15話 土地神様と付喪神 その一
「じゃ、オレは木像の手入れしてくるから。一応コマチも一緒について来てくれる?」
「わかった、わ」
「じゃあ作業できそうな場所に案内してやるよ。たしか西側に空いてる部屋があったはずだ」
というわけで、フキとマトイさんとコマチさんの三名は一時的に客間から退室していった。
客間に残り、暇を持て余すことになった僕らはすることもないので、持ってきていた教科書とノートを広げてテスト勉強をすることになった。
今は互いに互いの苦手な教科を教え合っているところだ。
「セキ、そこの代入間違ってない?」
「あ、ホントだ。ありがとうイザ」
「どーも。……ここの英文ってどう訳すの?」
「『彼らは私が想像していた以上に思慮深かった』って感じかな。……なんかお前嬉しそうだな?」
「どぅえ!? そ、そう!?」
教え合っている間、何故かイザの顔は少し華やいでいた。
……いや、今も嬉しそうだ。驚いてるのに口元ニヤついてるし。
「そんなに僕に教えるのが楽しい?」
「いやそそそんなべ、べべ別にアンタに教えてるからじゃなくて人に教えるのが好きなだけで変な意味はないからああ安心しなさい」
「お、おう」
何を安心すればいいのかは分からないけど、教えるのが好きっていうのはいい事だな。イザは結構面倒見もいいから教師に向いてるのかもしれない。
何故か顔を赤くして目を泳がせている小さき隣人はさておき、とりあえず気になるのはもう一人の方だ。
「サラはどう……って聞くまでもないか」
「ヌォォ……」
僕の言葉に返答する余裕もなく、テーブルに突っ伏しているサラ。もはや呻くだけの屍と化している。
どうやらかなり苦戦しているようだ。まあどの教科かはなんとなく分かるけど……。
「一応訊くが、どれが分からないんだね榎園君」
「The most useless knowledge(1番いらない知識), KOTEN-BUNGAKU...」
「日本文学を研究している人たちに謝りなさいよ」
「ダッテ現代社会で使うコトなくナイ!? I live in the present(ワタシは今を生きてる)!」
「それこそ研究してる人もいるし現在進行形で学校で使ってんだろーが。教えてやるからもう少し頑張れって」
「クッ、学生の立場とはカクモハカナキモノ……!」
そんな感じで騒がしくしつつ、若干1名を除いて僕らのテスト勉強は捗った。
うん、やっぱり一人で勉強するよりも人と一緒に教え合う方が覚えやすいな。
その傍らで、テスト勉強と関わりのない土地神様はというと……。
「これが最近の教科書……うーん、全然分からん」
今僕らが使っていない教科書を開いて見つめ、眉間に皺を寄せていた。
僕らが勉強道具を広げ始めたところで、彼女は興味深そうに教科書を覗き込んできたのだ。
キリさんの知識の範囲なんかも知りたいし、色々訊いてみようかとも思ったけど……今は僕らの勉強が最優先ということで、サラの教科書を貸し与えているところである。
子供におもちゃを与えて気を引くような形になってしまったけど、本神的に気にしていないようなので特に問題はなさそうだ。
「Heyキリチャン! 分からナイところある!?」
「自分の勉強しろよお前……まあいいや。集中力切れてきたし、一旦休憩にしようか」
「そうね。お茶もなくなったし、貰ってこようかしら」
「じゃあ僕も行くよ。全員分貰うなら僕も持つからさ」
イザに合わせて立ち上がり、伸びをした。
床に座って勉強し続けてると椅子よりも余計に身体が凝り固まるよなぁ。身体からゴキゴキと小気味いい音がしている。
「ええっと、じゃあ私が行こうか? 皆と違ぉて勉強しとるわけじゃないし」
「教科書読んでるんだから同じようなものでしょ。神様をパシらせるわけにもいかないし、アタシとセキが行きますよ」
「パシ……? いやいや、そんなん気にせんでいいよ。私が……」
「ンジャ、皆で行こーゼ。フキの家を探検だ!」
「お茶貰いに行くっつってんだろ」
立ち上がって拳を掲げるサラの後頭部へと軽く手刀を落とした。お前勉強したくないだけだろ。
しかし、せっかく来たのにこうしてこの一室に留まり続けるのもなんだか味気ない。というわけで、気分転換も兼ねて僕らは客間を後にしたのだった。
〇〇〇
「掛け軸が廊下にあるのって、なんか凄いねえ」
柊崎家の廊下を歩きながら、キリさんが呟いた。
珍しい絵が壁に掛けられていたりするせいか、さっきからサラとキリさんは物珍しそうに辺りを見回している。一方、偶に訪れているせいで慣れきっている僕とイザは特になんの感慨もないわけだが。
