25話 土地神様と付喪神 その十一
『………………えっ』
突然開いた襖とそこに立っている人間を見て、全員の口がポカンと開いている。
まるで当然のようにそこに立っているのは……
「……マトイさん?」
「はいマトイさんですよ」
「……ホンモノ?」
「え、オレの偽物いんの? 怖っ」
能天気に返事をしながらひらひらと手を振るミイラファッションの怪しい人間。声も姿もどう見たってマトイさんそのものだ。
…………え、マジで本物!?
「てかなんか雰囲気暗くない? もしかしてまたタイミング悪かったり──」
「マトイ──────っっ!!!」
「ヴッ」
話している途中でキリさんがマトイさんへ向かって抱きつくように飛び込んだ。
……今、キリさんの頭がマトイさんの鳩尾に思いっきり突き刺さってた気がする。痛そう。
「マトイ、マトイ! 本物なんよね!? ぶじ、無事で、ぶ……よか、よがっだぁぁぁ……」
「……あァ。不安にさせてゴメンな」
抱きついたまま泣き崩れるキリさんに対し、されるがままの状態でマトイさんは謝っていた。
感動の再会、と言うには展開が早すぎるけど……とにかく、無事でよかった。
「キミらにも心配かけさせたかな? 悪かったね」
『いや……』
キリさんを宥めながらこちらに振り向いたマトイさんに対し、僕らは全員首を横に振った。
たしかに心配はしたけど、マトイさんの行動を思い起こせば思い起こすほど死ぬイメージがつかなかったからね。
そんな僕らに対してマトイさんは特に気にした様子もなく「正直でよろしい」と言って軽く笑った。
「───そういう状況、だったの、ね」
マトイさんの無事を確認出来て安心してから、あらためてコマチさんへここまでの状況説明をした。
なんだかあまり驚いていないような……いや、表情が乏しいだけか。着物の付喪神といい表情の変化が少ないとよく分からないな。
「ところでマトイさん、どうやって脱出したんですか?」
「セキサンとサラサン助ける時とか壁ぶっ壊してたでしょ。あんな感じで気合で色々ぶっ壊してなんとかした。お陰で違う場所から出てくる事になったみたいだけどね」
「気合でなんとかなるものなのかしら」
「僕に訊くな」
「つか、それができるんなら俺らが歪み探して穴作るより早く出られたんじゃねえの?」
「オレが使った経路って危険性マシマシだからなァ。全員挽肉になるので良ければ次の機会に実行してもいいよ」
「「「遠慮します」」」
アンタどういう経路で出てきたんだ。ていうか次があってたまるか。
「ともかく全員出られて万々歳……ってトコで、本題に戻ろうか」
「本題……」
「……って、ナンダッケ?」
「そこの付喪神の諸々のコト。ま、既に色々解決済みなんだけどサ」
あ、そっか。色々ありすぎてよく分からなくなってたけど、着物の付喪神のフキに対する殺戮衝動をどうにかするって話だったな。
……でも、解決済みってどういうこと?
