20話 土地神様と付喪神 その六
サラにしては流暢な日本語。それに雰囲気もどこかおかしい。
さっきの光はおそらく神通力によるもの。そして彼女は今、付喪神を羽織った状態。ということはつまり……
「着物の付喪神さん、ですか?」
「うん。一旦、この身体に取り憑かせてもらった」
「憑りついたって……さっきのコマチさんみたいな状態ってことかしら。大丈夫なの?」
「もう暴れる気はない。安心」
いや、そう言われても……相手はフキに害を成そうとしていた存在だ。簡単に信用していいものだろうか。
迷った挙句にマトイさんに目線を向けると、付喪神の裾を掴んだまま手を振っている。……手綱は握っている、ってことでいいんだろうか。
「信用できるかはさておき、憑りつきやすいってどういうことなんです?」
「あー……サラさんって一応巫女の血筋じゃし、その関係じゃろうね」
「ああ、神社の娘……」
「理由はともかくとして、話を聞くなら丁度いいんじゃないかしら。……本当に危険性がないなら、だけど」
「神通力はほぼ使えない状態になっとるし、マトイも掴んで力を封じとるみたいじゃけえ大丈夫だと思うよ」
なるほど、それなら安心だ。
「待って。普通にスルーしそうになったけど、神様の力を封じてるってどういうことなの」
「深く考えるなイザ。もうこの人はそういう存在として認識しとけ」
このよく分からない人間(?)について細かく突っ込んでるとキリがないぞ。
「オレへの認識はまァいいとして……一応警告しとくけど、暴れない方が身のためだぞ」
「分かってる。綺麗にしてくれた恩があるし、貴方もそっちの土地神も怖い。変な事はしないと約束する」
虚ろな目のまま素直に首を縦に振るサラ、ではなく着物の付喪神。いつも表情豊かなコイツ(の顔)が真顔のまま喋っていると違和感しかないな。
というか、フキを襲っていたからかなり獰猛な性格なのかと思ったけど、結構話が通じるみたいだ。ちょっと安心したかも。
「ふむ。じゃあ一旦その言葉を信用するとして、色々訊かせてほしいんだが」
「……チッ」
……ん? 今舌打ちしなかった?
気のせいだろうか……いや違うな。すっげえ嫌そうな顔してる。
「あのー、サラの顔でそんな表情されると何か胸がキュッとなるんですけど」
「俺は下半身がキュンとなりかけたぞ。フフッ」
「死ね」
サラが言わなさそうな二文字を侮蔑の表情と共に叩きつけられたフキは黙って少し前屈みになった。もうそのまま黙っててくれ。
この態度、やっぱりフキに対してだけは明らかに敵愾心を持っているみたいだ。こうして表情に出されると余計に分かるなぁ……。
「とりあえず貴方がフキを嫌ってるのはよく分かりました。でも……」
「詳しく話してくれねェと話が進まねェンだわ」
「分かった。布の貴方に免じて話す」
マトイさんが話しかけた途端、渋い顔を解いてあっさりと承諾した。対応の差が激しいなオイ。
「俺とマトイで態度違いすぎだろ。なんで?」
「人間性でしょ」
イザに真顔で突っ込まれたフキは落ち込んで項垂れた。哀れ。
とりあえずアホが無事に黙ったところで、着物の付喪神から話を伺うのだった──。
〇〇〇
僕らより何世代も前の昔の話。
子供が無事に成長することが簡単ではなかった時代。子供のいない家庭で、身代わりとして作られた市松人形があった。
しかし、無事にその家庭が子宝に恵まれたことで売りに出され、他の家庭に渡った。それからしばらくの時が経ち、その家からまた別の家へ、売られ、捨てられ……といった形で各地を転々とした後、人形は柊崎家の人間に回収された。
少しして、彼女は蔵の中で意思を持った。
しかしそれは市松人形ではなく、その人形の着物の方だった。
それがこの着物の付喪神の成り立ちだったらしい。
付喪神として自我を持ったはいいものの、蔵の中は暗がりで何も見えない上に誰も来ない。
彼女は暇で暇でしようがなかったが、彼女は人形に着せられた衣類。自らの意志で動くのは難しかったようで、ただひたすらに漫然と時間を食い潰していった。
この家の人間は裕福で子宝にも恵まれていて、子供の代替となる市松人形も必要がない。このまま存在を忘れられ、朽ちていくのだろうと静かに絶望していた。
そんな折、蔵に光が差した。
『可愛い人形。どうしてこんなところに?』
そう言って彼女と人形を掬い上げたのは……後に、柊崎家の当主を婿として迎え入れる予定の少女だった。
彼女は人形を本邸へ持ち帰ると、付き人と共に丁寧に手入れを行った。
汚れを落とし、ほつれていた衣も繕い、綺麗になった人形を見た彼は満足そうに笑って『美人さんね』などと付き人と一緒に褒めそやしたという。
