしょ?」
「さっきの白目のイザみたいなノ?」
「ふむ、たしかにアレは恥ずかしいな」
「……なんか馬鹿にされた気がするわ」
「?」
後ろの方で何か言ってる気がするけど気にしないことにしよう。
というか、僕らからすれば普通に可愛い姿なわけだし、本当に気にする必要はないと思うんだけどなぁ。
「ええっと……こういう言い方するのはあんまり好きじゃないんじゃけど……秘密にしてくれんかったら、私──」
キリさんは顔を俯かせて、震えた声で自身の手をキュッと握った。
な、なんだろう。まさか泣いたりとかしないよね?
「───私、二人の記憶を神通力で消すことにするけえ……」
「「墓まで持っていきます」」
キリさんにしては珍しい低い声で恐ろしいことを口にしたので、僕とサラは姿勢を正して即答した。
土地神様の機嫌を損ねるとマジで怖い。それがよく分かった。
〇〇〇
「疲れた。死ぬ」
あれから一時間ほど経っただろうか。
土地神様から許可を得て、境内で軽い運動をすることになった僕らは社の裏にある倉庫からフリスビーを取り出し、遊ぶことになった。
基本は投げ合いだし、多少動くことはあってもそう疲れないだろうと思っていたのだが……イザが倒れ込んでしまったので一旦やめることにしたのだった。
あ、ちなみにキリさんと白い狐の話は適当に誤魔化しました。
「お疲れ。大丈夫?」
「大丈夫じゃない。死ぬ」
「死ぬな」
仰向けに倒れたままカタコトじみた返事をするイザの額にペットボトルを載せてみるも、無言で手に取られてしまった。
いつもの文句も無し。だいぶ参ってるなこりゃ。
「ありがと。てか──」
「うおおお目指せリベンジぃぃぃ!!」
「負けないゼウオオオオ!!」
「──あの二人はなんであんなに元気なのよ……」
「それは知らん」
イザの呆れたような視線の先では体力の有り余ったサラとリンギクさんが未だにフリスビーを投げ合っていた。
よく飽きもせず続けられるものだ。まるで元気な大型犬二頭のじゃれ合いである。
「イザクラちゃん、大丈夫……?」
「キリ、集中」
「あ、はい」
赤と銀の犬を見ていた僕らにキリさんが声を掛けてきたが、マトイさんに注意されてすぐに顔を戻した。
僕らがフリスビーを投げ合っている間もキリさんは神通力の特訓をしていて、まだ続けているところだ。
「今度は変なトコ飛ばすなよー」
「うん……」
キリさんの身体がぼんやりと光り、目の前に置いてあったカラフルな紙風船が宙に浮かんだ。
この紙風船をどこかへ飛ばしたり潰したりしないようにする、というのが特訓の内容らしい。
「さっきはすっ飛んでたものね」
「まあどちらかというとすっ跳んでキャッチしてたマトイさんの方が印象的だけどね」
「それはそうだわ」
この特訓、見た目に反してかなり難しいらしく、僕らがフリスビーをしている間も何度か明後日の方向へ紙風船がフライアウェイしていた。
しかしその度にマトイさんが凄まじい速度で跳んでキャッチするものだから、そっちに気がいって何度か円盤を投げる手が止まってしまったのだ。だってマジですげえ速さで跳ぶんだもんこの人。
「実はマトイさんってUMA的なアレじゃないかしら。なんだっけ、フライング……」
「フライング・ヒューマノイド?」
「そうそれ」
「何なんそれ」
「キリ、集中……いや、休憩にするか。あとオレ人間だから」
集中力を切らしているキリさんを見かねて特訓の中断を切り出したマトイさんは即座にUMA疑惑を否定してきた。
この人の人間発言は初対面の時から何度か聞いているけど……見た目のせいもあってなんとも説得力がない。いや見た目だけじゃなくて行動も含めてだけどさ。
「み、見た目は怪しいかもしれんけど、マトイは人間よ……多分」
「フォローするならせめて自信持って言ってくれない?」
「そ、そうじゃね。マトイは顔も性別も分からんで念動力は弾けて天眼通も効かんで歪んだ空間からは自力で出てくるだけの人間じゃもんね」
フォローになってねえ。
実際目の当たりにした話でもあるけど、あらためて言われるとマトイさんの生物としての胡散臭さが増す一方だな。どうあっても死ななそうだ。
「つーか天眼通も効かないんですかこの人」
「うん。今日も何度か試したけど駄目じゃったわ……あだっ」
「勝手に人の考えてることを読もうとするンじゃないの。人に向けて無暗に使うなっつってンでしょうが」