「……そういえば、付喪神の問題を解決しないとさっきの空間は出られないって話だったわね」
「そういやそんな話だったな。じゃあ空間の崩壊が始まった時点で?」
「厳密には最後にダメ押しとばかりにオレをボコボコにしてくれやがったところで、だな。お陰で衝動に掛かるコスト含めて全部使い尽くしてくれたってワケサね」
「よく分からないけど分かりまし……いや待ってください。全部?」
たしか、殺戮衝動込みでこの付喪神の存在は成り立っていると言っていたはずだ。
そのコストすら使ったとなれば、神様として構成する大事な部分も吐き出したってことになる。
そして、今付喪神は全く動いていない。ということは……
「まさか、死……」
「あァ大丈夫。今は仮死状態みたいなモンだし、適当に力になるモン注げば戻るから」
「……輸血みたいなものかしら?」
「力になるモンって、どうすんだ?」
「丁度いいのがここにある」
マトイさんは腰に抱きついたままのキリさんから器用に付喪神をひっ剥がして床に敷くと、自身の懐から何かを取り出した。
「それは……さっきのかりんとう、ですか?」
「コレをどうにかコイツに取り込ませればなんとかなるって寸法よ」
「あ、なるほど」
このかりんとうは付喪神が神通力で作り出した物。つまり、付喪神自身の欠片のようなものでもあるということだ。それをどうにかして取り込ませれば助かるってことか。
理解したところで早速マトイさんがかりんとうを握り潰し、その手を付喪神へ叩きつけた。すると、膝蓋腱反射のように着物の袖がビクンと伸びると同時に粉末状になったかりんとうが粒子のように掻き消えていった。
それから着物が一瞬光ったかと思うと……独りでに浮き上がり、辺りを見回すように動き始めた。
「Wow, R|esurrected」
「とりあえずの緊急措置だ。長くは持たねェから残りの輸血的な処理は後でキリがなんとかしてやってくれ。まァオレとしてはあのまま……っとと」
マトイさんが喋っている途中で着物が覆いかぶさった。感謝するように抱きついているようにも見える。
着物を縫った時もそうだったけど、気に入られてるなぁ。さっきぶっ叩かれてたのに。
「とにかく、これでこの付喪神の問題は一件落着……で、いいのよね?」
「否。まだ問題は残っている」
……ん? サラ? なんか雰囲気変わっ……いや違う。これ付喪神だ!
よく見るとサラの背中に着物が覆いかぶさっていた。いつの間に。
「先ず、感謝と謝罪を──」
「いや、頭を下げるのはいいんだが……それより、問題ってなんだ?」
「当然、私の処遇。文字通り、煮るなり焼くなり」
「そうか任せろ」
「「「待って待って待って」」」
「そんなことしねえって。なあ?」
「そう、ね。仲良くしましょ、う?」
不穏な雰囲気で着物へ手を伸ばそうとするマトイさんだったが、僕とイザとキリさんの三人で掴み、フキとコマチさんが声を掛けたことで留まってくれた。なんでそんな乗り気なんすか。
マトイさんの謎の行動力はさておき、フキもコマチさんも罰は求めてないのはなんとなく分かっていた事だ。そこについての驚きは無いし、この二人が何も咎めないのなら僕らも何も言わないでいいだろう。多分サラも同じだろうしな。
「そう。それで、お前はどう考えている」
「どうって?」
「私。そしてその子の事をどうするのか」
付喪神の目が真っ直ぐフキを貫いている。
この神様もコマチさん同様、フキの言う言葉に従う……ということだろうか。
「そうだな……俺としてはアンタら付喪神組はうちで預かろうと思ってるんだが──」
「それは駄目」
が、フキの提案は一瞬で否決された。
「……そんなに俺のことが嫌か?」
「……否、そうではない。先に言った通り、私が望むのはこの子の幸せ。お前と一緒に居ると悲しむことになる」
「なるほどな。とりあえず俺のことが嫌だってことじゃなくて安心したぜ」
「? 当然、お前のことは嫌い。進んで傍にいたいと思わない」
サラの顔でそれ言われるのキッツイな。
フキは泣きそうな顔でこっちを見るな気色悪い。
「そういえば、さっきもコマチさんが悲しむって言ってましたよね。理由を教えてもらえませんか?」
