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土地神様は薔薇が好き。  作者: WA龍海
怪異、怪人編

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24話 土地神様と付喪神 その十



 ───ドスン!



 凄まじい勢いで空間の歪みへ向けて激突したフキの身体が床に叩きつけられ、低い衝突音が響いた。


「フキ!? 大丈夫か!?」

「大丈夫じゃねえ。めっちゃ痛い」


 脚立の足元に胴体着陸を果たした大男に話しかけると、率直な感想が飛んできた。


「無事みたいね」

「ヨカッタヨカッタ」

「怪我もないみたいだし安心したよ」

「お前ら目の前の状況見えてる?」


 僕らが安心していると、フキは平然と上半身を起こした。

 うむ、無事で何よりだ。


「ごめんなさい、ね? 力の調節が、上手くできなく、て」


 フキの手を取って起き上がらせていると、無表情ながら申し訳なさそうにコマチさんが頭を下げてきた。この馬鹿が射出される寸前、青い光に包まれていたけど……アレは彼女の神通力だったのか。


「そーいえば、キリチャンもセッチャンとフキをFly highでしたわネ」

「あー……」


 サラの言う通り、キリさんとの初対面でぶっ飛ばされたことを思いだした。

 神通力の中でも念動力のコントロールって難しいみたいだったな。この前もマトイさん吹き飛ばしかけてたし。


「……あ、見て。空間の歪みが……」

「ん? ……あっ!」


 イザに言われて見上げると、歪んだ景色にヒビが入っていた。

 そういえばフキが突っ込んだ時にハリセンもぶつかっていた。どうやらその衝撃のお陰で割れかけてるみたいだ。

 そしてその隙間から見えているのは……


「……俺んちだ」


 和装の間取り……フキの家の中だ。

 つまり──あそこをぶち破れば、向こうに帰れる!


「セッチャン!」

「了解!」


 サラからハリセンを受け取り、脚立を立て直して登る。

 そしてそのまま──



「オッッラァ!!!」



 ──ヒビへ向かって、殴りつけた。



 ───バキン。



 ガラスが割れるような音。

 同時に腕を、いや身体全体を引っ張られるような感覚に襲われ、驚く隙もなく開いた穴に吸い込まれた。


「ぶふっ」


 急に引っ張られたと思ったら、顔面に何かがぶつかったような感覚がした。痛い。

 いや、この感覚はぶつかったというより……着地した? それになんか、井草の香りがするような……。


「ここは……」


 起き上がって周りを見ると、見覚えがある場所……というか、僕らが最初にいた柊崎家の客間だった。

 畳張りで広くて、それに勉強道具もそのまま。間違いない。


「戻ってこれたんだ……ってみんなは!?」


 ハッとして振り返ると、さっき壊した空間の歪み……いや、穴がそこに浮かんでいた。

 中を除こうと近づくと、


「ワッ、セッチャン近っ!」

「うわ、ゴメ……おっとっと」


 ちょうど中から出てきたサラとぶつかり、そのまま後ろ向きに倒れ込んでしまった。

 危ない危ない。せめて僕が下敷きになってよかった。


「よっこらしょっと……何抱き合ってんのよアンタら」

「おー出られた出られた」

「最初の部屋、ね」


 続くようにイザとフキ、そして抱えられたコマチさんが穴から出てきた。

 よし。無事に皆出られるみたいだな。これで残すはキリさんとマトイさんの人外組だけ……なんだけど……。


「……出てこないネ」

 

 少し待ってみるものの、二人とも出てこない。何かあったのだろうか。


「……キリさん? マトイさーん?」


 不思議に思いつつ、声を掛けながら全員揃って穴を覗き込んでみた。

 すると眼下に見えたのは……息を切らしながら床に両手をついているキリさんの姿だった。


「キリさん!? どうしたんですか!?」

「はぁ、はぁ……ち、力使いすぎてしもうた。動けん……」

「マジすか。なら今迎えに──っ!?」


 消耗し切った土地神様を飛び込んで迎えに行こうとしたところで、周りの異変に気が付いた。


 ……穴が、閉じかけてる!


