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土地神様は薔薇が好き。  作者: WA龍海
競技、退治編

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1話 土地神様と僕らの特訓 その一



 六月最初の土曜日の昼前。

 梅雨の時期ということもあって空気が少しジメジメしていて、空は雲に包まれている。雨が降りそうで降らないくらいの少し不安な空模様である。


 そんな本日の空の下、僕は神社の神木の下で倒れている友人を介抱していた。



「お疲れさん。ほら水水」

「はぁ……はぁ……し、死ぬぅ……」



 足元で寝転んでいる息絶え絶えの女子、イザこと井櫻イザクラへ飲料水の入ったペットボトルを渡す。


 毎週土曜日にルーティンワークとしてこの神社で掃除をしている僕だが、今日はそれを返上して彼女の運動に付き合っていた。

 運動と言っても、実はまだ本格的に何かをしたわけではない。イザがぶっ倒れているせいか、かなりの運動をした後のように思えるけど……実際は準備運動がてら神社までの階段を軽く走って登ってきただけである。


「お前、運動不足ってレベルじゃねえだろ……」

「う、うるさい、わね……。ここの階段、急だし長いのよチクショォゲホッゴホッォォェッ……」


 やだ、見た目が美少女とは思えないほど汚い嗚咽(おえつ)

 たしかにあの階段は多少角度があったり、少し長いとは思うけど……ここまで死にかけるほどのものではない。(ひとえ)にコイツの体力の無さが原因だ。

 あれくらいでここまでヘバるって普段の生活どうなってんのこの子?



「──ヤッホー、セッチャンandイザー!」

「アポロンの調べが心地(こんにちは)良いな、先輩方! 曇天ながらいい日和だ!」



 未だ体力の戻らない運動不足女を色々と心配していると、後ろから元気のいい声が聞こえてきた。

 振り向くと、赤髪と銀髪の女子二人がこちらに近付いてきている。


「サラ、鈴菊(リンギク)さん。こんにちは。一緒に来たの?」

「家の前でタマタマタマEncountedし(であっ)てネ。一緒に来たノデス」

契りを交わ(待ち合わせを)していないのに出会うなんてね。運命的だと思わないか、先輩方!」

「「ハッハッハッハッハ!!」」


 赤髪と銀髪は簡単に説明すると、二人揃って高らかに笑い始めた。うるせえなこいつら。


 ……英語混じりで喋る赤い髪のポニーテール女子は榎園サラ。僕達のクラスメイトで、この神社の管理をしている人のお孫さんだ。アメリカと日本のハーフで、約一年前に日本へ来たばかりなので時折日本語がたどたどしいところはあるけれど、基本的に明るくて良いアホの子である。


 そしてもう一人、顔の右側に黒い眼帯を着けた変な喋り方の銀髪ウルフカット女子は鈴菊さん。一つ年下の後輩で、今足元に転がっているイザが所属している美術部の部員でもある。


「で、イザが倒れてるケド……先に始めてタノ?」

「いや、僕らも来たばっかだよ。コイツはここまでの階段でこうなった」

「「えっ……」」


 信じられないものを見るようにイザへ視線を送る二人。

 憐れまないでやってほしい。コイツはコイツで真剣だから。


「ハァ……アタシのことはいいのよ。それよりさっきから気になってたんだけど……アレ、なんなの?」


 赤銀の視線がいたたまれなかったのか、イザは上半身を起こして顎で社の方向を指し示した。



「…………」



 イザが言うアレというのはおそらく、社の前で正座をしている白い髪に赤い薔薇の髪飾りをした彼女の事だろう。

 彼女はキリさん。見た目こそ着物に身を包んだアルビノ美少女でしかないが、この神社に祀られている土地神様で、僕らの友達でもある。ボーイズラブ系の本を読むのが趣味で、普段は引っ込み思案で人見知りだけどいざという時は助けてくれる頼もしい神様だ。