話の途中でキリさんの頭にどこからともなく出てきたハリセンが軽く叩き落とされた。
ちなみに天眼通とは簡単に言えば心を読むことができる神通力である。特に僕はしょっちゅうキリさんに心の中を読まれているのでもっと言ってやってください。
「てかさっき神通力自体は効くみたいな話してませんでした?」
「天眼通とかの精神面に関わるモノは体質上効かねェンだわ。物理的な力場が発生するヤツとかは効くンだけどね」
「ホントなんでもありね。弱点とか無いんですか」
「苦手なモンはあるよ。例えば……おっと」
話の途中、横からフリスビーが飛んできた。
マトイさんはさして驚いた素振りも見せず、軽々とノールックキャッチをしてみせた。本当にどうなってんだ。
「ゴメンマトチャン! ダイジョブ?」
「大丈夫ー。てかキミらも止めにしたら?」
「……そうするか。では闘いは預けたぞ、エゾノ先輩!」
そうして赤銀の二人は笑いながらこちらに合流し、僕とイザの隣に座った。
うわ、近くで見ると二人ともすげえ汗かいてる。どんだけ熱中してたんだ。
「とりあえず水飲みな。ほら」
「アリガト、セッチャン!」
「有難う、先輩!」
新品のスポーツドリンクを鞄から取り出して二人に渡すと、素直な笑顔で感謝された。マジで大型犬みたいだな。
赤銀二人の背後に大きな犬の影を幻視していると、隣に座っていたマトイさんがおもむろに立ち上がった。
「アレ? マトチャンドコ行くノ?」
「座りっぱなしだったし、ちょっと動くついでにコレ片付けてくる。裏の倉庫だよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
マトイさんは先程キャッチしたフリスビーを見せて、社の裏手へと回っていった。
僕らが取り出した物を片付けてもらうのはなんだかちょっと申し訳ない気持ちになるけど、疲れも残っているし、素直に甘えておこう。
「……にしてもアンタらホンットよく動くわね。筋肉痛とか大丈夫なの?」
「「筋肉……痛……?」」
「嘘でしょ……」
筋肉痛という現象を知らないかの如く首を傾げるサラ達にイザが慄いた。
うん、まあ……健康的なのは良い事だよな。うん。
「筋肉と言えば……今日はフキザキさんはおらんのんじゃね。身体動かすの一番向いとりそうなのに」
「アイツは今日コマチさん達と出かけるらしいです。あらためて町を案内するとか言ってましたよ」
たしかにあの筋肉ダルマ……フキは運動ができるし、うちのクラスでも主力と言える存在だ。
でもアイツの場合は元から部活で鍛えてるし、特訓に参加したところでイザが余計可哀そうなことになるだけな気がする。
ちなみにコマチさんは先月柊崎家で騒動を起こした付喪神のうちの一人……いや一神だ。騒動を起こしたといっても自分の意思じゃなかったみたいだけど……それはともかく、今は柊崎家で居候中の可愛らしい生まれたての神様である。
「あとなんか体育祭の作戦考えるとか言ってたわね。……アイツの作戦とかすごい不安なんだけど」
「フキのコトよりもジブンの心配をしたホーがヨイのではナクテ?」
「ふっ……グゥの音も出ないわね」
無駄に格好をつけるな。実際色んな意味で心配なんだよ。
「まあお前にしては今日はかなり頑張った方だと思うよ。本番まで日はあるし、頑張ろうぜ」
「そうね……気は進まないけど、やるかぁ」
「前向きなのは良い事だな!」
「Actual Eventはモットキツイから、ガンバローネ!」
「当日雪でも降って中止にならないかしら」
一瞬で本音を漏らしやがった。手のひら返しが早すぎる。
「雪が見たいん? じゃあ降らせよっか」
「「え?」」
キリさんはなんでもない事のように言うと、身体をぼんやりと光らせて右手の人差し指をピンと立てた。
すると境内の上空に小さな白い塊が現れ、もこもこと歪な形を取りながら肥大化。その塊はだんだんと大きくなっていき、みるみるうちに軽自動車くらいの大きさにまで成長した。
「何ですかアレ」
「雪の塊じゃない?」
「凍えし刻の結晶まで作れるとは……神通力というものは本当に多彩で凄まじいな」
リンギクさんの言う通り本当になんでもできるなぁ。
念動力や天眼通はよく使ってるから見慣れてしまったところはあるけど、こういう新しい側面を見るとなんだかんだ神様だと実感させられるね。
「よし、こんなもんかな。……えいっ」
「おォ黒猫。こんなトコにいたら危ないから避けな──」
───ドサァッ!