「そうか、神通力が維持できなくなったから……」

「まずい、このままじゃ──」


 間に合わない!

 そう口にしかけたところで……キリさんの身体が浮き上がり、こちらへとすっ飛んできた。


「うおお!?」

「きゃあ!?」


 なんとかフキが受け止め、イザと一緒に後ろへ倒れ込んだ。

 今のは神通力での浮遊……いや違う! 壁をせき止めていたはずのマトイさんがキリさんを投げ飛ばしたんだ!


「マトイさんも早く──ブヘッ!」


 フキ達と入れ代わるように穴を覗き込もうとした瞬間、何かが飛んできて僕の視界を覆った。これは……着物の付喪神か。

 すぐに取り払ってマトイさんへ手を伸ばそうとしたが……穴はもう人が通るどころか、覗き込むのがやっとなくらいの大きさまで縮んでいた。

 向こう側に残されたマトイさんの背に、凄まじい擦り音と共に壁が迫る。


 もう間に合わない。

 そう思いながら最後に見た布に覆われた頭の隙間から見えた、赤い左眼。

 視線が交錯したと思った瞬間、迫る壁によって巻き起こされた粉塵によって姿が見えなくなってしまった。



 ……その景色を最後に、穴は音もなく消失した。




「……っ、マトイ!!」


 立ち直ったらしいキリさんがすぐさま穴のあった場所へ向けて駆けだした。

 が、そこにはもう何も無い。無くなってしまった。


「マトイ、マトイ!! …………嘘。噓嘘、うそ……」


 キリさんが叫ぶように何度も名前を呼んでも返事は無い。やがて、力なくその場にへたりこんでしまった。



 それから、どれだけ経っただろうか。

 完全に憔悴しきってしまったキリさんの傍に寄り添うサラとイザ。そして少し離れた場所で僕とフキとコマチさん、そして着物の付喪神。

 全員黙って畳の上で座り込み、重苦しい空気を部屋に淀ませていた。


 あの謎空間から出られたのは喜ばしいことだ。けどまさかマトイさんが、あんな……。



『オレができる範囲で全員守るから、安心しな』



 壁から僕らを守ってくれた時の姿を思い出す。

 本当にできる範囲で……全霊を尽くして守って、助けてくれた。

 怪しい風貌ではあったし、謎の多い人だったけれど……本当に良い人だったと思う。


「……なあ、セキ」

「……何?」


 知り合って間もない恩人を思い出していると、フキが耳打ちしてきた。

 こっちはしんみりしてる最中なのになんだっていうんだい。


「マトイ、あれで本当にくたばったと思うか?」

「え?」

「いや、言い方が悪かったな。……本当に()()が、死ぬと思うか?」


 いや意味同じじゃねえのそれ。

 いや待てよ。あのマトイさんが死ぬ、か──?