付喪神はそんな褒め言葉に気を良くした。
それは着物に向けられたものではなく人形に向けられたものだったが、むしろそれが誇らしく、嬉しかったという。
それからの日々は平和で幸福な一時だった。
既に手放しても良い年齢であるにも関わらず人形を大切に扱う彼女を馬鹿にする者もいたが、本人は気にすることなく部屋に飾り、丁重に扱う。定期的に手入れも行い、時折話しかけてくれた。
(この人なら、大切にしてくれる)
そう信じ、神通力を行使する機会もなく穏やかな日々を過ごした。
そんなある日。
彼女の元にある男がやってきた。
その男はとても体格が良く、大柄な容姿とは裏腹に気の利く好青年で、邸内で話題になるほどの素晴らしい人間だった。
彼女とはすぐに仲睦まじくなり、夫婦となるまでに時間はかからなかった。
『私には勿体ないくらい、格好良い人よ』
結ばれてしばらく経ってからも初心に照れながら呟くその姿に、付喪神は無いはずの胸が痛んだ。
その笑顔は、人形に送られていたはずだったのに。
そんな嫉妬心に似た見当違いの恨みを男に向けながら、変わらず彼女を見続けた。
そうしていると、ある時女性が人形の方を見てこう呟いた。
『あなた、もしかして神様なの?』
なんと、彼女は付喪神が見えていたのだ。
曰く、いつからかは分からないが他人には見えない物が見える体質になったのだという。それは付喪神も該当していたようで、ずばり正体を当てられたようだ。
『共に過ごして長いというのに、気が付けなくてごめんなさい』
『それで……聞いてた? そう、彼と結婚するの』
『とても嬉しいわ。本当に、もっと早くあなたとお話できていれば、この嬉しさをもっと話せていたのに』
話しかけたところでなんの反応も無いというのに、彼女は生娘のように可憐なままで、嫋やかな恋を照れながら口にする人間だった。
(この子は、変わらないな)
そんな彼女に毒気を抜かれた付喪神は着物の袖で頭を撫でた。
始めて神通力を行使した瞬間だった。
そう、付喪神も理解していたのだ。人形は所詮人形。永久に愛情を注がれることはないということを。
だからこそ、彼女の幸せを願うべきだと考え、彼女の見初めた男を認めることにした。
撫でられた女性はその意図を理解できていないものの、自分の声に応えてくれたように感じたのか、その後も時折話しかけてくるようになったという。
それから、複雑な思いを抱えながらも喜ばしく思いつつ、二人の行く末を最期まで長く見守る事を決めたのだった。
しかし、その最期はすぐに来た。
二人が子を授かってすぐ、妻となった女性は天へと旅立ったのだ。
出先での事故による死別であった。
『俺は彼女を守れなかった』
『しかし、彼女に言われたんだ。前を向いて生きてくれ、と』
懺悔するように部屋で一人呟く男を付喪神は複雑な思いで見下ろしていた。
その後、男は入り婿でありながらも柊崎家の当主となり、忙しない日々を送っていた。
男が時折見せる辛そうな表情を見る度、付喪神も彼女を思い出して無い筈の胸が痛んだ。しかし、それでも前へ進もうとする彼を応援しようと思っていた……のだが、
『前を向いて生きないと』
『あの人のためにも、前を』
『……前、を…………』
『………………』
いつしか、男はどこか狂ってしまっていた。
いつの日からか、数日おきにどこかから女性を引っ掛けてくるようになった。
彼も男だからと最初は目を瞑っていたが、日増しに女を連れ込む頻度は増えていく。
さらに日を増すごとに彼の行動は以前と異なったものになっていき、その目、その笑顔が別物になってしまったかのようにすら思えてくるほどであった。
そして、女性に溺れる日々を過ごすと同時に彼はあらゆるものを集め始め、やがて部屋は無用の品で溢れかえるようになっていた。当然ながら付喪神は周囲の物に埋もれていく。
……物は人の手から離れ、忘れられていくものが多くである。それが自然の摂理であることは付喪神も理解しており、このまま消えゆくこともまた承知の上だった。
しかし、付喪神は埋もれゆく中で彼の呟きを聞いた。聞こえてしまった。
『これなら、彼女も喜ぶだろうか』
……そう、彼はいつまでも亡くなった彼女に囚われ続けていたのだ。
女を連日連れ込んでいたのも、亡くなった彼女の面影を探して。物を集めていたのも、もういない彼女を喜ばせたいがため。
虚ろな瞳の奥に在りし日々を残し、それを追いかけ続けている。
その事実に、付喪神は酷く憤慨し、失望した。
彼女は前を向けと言ったはずだ。
なれば、貴方が。他ならぬ貴様がそれを踏みにじるな!
