23話 土地神様と付喪神 その九
───閃光手榴弾、というものをご存じだろうか。
スタングレネード、フラッシュバンといった別名もある大音量や閃光を発する非致死性兵器である。
閃光と160デシベル以上の大音量によって効果範囲内の人物に対して眩暈やショック状態を引き起こさせることが可能で、現在アメリカで使用されているM84スタングレネードは1.5m範囲で100万㏅以上の閃光を放つこともできる。
仮に大音量が無いとしても、その凄まじい光量を至近距離で浴びることがあれば当然視覚への影響は甚大で失明の危険性があり、気を失うこともあるという───。
「───はっ!? こ、ここは……?」
目を覚ますと、そこには見慣れた天井……というか、さっき見たばかりの天井が広がっていた。
「あ、セッチャン起きた」
「アンタ頭大丈夫?」
「え、何? なんでいきなり罵倒されたの僕? 急にそういうこと言うならフキにしといてよ」
「たしかに羨ましいが違う。お前、いきなりバランス崩して落ちてきたんだよ」
なるほど。どうやらキリさんの至近距離発光によって意識が飛び、そのまま落下してきたらしい。通りで頭が痛いわけだ。
「すいませんすいませんすいませんすいません!!」
それでキリさんは視界の端で土下座していると。
……なんか前も似たような光景見たな。
「僕、どのくらい寝てた? あと空間の歪みは?」
「ほとんど一瞬だったわよ。それで……」
「Look at that」
サラが指さした場所を見ると、さっき僕が外した天井板の部分があった。中を覗いたときは真っ暗い穴だったけど、今は内側に照明を置いているかのように光が漏れている。
ただ、なんだかあの穴から見える景色、揺れて見えるような……。
「……あ、もしかしてアレが?」
「あ、はい。アレが空間の歪みです。はい」
いやキリさん、畏まらなくていいんで。頭上げてください。
しかしまあ、ああして見ると本当に歪んでるな。アレがこの空間で一番脆い部分か。
「それでマトイさん。見つかりましたけどどうするんです?」
「あそこに飛び込めば出られるんじゃない?」
「いや、あのままだと出られない。そこでキリの力と……セキサンとフキザキサンの出番だな」
「僕と」
「俺?」
キリさんはともかく、僕らは一般人。出来ることはなさそうなものだけど……っと?
疑問に思っていると、マトイさんが片手で何かをこちらに投げ寄越してきた。これは……。
「……ハリセン?」
「この前キリチャンぶっ叩いてたWeaponだネ」
「さっきアンタも叩かれてたけどね」
サラとイザの言う通り、僕が受け取ったのはマトイさんが時折振るっていたハリセン。
どうしてこれを……?
「キリの神通力で歪みを引っ張ることで時空の壁が薄く伸びる。そこを叩き割れば出口の出来上がりだ」
「ナルホド。そのHARISENを使ってセッチャンとフキがBreaking Down Wallsってコトだネ」
「ま、待って! 私、力のコントロールできんのんじゃけど!?」
「それもだが、人の力で壊すって出来んのか? 俺ら普通の人間ズよ?」
「大丈夫大丈夫。キリは細かい事気にせずにやればいいし、暴力に訴えるのは得意なんでしょ? 全員全力でやればいいだけサね」
暴力……いやまあ、たしかにさっきそんな話はしましたけども。
「でも、仮に壊せたとしても位置が悪くないかしら。アタシなんか肩車でも届かないわよ」
「そういう事もあろうかとさっき脚立作ってそこに置いといたから使ってくれ」
マトイさんが顎で示した先、というかすぐ隣に木製の立派な脚立が立てかけてあった。
うん。僕が気絶する前には絶対に無かったはずの代物だ。つまりこの人、壁を押さえながらコレを作ったと。…………うん! 凄いな!