「キリさんがどうかしたの?」

「いやどうかしてんでしょ。何してんのか知らないけど今までにないくらい神様っぽくなってるわよあの神様」


 いや神様なんですけど。

 しかし言われてみればたしかに今のキリさんはとても静かで、どこか荘厳な雰囲気を醸し出しているように見える。いつもなら拝殿でBL本読みながら寝っ転がって変な笑い声を溢しているはずなのにな。


「キリチャン、家でも最近ずっとあんなカンジなんダヨネ」

「お前の家でも?」


 キリさんはサラの家、もとい榎園家で居候している。

 といっても日中は神社で神様としてのお役目があるらしいので、一緒に住ごしているのは夕方以降が多いらしいけどね。


「ウム。トモダチいなくてもダイジョブなようにセイシントイツ? が必要だって言ってて」

「精神統一な。友達っていうと……ああ、なるほど」

「む、ソウビキ先輩は何か思い当たる節があるのか?」


 思い当たることはあるにはある。

 土地神様があんな風になるような仲の良い友達といえば、ほぼ確実に()()()しかいない。


「マトイさんだな」

「マトイさん、というと……」

「ああ、リンギクさんは知らなかったよね」


 マトイさんというのは、先月知り合った人のことだ。

 顔面に灰色の布を巻いたミイラのような怪しい風貌の不審者なのだが、見た目とは裏腹に凄く紳士的で、土地神様(キリさん)でも手を焼く案件だろうと片付けてしまえる化物じみた人……人? である。

 僕らと今この場にいない親友を助けてくれた恩人でもあり、簡単に言えば色々知ってて色々できる凄くて心優しい人だ。


「そういえばあの不審者、あれから会わないわね?」

「僕らも前に勉強教えてもらってから会ってないな」

「ってことはつまり……」

「ウン。それからキリチャンも会ってナイヨ」


「…………」


 話しながら再度目を向けると、土地神様は時折身体を発光させながらも未だ無言を貫いて目を閉じている。

 そんな彼女から前に聞いた話では、本来マトイさんがここに訪れるのは稀な事らしく、本人はかなり忙しい身なのだという。

 仲の良い友人が次にいつ来るのか、再会できるのか分からない。それでも泣き言を漏らさずに平静を保とうとするというのはなんというか、凄いけれど……少し苦しそうにも思えるな。


「よく分からないが、彼女があそこまで静謐を保っているのを見るにかなりの影響を及ぼす御仁なのだな」

「そうだね。……でも、ちょっと心配になるね」

「No Problem! 好きなBook近付けたらニヤニヤするカラ!」

「なるほどいつも通りだし大丈夫っぽいな」

「いや邪魔しちゃダメでしょ」


 それもそうですね。

 しかしアレだな。ああして心を落ち着かせているキリさんほどじゃないにしても、マトイさんとそう簡単に会うことができないと思うと僕も少し寂しい気がしてくる。

 でも、マトイさんの連絡先は結局訊けなかったし、今はあの人と話すことができる手段がないんだよな……。


 そう思うと、キリさんの正座姿から余計に哀愁を感じられてしまう。

 うーん、何か僕にもしてあげられることはないか──



「こんにちは。……ン? 今日は皆サン動きやすそうな格好してンね」



 思案していると、背後から覚えのあるくぐもった声が聞こえてきた。

 振り返るとそこにいたのは……布に巻かれた正体不明の不審者、マトイさんその人だった。


「ってマトイさん!?」

「はいマトイさんですよ──


「マトイ───っっ!!!」(ドゴォッッ!!)