憤りを抱える中、いつの間にやら市松人形は蔵の中へと帰っていた。男があまりに多くの物を蒐集した結果、家の者によって整理されたのだ。
冷たい蔵の奥の中、彼女と自分たちを裏切り、変わりきった彼を殺してしまいたくなるほどに恨みを募らせ、孤独な暗闇の中でその悪意は密かに肥大化していった。
しかし、神通力を使って蔵から出ようにも、多くの蒐集品で気脈の乱れた蔵の中では力を上手く行使できなかった。それに、人の出入りはあれど誰も気味の悪い人形を持ち出そうという奇特な人間は現れない。
幾度も蔵は整理され、その度に奥へと追いやられる。もう二度と外へ出ることはないのだろうと諦観し始めた頃、変化が起きた。
着物ではなく、今度は人形の方が新たな付喪神として生まれようとしていたのだ。
着物の付喪神は妹ができたような心地になり、素直に喜んだ。さらにそのお陰か気が紛れ、その誕生を待つ間に男への悪意も薄らいでいった。
だが、浮かれた気分でいられたのも束の間、ある事に気が付いてしまった。
この人形は、あの男に惹かれてしまっている。
神同士だからなのか近くにいたからなのか……理由は不明だが、その内心が人形の身の着である付喪神へと流れ込み、淡く甘い感情がそこに在ると即座に理解できた。
このまま生まれ出でてしまえば、この子は彼女と同じく悲しむことになる。
あのような人間に恋をするくらいならば、いっそのこと封じ込めてしまった方がマシだ!
そう結論付けた着物の付喪神は神に成ろうとしている人形が不完全な形となるよう力の一部を切り取って離れ、さらに周囲の人間、並びにこの地を護る神にすら気取られないよう蔵の中の気を乱し、結界を張った。
これであの人形は完全な付喪神とは成らず、人にも他の神にも気取られない。彼に会うことなく、神に消されることもないだろう。
そんな歪んだ愛情と現状維持が最善だと信じて、蔵の奥で付喪神の成り損ないを封じ込め、長年閉じ篭っていた。
しかし……
『……? なんかココだけフンイキ違う?』
一人、迷い込んだ者がいた。
赤い髪と妙な喋り方のその少女は結界をものともせず、ずかずかと足を踏み入れてきた。
神にも人にも見つからないはずなのに何故、と考えたが、彼女からは強い神の加護を感じられた。恐らく神と深く関わる人間なのだろうと気が付いた頃には、赤毛の少女は市松人形を手に取っていた。
『Wow, Japanese Doll! ……ン?』
遠ざけようとしたが既に時は遅く、彼女の魂の一部は取り込まれ、身体は頭を打って倒れ込んでしまった。
このままでは彼女はあの子と共にこの場に囚われたままになる。
そうなれば彼女と関わっている神が異変を感じ取り、この場に来てしまう!
焦った着物の付喪神は赤毛の少女を助けようとした。しかしその影響か結界を解いてしまい、他の人間や神までもがこの領域に踏み込んで来てしまった。
このままではまずい、と内心で歯噛みした……が、さらに衝撃的な事態に思考が停止した。
あの時の男が、こちらを見ている。
否、あの時から相当な時が経っている。ならば人間である彼はとうに死んでいるはず。だが、彼に瓜二つなあの人間は一体何者なのか?
その疑問はすぐに解消されることになった。
『──ちょっとフキ、アンタ大丈夫?』
フキ。
一際小柄な少女が、彼のことをそう呼んだ。
フキ。
フキザキ。
───柊崎。
柊崎家の男。
そして──あの男の、子孫。
気が付いた時には憎悪が衣を焦がし、行動を起こそうと蠢き始めていた。