「ありがたく使わせて貰います。じゃあ早速やりましょうか……フキ、梯子持っててくれる?」
「おう。今度は落ちるなよ?」
早速脚立を借り、フキに支えて貰う形で再度天井に近付く。
あらためて見ても景色が歪んで見える。夏場の遠方に見える陽炎が目の前で揺らいでいるような不思議な光景だ。
「なんか真顔でハリセン構えてるのって妙に間抜けに見えるわね」
「俺もそう思う」
「僕も思うけど、一応真剣だからディスるのやめて? ……キリさん、準備OKです」
「あ、うん。……えいっ」
キリさんが手をかざすと、目の前の景色が一部、横長に伸びて見えるようになった。なんというか、柄入りのビニール袋を横に引っ張った時みたいな感じである。
「あ、言い忘れてたけど一回引っ張り始めたら壊せるまでそのまま維持しとけよ。伸ばした空間が元に戻った時の衝撃ってとんでもねえからオレも壁押さえてられなくなるかもしれねェし」
「えぇ!? それ先に言ってくれん!?」
……なんかすげえ不穏な会話が聞こえた気がするけど、聞かなかったことにしよう。
とにかく、ここをハリセンで叩けばいいんだな。空間を叩くってのはよく分からないけど……まあ、マトイさんが託してくれたんだ。信じて振るってみますか。
「よいしょっ……ん?」
叩いてみると、ガァン! と金属みたいな音が鳴った。
ちょっと手で触れてみ……いや硬えなオイ。こう、グニャッと曲がったりするイメージだったのに実際殴ったら掃除用具のロッカーみたいな感触してやがる。
「今とんでもない音鳴らなかったかしら」
「一回代わるか?」
「頼むわ」
梯子から降り、フキと上下を交代する。
フキも僕と同じように何度かハリセンを叩きつけ、ついでに拳で殴りつけたが……やはり金属のように鈍い音は鳴るものの、特に変化は見受けられない。
「マジでかってえな。コレホントに壊せんのか?」
「うーん……キリさん、フォローしてもらうことって……」
「ご、ごめんね! その余裕ないかもぉ……!」
「ですよね」
振り返ると、キリさんは顔を真っ赤にしながら掲げた両手をプルプルと震わせていた。神通力でこの状態を維持するのはかなり難しいらしい。
「マトチャンHelpはできないノ? 代わりにセッチャンとフキが壁押さえるトカ」
「やってもいいけど……二人とも、例えば全力で向かってくるダンプカーは押し返せる?」
「「無理です」」
フキと僕とで上下同時に即答した。当たり前である。
にしても、困ったことになったな。キリさんとマトイさんに協力は願えないし、フキと僕はどちらか片方しか叩けない。僕らで無理ならサラとイザじゃどうしようもないだろうし……。
「みんな、何をしている、の?」
脚立を掴んだまま悩んでいると、小さな呟きが聞こえてきた。
そちらを見ると……コマチさんが起き上がって首を可愛らしく傾げていた。
「お? 起きたのか」
「ええ、ええ。それで、これはどういう状況な、の?」
壁を押さえているマトイさんや顔を赤くしているキリさん、そしてハリセンを片手に脚立に上っている僕と支えているフキ。そりゃどういう状況かって話ですよね。
「一から説明すると長くなるので、詳しいことは後で話します。とりあえず今はそこの歪みを叩き割らなきゃならないって状況ですね」
「そうな、の?」
「おう。だがこれが硬くてな……あ、そうだ。コマチ、手伝ってもらえねえか?」
フキの言葉にコマチさんは悩むような素振りを見せた。
たしかに、コマチさんも付喪神。神通力が扱えるのなら、この状況を打破できるかもしれない。
「コマチさんって、神様としては生まれたばっかりみたいなものなのよね? 神通力って使えるの?」
「うーん……使えると思う、わ」
コマチさんは手を握ったり開いたりしながら頷いた。
流石は神様、生まれたばかりでも神通力は標準装備で使えるみたいだ。
「ウオオオ首が絞まる首が絞まる止めなさいってコラコラもががが」
「……ん!? え、ま、マトイさん!?」
妙な声に振り向くと、マトイさんの着ている付喪神がウネウネと動き回り、振袖を顔や首に巻き付けて暴れまわっていた。
ギリギリと万力のような締め音、そしてゴキゴキと骨を軋ませるような鈍い音が聞こえる。アレだ。映画のエグい死に方するシーンみたいだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、え!? い、今マトイどうなっとん!?」
「大丈夫だからキリは神通力に集中しとけ! でもこのまま暴れられると押さえきれなくなるから、セキサンとフキザキサンはちょっと急いでもらっていいか……あ痛」
───ゴキィッ!!
キリさんの背後のマトイさんは首を変な方向に捻れ曲げられながらも喋っている。絶対『あ痛』で済ますレベルじゃない音が鳴ってませんでした?
というかどうして突然着物の付喪神はあんなことを……って、ああそうか。コマチさんがフキと話し始めたから反応してるのか。
「わ、分かりました! フキ、コマチさん! 早くやろう!」
「お、おう!」
「わかった、わ」
あのままだと壁を押さえていられるのも時間の問題だろう。
そう判断した僕らは慌てて準備を始めた。
「セキ、しっかり支えとけよ!」
「はいよ。お前こそ落ちんなよ!」
言われた通り、ガッチリと脚立を掴んで支える。
そして、脚立の上でハリセンを握りしめるフキと一緒に頷き合い、後ろで両手を掲げているコマチさんに目配せした。
「せー……のッ!!」
フキが掛け声を口にすると同時にハリセンを振りかぶり、コマチさんの身体が薄い青光に包まれた。
そして──
───ゴンッッ!!
「うごァッッ!!??」
──どういうわけかフキが浮き上がり、空間の歪みを目掛けて射出されていったのだった。