キリさんが人差し指を降ろすと同時に、空中で制止していた雪の塊が石畳へと落下した。
「雪を降らせるっていうか落としてますよねコレ」
「Wow, Snow Mountain!!」
「凄いな! 六月だというのに、立派な白銀の山だぞ!」
「……てか、今なんか巻き込まれなかった?」
「え?」
イザに言われて立ち上がり、出来上がった小さな雪山を歩いて見回してみる。
うわ、冷気が凄い。本当に雪だ。それも冬場の道路脇で固まっているようなやつじゃなくて、ふわふわの新雪。
ちょっとだけ感動しながら皆で雪を観察していると……あるところで全員の足が止まった。
雪山の端から、足が生えている。
黒いブーツの二本足だ。まるで仰向けで倒れているかのような形で飛び出ている。
…………うん、アレだな。
どう見てもマトイさんの足だわ。
「…………なるほど。巻き込まれたのはマトイさんだったのね」
「悲しい事件だったね……」
「い、言うとる場合じゃないじゃろ!? 待っとって、すぐに出して──」
「イヤ待てキリチャン。マトチャンならそのうちジブンで出てくんジャネーノ?」
まあ正直それは僕も思った。
「どっこいせ。(ズボァッ)……あァ死ぬかと思った」
言ってる傍から胸元に黒猫を抱えた仰向けのマトイさんが平行移動するように飛び出してきた。その姿はツタンカーメンと築地の冷凍マグロを同時に思い出させる。
ていうか身体を動かした形跡がないのに、今どうやって出てきたんだろう。
「ま、まままマトイ、大丈夫!?」
「ハハハ、大丈夫じゃねェ。死にそう」
「えぇ!?」
まったく説得力のない言葉を吐いたかと思うと、黒猫を離して逃がした途端にマトイさんの身体が凄まじく震え始めた。
なんかもう残像が見えるレベル。シバリングどころかマッサージ器を出力最強にした時に近い状態だ。
「ま、マトチャン? マジでダイジョブ?」
「…………」
サラが名前を呼びかけるが、震え始めたマトイさんから反応はない。
無言でバイブレーション機能を見せ続けるというシュールな光景である。
……いや、これ茶化せる感じじゃなさそうだ。マジでヤバイのでは?
「き、キリさん! 神通力で火ぃ熾せませんか!?」
「あ、はい。責任取って腹を斬ります」
「キリチャンKATANA置いて!? てかドコから出したノ!」
「腹を斬る前に火点けろっつってんのよ!?」
「いや私、火は出せれんのんよ」
「雪は呼び出せるのにか!?」
完全に喋らなくなってしまったマトイさん(振動機能搭載)を見て、後から焦り出した僕らは急いで抱えて神社から退散。
どうにか榎園家へと運び込み、沸かした風呂にそのままぶち込むことでなんとか事なきを得たが……特訓がこんな形で終わることになろうとは思わなかったな。
ちなみにその後、復活したマトイさんは「神通力は慎重に使えっつったよな?」と低めの声でキリさんを叱り、土地神様を絶望的な表情にさせていた。そりゃそうだ。