『ンー……ここか? いやこの辺……あ、こっちか』


『ウオオオ首が絞まる首が絞まる止めなさいってコラコラもががが』


『あ痛』



「俄然生きてる気がしてきた」

「だろ」


 うん。そういや腕がえらいことになろうが首を絞められようが捻じ曲げられようが生きてたわあの人。何やっても死にそうにないな。

 そう考えるとマトイさんは生きてるような気が……いや、確実に生きていると思えてきた。


「キリさん! まだ諦めるのは早いかもしれません!」


 空気を変えるため、顔を伏せている土地神様へ向けて少し声を張って語りかけた。

 キリさんからの返事はない。が、このまま続ける。


「あの人はきっと生きてます。多分……というか、ほぼ絶対」

「……なんで、そう言えるん」


 辛うじて返ってきたキリさんの声は弱々しく、消え入りそうなほど小さい。

 僕の言葉が信じられないのか、顔も伏せたままだ。


「だってあの化物っぷりですよ。僕も出会ってまだ短いですけど、あの人がとんでもないのはもう分かりきってますからね」

「ああ。つーかあんだけやって生きてたんだし、むしろ壁に挟まれた程度で死ぬ方が違和感あるっつーかな」

「……言われてみれば、それもそうね」

「マトチャン、見た目もやるコトもスゲーからネ」


 見た目関係ある? いや実際そっちも凄いけど。

 微妙に抜けた意見もあるけど、サラ達も僕とフキの意見に同意してくれた。そのお陰か、キリさんはゆっくりと顔を上げてくれた。


「……そっか。うん、そうよね。……うん、うん……!」


 彼女の目に光が灯り、手を握りしめて立ち上がった。

 その姿を見て、僕らも揃って立ち上がる。


 そうだ。まだ終わっていない。

 今度は僕らでマトイさんを助けるんだ!



「……で、立ち直ったところでどうするよ」

「何か案はあるの?」

「そこんトコドーナノ、セッチャン?」


 やだ三人とも他人任せ。ちったぁお前らも考えろ。

 全員が気力を取り戻したばっかなのになんだか気が抜ける。まあいつも通りに戻ったってことで良しとしよう。

 それに……考えがないわけでもない。


「それなんだけど……さっきマトイさんが着物の付喪神を借りたとか言ってたよね? 同じようにやればさっきの空間に入れたりできないかな」


 原理はよく分からないが、マトイさんは付喪神に袖を通して空間に掛かる力を変えたりしていた。あの空間を作ったのはあの付喪神なわけだし、きっと入ることだってできるはずだ。


「……たしかに着物の付喪神さんもおるし、マトイの張り扇もある。どうにかできそうじゃね」

「いや待って。さっきの空間はぶっ壊れたんでしょ? なら入るもクソもないじゃない」

「いいや、確かに穴は閉じたけど、空間が崩壊したところもマトイさんが潰れたところも見てないよ」

「Dustyだったモンネ」


 そう。穴が閉じる寸前、砂埃が酷すぎて中の様子を最後まで見ることはできなかった。

 ということは空間崩壊が確定しているわけでもないし、あの後マトイさんが再度壁を押さえ込み、崩壊を食い止めていてもおかしくはないのだ。


「じゃあまだ耐えてるかもしれねえってことだな。コマチ、そこの着物取ってくむがっ」

「? どうした、の?」


 なんとかフキの口を急いで塞ぐ。

 着物の付喪神は……無反応か。セーフ!


「いきなり何しやがる」

「あ、ごめん。さっきお前とコマチさんが話した時、着物の付喪神が暴れてただろ? 多分だけどアレのトリガーはお前らの会話だと思う。申し訳ないけど、二人はなるべく話さない方向で頼むよ」

「分かった。気をつけようなコマチ」

「ええ、わかった、わ」


 おいこの馬鹿何もわかってねえ。

 もう一度フキの口を塞ぎ、恐る恐る床に放り投げられている着物の付喪神の様子を伺う。が、特に何の反応もない。

 さっきはあんなに暴れまわってたのに……どうしてだろう。まあ、暴れないならむしろ好都合でいいか。


「じゃあ、キリさん」

「うん」


 キリさんに着物の付喪神を渡すと、彼女は首元に巻くようにして装備した。

 それから手を握ったり開いたりして、身体から淡い光を出したり消したりしてからこちらに頷いた。……行けるみたいだな。


「待っとってね、マトイ──」


 キリさんが決意を新たに呟き、着物の付喪神を握りしめる。

 そして──




「ン、誰か呼んだ?」




 ──その呟きに答えるように、聞き覚えのあるくぐもった声がどこかから聞こえてきた。


 そしてスパァン! と真後ろの襖が勢いよく開け放たれたかと思えば……布に巻かれた探し人、マトイさんが立っていたのだった。




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