神々と怪人、人間一人の後日談
俺の家で色々あってからというものの、二週間が過ぎた。
懸念だった中間テストも無事に終わり、平穏な日々が戻ってきたところである。
正直、今でもアレは夢だったんじゃないかと思うくらいには現実味のない状況だったわけだが……今俺の隣で歩いている存在が実際あったことだということを証明してくれている。
「どうした、の?」
「や、なんでもねえさ……あ痛っ。てめぇ何しやがんだコラ」
コケシのようなぱっつん黒髪の少女、いや付喪神のコマチが可愛らしく小首を傾げている。そしてその肩に羽織られている着物の裾が独りでに動き、俺の太腿を霞めるように叩いてきた。
ふん、効かぬわ。あっ、ちょ……内腿はやめて。地味に痛い。
「それで、今はどこへむかっている、の?」
「キリさんのいる神社。……あー、白い土地神様がいただろ? あの神様んとこだ」
歩きながらコマチ達に説明する。
何故キリさんの元へ向かっているかといえば、前回のお詫びとお礼のためだ。
なんやかんやで全員無事で済んだわけだが、キリさんとマトイがいなけりゃ普通にヤバかった案件だ。下手すりゃ普通に死んでたからな。
結局解決した後も大したもてなしもできなかったし、あらためて菓子折りを持って参拝することにしたのである。
「……あ」
「どうしたコマチ……あ」
「おやお三方。こんにちは」
足を止めたコマチの視線の先を見ると、件のミイラ人間……マトイが対面から歩いてきていた。
立ち止まって綺麗な一礼をする姿は怪しい見た目とは裏腹に妙に様になっている。スタイルが良いせいだろうか。
「こんにち、は。布の人」
「こんなトコで何して……ヴッ」
マトイが話しかけてくるや否や、コマチの羽織っていた着物が既に布まみれの顔面目掛けて突っ込んでいった。
おお、膝がほぼ直角に曲がってんのに背中が地面に触れてねえ。どんな筋力してんだコイツ。
「いきなりとびかかったら危ない、わ。おねえさま」
「大丈夫か?」
「あァ問題ナシナシ。コイツも元気そうで何よりサね」
起き上がりながらまとわりつく着物を軽く引っ剝がしてカラカラと笑っている。余裕あるなアンタ。
「悪いな。瑠璃のやつアンタの事気に入ってるみたいでさ」
「そうかい。あ、名前貰ったンだな」
「ああ、お陰様でな」
蔵や家で色々あったあの日、セキ達が帰ってから入れ代わるようにうちの家族が帰ってきた。
すぐに全員集めてマトイと一緒に我が家で起きた事について報告してから、その当事者であるコマチと着物の付喪神をどう扱うかという相談を含めた話し合いが行われたのだが……。
「コマチ達の滞在許可が降りるのは予想通りだったが、まさかあんなに歓迎されるとは……」
「報告した途端に巨大クラッカー出てきたしなァ。アンタの家族超面白かったわ」
爺さん含め我が家の家族は全員面白いもの好きなところがある。そんな奴らに見た目面白人間のマトイを連れて付喪神達の話なんてすりゃテンションが上がるだろう……ってとこまでは予想通りだったんだが、まさかあの巨大クラッカー(税込19800円)が登場するとはな。鼓膜が破れるかと思った。
それから凄まじく気に入られてしまったコマチはその後家族にもみくちゃにされながら連れて行かれ、母と妹によって文字通りの着せ替え人形にされたりしていた。
ちなみに俺もお供しようとしたら着物に首を絞められました。おのれ付喪神。
それから数日後、テスト期間が終わった辺りで着物の付喪神の名前に関する会議が勃発した。
コマチとの関係性を考えれば俺以外が名付けて縁を繋げるのはまずいかもしれない、ということでどうにか頑張って命名権を勝ち取り、『瑠璃』と名付けたのだった。
あ、それとコマチがルリをお姉様と呼んでいるのは本神の意志だ。ルリの方も満更でもなさそうなのでそのまま呼ばせている。
「……まあそれはともかく、ちょうどよかった。コレ、アンタにも渡しときたかったんだ」
「ン? 何だいコレ」
「この前の礼だよ。アンタやキリさんのお陰で色々助かったからな」
「あらま、気にしなくてもいいのに。ありがたく頂戴します」
キリさんに渡すものとは他に念のため持ってきていたもう一つの紙袋を手渡す。
菓子折り程度で命を救われた礼になるとは思えないが……何もしないよりはマシっだろう。
「オレにも、ってコトは今からキリの神社に?」
「まあな。一応、ルリの名前も教えときたいしな」
「そっか。オレもアイツに用事があるし、一緒に行こうかな」
「あなたも一緒なの、ね。うれしい、わ」
「まァここから別れて行くのもおかしいしな……ォヴッ」
あ、またマトイの顔面にルリが。
そんなわけで、マトイを仲間に引き入れた俺達はキリさんの神社へと向かうのだった──。
〇〇〇
「──ってことで、こちらをお納めください」
「そんな、ほとんど私何もしとらんかったのに……」
「貰っとけるモンは貰っといていいンじゃねェの? フキザキサンからすりゃ断られても困るでしょ」
「う、うん。……じゃあ、ありがとう」
「礼を言うのはこっちの方っすよ」
神社に着くとちょうどキリさんがいたので、あらためてこの前の礼を言ってから菓子折りの入った紙袋を手渡した。
遠慮がちではあるものの、なんとか受け取ってもらえてよかったぜ。ありがとうマトイ。
「今日はアイツら、いないんスね」
「セキさん達のこと? セキさんは掃除が午前中に終わったけえ帰って、サラちゃんはどっか出かける言うとったよ」
あ、そうなの?