 ──ォグゥッ」


 僕らが驚くのも束の間、すっ飛んできたキリさんの頭がマトイさんの鳩尾に深々と突き刺さり、凄まじい勢いで後退っていった。

 しかし流石というか、不意打ちのヘッドアタックにもかかわらずマトイさんは見事にキリさんを受け止めて支えていた。凄い反射神経だ。


「おかえりなさい! もー、すぐおらんようなるんじゃけえ!」

「あァはいはいただいま。ちゃんと神通力の鍛錬してた?」

「そりゃあもう!」


 マトイさんがキリさんの頭を引き剥がすと、『褒めて褒めて』とばかりに胸を張ってみせた。

 なんだろう、急に土地神様が上手にお留守番ができた時の小型犬に見えてきた。さっきまで神々しい雰囲気どこいったんですか。

 まあ、これだけ感情を表に出しているってことはやっぱり寂しかったんだろうけどさ。


「マトチャンお久しブリ!」

「マトイさん、怪我はないですか?」

「おうこの前ぶり。怪我は特にないから大丈夫……ン? そっちの銀髪の人はたしか……」

「久方ぶりだな、マトイさん! 先月は大変世話になった!」

「え、リンギクさんもマトイさんの事知ってるの?」

「ああ。先月姉さんを助けてもらってな」


 どうやらマトイさんはリンギクさんとも面識があるようで、彼女の方でも人助けをしていたらしい。

 見た目はアレだが、本当に善い人だな。見た目は本当に不審者そのものだけど。


「その節はどォも。それで、なんで全員そんな格好してンの?」

「今度猛き青少年達の(体育祭)祭典があるのでな。その練習のために集まったところだ」

「ほォん。この前の勉強といい、皆サン真面目だねェ」

「格好についてはアンタに言われたくないんですけど……ん?」


 全体的に暗い色合いの服装と顔面に布を巻いた120%不審者ルックに半ば呆れていると、その見た目に少しだけ違和感があることに気が付いた。

 マトイさんの服、なんか少し汚れているような気がする。……まあ誰も指摘してないし、気のせいかな?


「そダ! マトチャン、この前はアリガト!」

「あ、そうだった。勉強、教えてくれてありがとうございました」

「いやいや、礼を言われるほどのコトじゃないって」

「ふふん」

「なんでアンタがドヤ顔してンの?」


 なぜか誇らしげにしているキリさんの頬を両手でサンドするマトイさん。

 おお、土地神様の柔い頬が変形している。まるでつきたての白餅が如し。


「ええっと……キリさんとマトイさんは一体どういう関係なんだ?」

「見た通りの関係かな」

「ふむ──」



「しかし相変わらず細っこいなアンタ。ちゃんと食ってンの?」

「ちゃんと食べとるよ? そもそも私は神じゃけえ、別に食べんでもいいけどね」

「まァそれはそうなんだけどサ。あと、榎園サン家に迷惑かけてない? 主に酒とか酒とか酒辺りで」

「………………ぃゃぁ……」

「オイこっち向けよ」



「───兄妹、いや親子のような関係か……?」


 ……今のやりとりを見ているとリンギクさんの表現があながち間違ってない気がして否定しづらい。


「まあ、キリさんにとって信頼できる相手って意味じゃ大体合ってるかな」

「成程! 神様の信頼に足るということは、やはり素晴らしい御人なのだな!」


 やだ眩しい笑顔。相変わらず大型犬感が凄いなこの子。


「そーいえば、マトチャンはなんで最近来なかったノデ?」

「用事が色々あってね。それと……この前の柊崎(フキザキ)家の一件があったでしょ? アレの後処理とか色々あってサ」


 柊崎家の件というと、先月僕らが巻き込まれた怪事件のことだろう。

 友達であるフキの家にある蔵と家の中で立て続けに異変が発生し、偶然来ていた僕らが巻き込まれたのだ。

 原因は二名の付喪神で、サラの魂が抜けたり家の空間がめちゃくちゃになったり……とにかく色々起こった大変な事件だった。


「あの後、何かあったんですか?」

「まァ少し。本来はキリの仕事だったところをほとんどオレがやっちゃったし、付喪神のコトもあったからな。キリに代わってウカに報告したりとかしてたワケよ」


 キリさんの仕事?