「コイツが下品だからでしょ」
「馬鹿野郎、俺は下ネタが好きなだけでお上品な人間ですことよ」
下ネタを好んでる時点でかけ離れてんだろ。
「それも大いにあるが、違う。……人間と神は、決して相容れない」
「……というと?」
「其方の、色々と詳しそうな布の貴方や土地神であれば分かるはず。神と人間が共にあっても、決して幸せな結末は訪れない」
神と人間は共生しても幸せになれない。
自分の手を握りしめ、強い口調で吐き出された言葉に思わずハッとした。
「生きる時間、常識、在り方そのもの……他にも理由は沢山。私も『彼女』と居たかった。でも、それは決して叶わない」
付喪神の目と口調は冷ややかなもの。しかし、手は僅かに震えている。表情も……あまり変化は分からないが、なんとなく悲しそうな顔にも見える。
「置き去りにする恐怖。置いていかれる悲しさ。今はまだ分からないかもしれない。……けれど、いつかは必ず来る。来てしまう。貴方は、それに耐えられる?」
「……」
付喪神の質問にコマチさんは口を噤んだ。
神様がどれだけ長く生きるのか、僕はよく知らない。でも確実なのは、人間とはかけ離れた長い時を存在していくのだろうということ。それは付喪神から聞いた話や、キリさんの容姿を見ても明らかだろう。
「悪いことは言わない。私と一緒に行こう? 何処か遠く、全てを忘れて、人間と関わりを持たず、新しく過ごそう。……そうすれば貴方も此奴も、誰も傷つかない」
着物の付喪神はコマチさんへと手を伸ばした。
その提案はたしかに悪くなく、最も平和的な解決方法だと思う。けれど、コマチさんは動くことなくその手をジッと見つめていた。それから視線を外したかと思えば、僕らやキリさん、マトイさんへと忙しなく視線を惑わせ始めた。
……どう見ても迷っている。そして、助けを求めている。
きっと彼女は行きたくないのだろう。でも、それがフキのためにも自分のためにもならないことが理解できている。
僕もその視線に応えたいけど、それはできない。着物の付喪神の言い分に反論できないからだ。
必ず来る別れをどうにかするなんてことは不可能としか言えない。それならもう、付喪神の提案に乗るしか──
「───アンタ、良い神様だな」
そんな不可能を笑い飛ばすように、フキが呟いた。
「……? 突然、何を言っている。私はお前達に危害を加えた悪神」
「そりゃさっきまでの話だろ。それに俺の事が嫌いな癖に、ちゃんと考えてくれてる。それだけで十分良い奴だと思うぜ」
「……そう考えるのは、勝手」
「おう。勝手にそう思わせてもらうわ。……で? アンタの言うコマチが幸せになれないってのは、ザックリ言えば俺と別れて寂しくなること……って感じでいいのか?」
フキが確認するように訊き直すと、付喪神は少し目を丸くした後に頷いた。その様子を見たフキは少しだけ口の端を吊り上げた。
……どうやらこの馬鹿には何か案があるらしい。
「俺が生きていけねえってのはまあ、残念だが多分どうしようもねえ。けど、周りの人間ならどうだ」
「周りの……って、まさか──」
「そうだ。いつか生まれる俺の子孫にその親戚、その他周りの奴らがコマチの傍にいる。傍にいて、その空白を埋め続けてやるよ」
……マジかコイツ。
いや、コイツの目は本気だ。安請け合いというわけでも、冗談でもない。
それを感じ取っているのか、着物の付喪神もコマチさんも目を丸くして固まっている。
「たしかにアンタの言う通り、どっかに行って俺の事なんざ忘れて新しい人《神》生を過ごした方が危険もねえし、一番いい解決方法なんだろうよ」
「……そう。だから──」
「でもコイツは納得してねえ。勿論俺もな」
付喪神の言葉をフキがすっぱりと遮る。
言葉を呑み込む神様を前に、フキはさらに前に出て続けた。
「コイツが俺によく似たご先祖のことが好きだったとか、仮にそれが本当だとしてもどう影響するのかは分からん。アンタ自身はその……俺のご先祖の婆さん本人じゃねえと納得しなかったかもしれねえ。けど、コマチはどうか分からねえだろ。たしかに俺がずっと居てやりたいとは思うが、そりゃ普通に無理だ。けど俺の周りの人間なら……バトンを受け継ぐ形でなら、コイツから離れる事もねえ」