まあ別にいないならいないでいいけどな。毎度学校で顔合わせてるわけだし。
「まあいいや。それよりアイツの名前が決まりました。ルリって言います」
「そうなん? ……うん、良い名前だと思う。ちゃんとフキザキさんとも繋がっとるみたいじゃね」
「一緒に生活しててどうよ。アレから悪さはしてないンだよね?」
「ああ。多少ちょっかいは掛けてくるけど、特に問題はねえよ」
少し離れた場所でボーっと神木を眺めているコマチとルリを見ながら、最近の生活について語る。
一緒に住むようになってからというものの、さっきみたく身体を叩かれたりすることはちょくちょくあっても、前のように問答無用で殺そうとしてきたりは特にない。
コマチとの関係も当然ながら良好で、話している内容は分からんが神通力の使い方なんかを教えてることもあるみたいだしな。
「一応、油断はしすぎないようにな。神ってのは変なトコで厄介な事しでかしたりするから」
「肝に銘じとく。……それで、マトイの用事ってなんだ?」
「あァ、そうだった。キリ、アンタが壊したって言ってた髪飾り、まだ持ってる? あったらちょっと貸してほしくてサ」
「え? う、うん……」
キリさんは言われてからすぐに社の方へ向かうと、床下に上半身を突っ込んだ。
どうやらあんなところに隠しているらしく、モゾモゾと身を捩って取り出そうとしている。その姿はまさに頭隠して尻隠さず。悪くない光景だ。
それからキリさんは身体を抜け出させてこちらに帰ってくると、その手に持っていた物をマトイに手渡した。
「はい。その……壊してごめんなさい」
マトイの手袋の上に置かれたのは……バラバラに砕けたバラの髪飾りだった。いや、ダジャレではなく。
「もしかして、前に言ってた贈り物ってコレのことっすか?」
「うん。貰ってからすぐに壊してしもうて……本当にごめんね」
「別にいいって、もう直したから。ホレ」
「え? ……えぇっ!?」
受け取ってから言葉を交わす間に、壊れていたはずの髪飾りがマトイの手の中で復活を遂げていた。
え、今何したんだ。手品?
「物作ったり直したりすンのは得意って言っただろ。このくらいは簡単サね」
いや、見るからに砕けてぶっ壊れてたはずなんだが。今の一瞬でどうやって直したのかとかツッコミどころがありすぎる。得意とかで片付けられるモンか?
……まあ、この前の大立ち回りを見た後だ。このミイラ怪人ならそのくらいできてもおかしくない気がしてきた。
そんなマトイのことはさておくとして、キリさんはというと……
「………………」
手のひらの上に置かれた、直った髪飾りを呆然と見つめたまま動かなくなってしまった。あまりの早業に頭の処理が追い付いていないのかもしれない。
それからハッとして再起動を果たしたかと思えば、髪飾りとマトイを慌ただしく交互に見て、
「……あはは」
小さく、笑いを溢した。
「こんなあっさり直るんじゃ。最初から、こうしとけばよかったかも……ふふふっ」
堪えきれない様子で笑いながら、土地神様は髪飾りを愛おしそうに胸に抱きしめた。
その目元には、ほんの少しだが……雫が溜まっているような気がした。
そして──
「マトイ……本当に、ありがとう!」
──少しだけ涙に濡れた、朗らかな笑顔を見せた。
……事情は知らないが、キリさんは心から幸せそうな顔をしていて、マトイも少しだけ穏やかな雰囲気をしているように思える。
そんな二人の背中を俺は暖かい気持ちでただ見ていたのだった。
「───おはなしは、おわった、の?」
しばらくして、キリさんに修繕された髪飾りを見せてもらっていると、境内をうろついていたコマチとルリが俺達の元へと近づいてきた。
「おう。用事も済んだし、そろそろ帰るか」
「ああ、すこし、まって?」
早速帰ろうとする俺を引き止めるように袖を掴まれてしまった。
何やらコマチの方はまだ用事が残っているらしい。
「あなたたちに、ききたいことがある、の」
「訊きたいこと……私達に?」
「ええ。あなたにも」
「……俺もか?」
キリさんとマトイだけではなく、どういうわけか俺にも質問があるらしい。
一体何のことやら見当がつかないが、新しい家族の質問だ。聞いてみるとしよう。
「あの男の子と、あの女の子。セキさんとサラさん、といったかし、ら? あの二人──
───どうして、欠けている、の?」
……相変わらず、可愛らしく小首を傾げるコケシのような美少女付喪神の質問に言葉が詰まる。
何故、そんな質問を。
何故……どうして、そのことを知っているのか。
いや、そうか。神通力ってのは、そういうのも読めてしまうんだな。
……ああ、マトイの言った通りだ。
神様ってのは、かなり厄介なものらしい───。
【怪異、怪人編】 終。