 そういえば、本来この町で起きてる怪異関係の事件を解決するのもキリさんの役目の一つとかいう話があったんだっけ。

 それとウカって呼んでるのはたしか、キリさんの親ないしは上司みたいな神様のことだったな。マトイさんは友達らしいけど……なんでナチュラルに神様とコンタクト取れるんだろうこの人。


「え、じゃあ来れんかったのって私のせい?」

「いや、オレが勝手にやったコトだしアンタが気にするコトじゃねェよ。どっちにしろあの時はアンタだけだと手に余ってただろうし、人死にがなくてよかったサね」


 ハハハ、とマトイさんは軽く笑っているけど、実際この人がいなければ僕らはここにいなかった可能性が高い。

 土地神様(キリさん)も手に負えないレベルの状況だったし、あの時この人がいてくれて良かったと思うよ。マジで。


「それで、マトチャンはコレからどうすンノ?」

「ン、何が?」

「ええっと……キリさんからマトイさんってあまり一つの場所に留まらないって聞いたんですよ。だから、またどこかに行くのか、って事だと思います」

「ホントよくこの子(サラ)の言葉訳せるわねアンタ」


 伊達にこの一年間仲良く過ごしていたわけじゃないからね。


「そのコトか。暫くはこの町の周辺にいるよ」

「えっ、ほんまに?」

「あァ。元々ここに来たのは世話ンなった人達への挨拶回りのついでにキリの様子を見に来ただけだったンだが……先月の一件でウカからキリのことを頼まれてな。神通力が上手く使えてないのもちょっと問題だし、短期間限定のサポート役に任命されたンですわ」


 マトイさんは「暴走した時のブレーキ役も兼ねてね」と続けて笑った。正直そっちの方が重要だし、僕としては助かる。この神様、興奮したらすぐに神通力出すし。


「わ、私のせいで縛り付けとるみたいで申し訳ないような……」

「事情は見えないが、マトイさんの言い方的にあまり気にしなくても良いのではないかな」

「そうね。てか、サポート役ってことはマトイさんはキリさんと一緒に住むのかしら?」

「Oh, ホンジャ我が家にお泊まりですカナ?」

「いや、隣町に別の拠点があるから基本そっちにいるよ。こっちになるべく顔出すくらいのモンサね」

「そっか。……ふふっ」


 マトイさんの住むところを聞くと、キリさんは小さく笑みを溢した。

 一人でいる期間が長かった彼女にとって、馴染みの友達が近くにいるということが嬉しいのかもしれない。……良かったですね、土地神様。


「キリさんはマトイさんの事が気に入っておられるのだな」

「うん。リンギクさんも気に入ると思うよ」

「オレのコト物かなんかだと思ってねェか。……てか、キミらは練習しなくていいの?」

「あ、そうだった」


 マトイさんに言われてハッとした。

 そういえばその為に集まったんだった……イザ、舌打ちすんな。お前が一番鍛えないといけないんだからな。


「皆頑張ってね。……あれ? でも去年はこんなんしとらんかったよね。なんで今年はそんなに準備しよん?」

「今年はちょっと特別でして。頑張らないといけないんですよ」

「Grill...BBQがワレワレを待ってるからネ!」

「びいびい、きゅう?」

「なんにせよやる気があンのは良いコトだな」


 各々が自由に柔軟と軽い準備運動をしながら会話する。

 そう、全ては肉のため。

 まさにOne for all All for one。1人は全員のために、全員は1つの目標()のために、だ。


「アタシは頑張りたくないし、そこまでやる気もないんだけど……」

「イザクラちゃん、運動嫌いじゃもんね」

「でも、今回集まったのってコイツの提案なんですよ」

「あ、そうなんじゃ」


 イザは気だるげにしているが、今回僕らが集まったのはコイツに声を掛けられたからだ。

 明らかにクラスの足を引っ張るのはアタシだから、と自ら協力を仰いできたのである。

 当然、僕らは二つ返事で了承。仲の良い後輩であるリンギクさんも巻き込んで練習会となったのだが……。


「まさかイザクラ先輩から誘いが来るとは思っていなかったからな……正直、ボクも驚いたぞ」

「そうだね。本当に立派になって……!」

「ホントーに、スゴイ成長ブリだワ……!」

「初めて立った子供を見た親かアンタら」


 僕とサラが軽く泣きそうになっていると、イザが何やら文句がありそうな目を向けてきた。実際お前はそのくらいの感動を与えているんだ。自分を誇れ。


 そんな話をしているうちに準備は完了。

 キリさんとマトイさんに見送られながら僕らは神社を出発したのだった。



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