「オゴソカな和風Tasteだわネ」
「アンタん家もそうでしょうが」
「セキさん、今はどこに向かっとるん?」
「とりあえずはキッチンですかね。僕も細かくはよく覚えてないんで、お手伝いさんとすれ違ったりしたら楽なんですけど」
探検とサラは言っていたけど、人の家で好き勝手するほど僕らは自分勝手ではない。適当にお茶を貰ったらすぐに退散して、勉強に戻るとしよう。
……興奮しているサラが素直に戻るかは少し心配だけど。
「そういえば、イザクラさんに訊きたい事があったんじゃけど」
と、色々考えていたところでキリさんが呟いた。
「ん? なんです?」
「フキザキさんとはどういう関係なん?」
キリさんの質問に対し、イザの顔が固まる。
あ、これはアレだ。『アイツの話題かよ』って顔してるわ。
「……幼馴染、ですけど。どうしてそんなことを?」
「あ、いや……フキザキさんって三人のことを平等に気にかけとるような気がしたんじゃけど、そん中でもイザクラさんには特に気安いような感じじゃったけえ、どうしてなんかなって」
そっかー幼馴染かぁ、とキリさんは納得してから、さらに言葉を続けた。
「……あ、もしかしてイザクラさんとフキザキさんって、付き合っとったりとかするん? なんて――」
土地神様が笑顔で疑問を投げかけた途端……
つう、とイザの頬に一筋の雫が垂れた。
「い、イザクラさん!? どうしたん!?」
さめざめと泣くイザに対し、困惑の表情でキリさんは慌て始めた。
いや、キリさん……。
「き、キリさんがそんな酷いことをいう神様だったなんて……っ!」
「そうですよキリさん! いくら土地神様でも言っていい事と悪い事がありますよ!」
「待って!? 今私普通に訊いただけよね!?」
何を言ってるんだこの神様は。
あの下ネタ拡声器搭載自立型起動変態と付き合うなんて拷問じみたこと、思っても口にしないのは当然のことだというのに……!
「前から思っとったけど、皆してフキザキさんに対して厳しくない? あの子何したんよ?」
「小さい頃、アタシの家で飼ってたオウムに幼稚園児らしからぬ語彙力で変な言葉を覚えさせまくってえらいことになったわ」
「中学時代に『ギリギリエロく聞こえるけどそういう意味じゃない単語辞典』を自主製作して図書室のおすすめ本コーナーに配置して生徒達を混乱に貶めたりもしてたな」
「Summer Season(夏場)にオンナノコの後ろに回って背中見テタネ。中にシャツ着てる子バッカだからなんかショック受けテタケド」
「貸したゲームのディスクケースに18禁DVDを間違えて入れて返したきたこともあったわね」
「それ僕も映画のブルーレイでやられた。あとこの前一緒に店で飯食ってる時に猥談おっ始めて店員から僕も同類として白い目で見られることになったりもしたっけ」
「情報量と罪状が多すぎて何から突っ込めばいいか分からんのんじゃけど」
とにかく、フキへの対応が雑なのは僕らの前でのやらかしが多すぎる故ということだ。(本人の希望もあるが)
なんならこの場で言っていないもっとアレなこともしでかしているが、言い連ねていけばマジできりが無いので割愛させて頂こう。
「というわけでアタシとアイツがそういう関係になることは今までもこれからも絶っっっっ対にないわ。吐き気を催すレベルで嫌なので二度と言わないでください」
「す、すみませんでした……っていうか、なんでそんなに言うのに一緒におるん?」
「定期的に変な事をするっていう欠点以外は良い奴だし、悪い人間ではないんで……」
あ、『さっきまでの話聞いた後だと説得力ねえな』って顔してる。
いやホントに馬鹿だけどいいとこもあるんですって。もの凄い馬鹿なだけで。
「セキさんはフキザキさんのこと、信頼しとるんじゃね……はっ!? まさかセキさんとフキザキさんの方がそういう関係──」
「それ以上言ったら土地神様でもキレますよ」
「ごめんなさい」
すぐにソッチ方面に繋げようとするのやめてください。アイツとそういう関係とか反吐が出るわ。
イザと一緒になってキリさんに睨みを利かせていると、一番前を歩いていたサラが突然立ち止まり、身体がぶつかった。
「っと、どうした?」
「セッチャンとイザはさ、この家に来たコトあるんだよネ?」
「え? まあ、そうね」
「何かあった?」
「イヤ、大したコトじゃないんだケド──
──この家、廊下長くネ?」