「……不定的」
「ああ、当然だが確約はできねえよ。俺とその他大勢は別人だし、考え方も違う。未来のどこかで反故にするヤツも出るかもな。未来の事なんか不明瞭だし、分からない尽くしだ。……だが、少なくとも俺の代では見捨てねえ。不幸にしないと約束する。どうかそこらで妥協しちゃくれねえか」
完璧ではない感情論による回答。それを告げると、フキは床に伏して頭を下げた。
着物の付喪神は土下座して頼み込むフキを無言で見下ろすばかりで、何も答えない……いや、答えるのを躊躇っているといった方が正しいだろうか。なんだか思い悩んでいるようにも見える。
「付喪神サンよ。アンタの希望も分かるし、不安も察するトコではある。ただ、全員が納得できる方法に一番近いのはフキザキサンの案だろ。アンタも惹かれてる部分があるンじゃねェの? ……良い落としどころだとオレァ思うがね」
「……っ」
横からマトイさんが口を挟む。
その言葉が図星だったのか、付喪神は伏し目がちに視線を逸らしている。
そんな様子を見て、今度はコマチさんが口を開いた。
「わたし、は……わたしは、あなたの質問への答えることが、まだできない、わ」
「……そう」
「目がさめたばかりで、生まれたばかり。なにも、わからない。だからどうか、この方の傍で、学ばせてほしい、わ。……隣で、生きてみたいの」
コマチさんは真っ直ぐに付喪神の目を見据えてそう言うと、「お願いします」と続けてフキと同じように頭を下げた。
そして──
「…………はぁ。そうまでされて断れば、本当に悪神になる」
「っ! じゃあ……」
「……分かった、と言っている」
──真剣に頼み込む二人に根負けしたように付喪神は溜息混じりに首を縦に振ると、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
それを見て喜びかけたフキとコマチさんに「但し」と釘を刺すように付喪神は言ってからさらに続けた。
「私もこの家に居る。注視、見張、監視。その子に妙なことをするな」
「分かった。歓迎するぜ」
「おねえさまも一緒なの、ね。うれしい、わ」
「……姉?」
「ちがったかし、ら?」
「……ふっ。好きに呼べばいい」
「分かったぜお義姉様!!」
「死ね」
「ぐわああぁぁぁ!!」
「あら、うふふ」
余計な事を言った筋肉ダルマは神通力で部屋の端までぶっ飛ばされていった。
さっきは少しかっこよかったのに、なんでアレが保てないかねぇ……。
そんないつも通りな姿を見た僕とイザは目を合わせて笑いを溢し、マトイさんは横で肩をすくめるのだった。
……その時、横でキリさんは少し俯いたままだったことに気がつけなかった。
〇〇〇
諸々の話がまとまった後。
あらためて着物の付喪神への輸血作業、そしてコマチさん達の今後についての話や当初の予定だった勉強会……と、昼食も忘れて色々やっているうちにあっという間に時間は過ぎ、日が落ちてきた頃には解散ということになった。
「お邪魔しました。また学校でね」
「おう、気ぃつけて帰れよ」
「アンタこそ色々と気をつけなさいよ? マトイさんも、今日は色々とありがとうございました」
「アジャマシタ!」
「あァ。気をつけてね」
玄関でフキとマトイさんに最後の挨拶をする。
……いや、ホントに今日は色々とお世話になった。この人がいなかったら蔵の時点で死んでたんじゃないだろうか。色んな意味で今後頭が上がらない気がする。
そんなマトイさんは少し残って付喪神達のことを柊崎家の人達に説明するらしい。最後まで面倒見の良い人だなぁ。
「……あれ? サラ、キリさんは?」
「先に帰るって言テタヨ」
「そうなの? 用事でもあったのかしら」
「また神社に代わりを用意すんの忘れてたとかじゃねえの?」
「アイツなら在り得るなァ……」
溜息を吐くマトイさんに少し笑いそうになりつつも、この日は解散したのだった。
……今思えばこの時、引っ込み思案でも礼儀の正しい土地神様が挨拶もせずに帰った時点でおかしいと考えるべきだったのかもしれない。
それから数日が経っても、キリさんは僕らの前に姿を現すことはなかった。




