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土地神様は薔薇が好き。  作者: WA龍海
怪異、怪人編

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12話 土地神様と柊崎家の蔵 その二



「──っサラ! おい、大丈夫か!?」



 長く赤い髪の毛を乱雑に広げてうつ伏せで倒れているサラを見て、思わず駆け寄った。

 すぐに仰向けに抱き起こして、容体を確認する。

 顔色に変化はなし。呼吸も……問題なさそうだ。

 これは……寝てる、のか?


「……サラ? おーい」


 いや、違う。

 こうして呼びかけても腕に抱いて揺すっても起きない。寝てるというより気絶している。


 一体何が原因で……ん?


「これは……」


 サラの足元に何か転がっている。

 目を凝らしてよく見ると……小さな人型の何かが転がっていた。

 薄暗くて分かりづらいが、服を着ていない日本人形のようだ。何故あんなに雑に転がってるんだろう。


 と、疑問を抱いたところでサラの頭部に何か違和感があるのに気がついた。

 違和感というか、少し腫れ上がっている。


 ……なるほど。流れが読めたぞ。

 予想でしかないけど、恐らくサラが倒れたのはあの人形が原因だな。

 落ちてきて頭に当たった、もしくはつまづいて頭を打ったかのどちらかってところだろう。


「ちょ、ちょっとその子大丈夫なの?」

「気絶はしてるけど、命に別状は無さそうだ。ただ、頭を打ってるから安静に……フキ?」


 心配するイザに説明していると、その隣に立っているフキが全く別の場所に顔を向けていた。

 僕もそちらに目を向けるが、特に何かある訳でもない。離れた場所に物が積んであるだけだ。


「ちょっとフキ、アンタ大丈夫?」

「……あ、悪い。ボーッとしてた」

「しっかりしなさいよ。アンタまで倒れたら……」

「心配してくれんの?」

「トドメを刺すのに絶好の機会すぎて後処理が困るじゃない」


 犯行後の未来を見据えるな。怖え女だな。


「あ、あのー。大丈夫……て何これ!?」


 大小セットの掛け合いに呆れていると、遅れてキリさんがやってきた。

 そら友達が倒れてたら驚くわな。僕もそうだし。


「サラが頭ぶつけたみたいなんですよ。気を失ってるみたいなんで、一旦移動しようかと――」


「なんでここ、こんなに()()()()ん!? ほとんど神域じゃんか!」


『え?』


 予想外の方向への驚きに僕らは三人揃って声を漏らした。

 ここが歪んでる? 神域?


「……フキ?」

「いや知らん。マジで知らん」


 蔵について一番詳しいであろう親友の名前を呼ぶと、手を振って全力で否定してきた。

 どうやら本当に何も知らないらしい。



 ぐじゅり。



「……ん?」


 一瞬だけ親友に疑いをかけていると、何か妙な物音がした。

 トマトのような果肉を潰したような、水と固体が混じったような音だ。方向的にはさっきフキが見ていた方だろうか。

 そちらに顔を向けると……



 人型の黒い墨の塊のような何かが立っていた。



「──ッ!!」


 思わず悲鳴を上げそうになりつつ、口元を手で抑える。


 ぐじゅり、ぐじゅり。


 黒い何かは一歩一歩、ゆっくりと踏みしめながら近づいて来ている。

 ヤバい。なんかよく分からんが絶対にアレはヤバい。


「うお、なんだアレ」

「え? 何、どうしたの?」

「イザ、アレ見えてないの!?」

「え、何? ……え、またそういう感じのやつ?」


 フキは見えているようだが、イザには見えていない。先月の靄と似たようなもののようだ。

 しかし、一目見て直感……というか本能的に分かる。あれは先月のニシユキさんから出ていた黒い靄とは恐らく次元が違う。見ているだけなのになんだか頭が重くなってきた。


「っ! 絶対にあれに触らんで! 早く入口の方まで戻るよ!」


 僕が黒い何かを警戒していると、珍しくキリさんが声を荒げた。

 予想通りというか、やはりかなりの異常事態らしい。


 そういうわけで、サラを抱えて入口まで退避することになったのだった。




「──で、どういうことなんです?」


 入口まで戻ってきた僕らは落ち着いてキリさんに話を聞くことにした。

 ちなみにサラは頭が痛くないようになるべく楽な体勢で寝かせ、僕が膝枕をしている。


「えーっと……どこから話そうかね?」

「じゃあまず、あの場所が歪んでるっていうのは?」

「あ、うん。あの辺りの空間そのものが歪なものになってしもうとるというか……あそこだけ人間の世界じゃない、みたいな。ほら、電気が点いとるのにあの辺だけちょっと暗かったし、色もおかしく見えんかった?」

「それはよく見てなかったんで分かりませんけど……先月のニシユキさん的な案件ってことですか?」

「いや、あの時よりも格段に難しい状況になっとるね。私でも対処しきれるかどうか……」


 ちょっと待て。

 先月解決した一件はたしか数百年単位の累積した呪いで、神であるキリさんくらいしか祓えないレベルの強力な代物だったよな。

 それより難しいって……。


「アンタん家の蔵どうなってんのよ」

「俺が聞きてえわ。……いやホントなんでそんな事になってんの? 前に入った時は何もなかったっすよ?」

「も、申し訳ないんじゃけど私にも原因は分からんよ。むしろこっちが聞きたいくらいなんじゃし……」


 土地神様でも原因すら分からないのか。これは相当厄介な話になりそうだ。


「じゃあ次だな。あのエロい墨人間はなんなんすか?」

「今変な読み仮名(ルビ)入れなかった?」

「気のせいだ。それでアレなんなんすか」

「あれは──」



「──全員揃って何してンの?」



 僕が疑問を口にしている途中で後ろから声が掛けられた。

 振り向くと先程別れた顔面布巻怪人、マトイさんが立っていた。


「あ、マトイ。用事は済んだん?」

「いや、まだ済んでないけど……何かあったの?」

「はい。実は──」


 先程起きた事を説明すると、マトイさんは「なるほどなァ」と頷いて続けた。


「了解。とりあえずこの件はオレがなんとかするよ」

「えっ、なんとか出来るんですか?」


 めちゃくちゃ軽いノリで言うマトイさんに思わず聞き返してしまった。

 マトイさんは見た目こそ人離れしているが、普通の人間(自称)のはずだ。神様でも太刀打ちできない物にどうやって立ち向かうというのか。

 ……いやまあ、この前キリさんの神通力を片手で弾いたりしてたから本当に人間なのかはだいぶ怪しいけど……。


「まァ解決出来るかどうかはやってみないと分からないけどね。説明は後にするとして、まずは現場を見ようか……あ、その子も連れてきて」


 そう言いながらテキパキと扉を開けて蔵の中へと入っていくマトイさん。

 言われた通り、サラを背負ってその後を皆で追うことになった。




「まずは()()()()()()()()()()()()()()ね」


 薄暗い蔵の中で恐れることなくずんずんと進むマトイさんがそんな事を言ってきた。


「魂を取り返す?」

「アレ? キリ、説明してなかったの? その子の魂、今半分抜けてる状態なんだよね」


 なんでもないことのようにシレッと放たれた衝撃の事実に驚いて転けそうになった。

 僕のすぐ後ろを歩いているキリさんを見ると、気まずそうに余所へ視線を動かした。……どうやら本当のことらしい。

 いやしかし、魂が抜けてるとしたらおかしいことがある。


「普通に呼吸してますけど……」

「あァ、それは抜けてンのが()()だからね。まだギリギリ繋がってる状態だから死んではいないよ」


 ……よく分からないけど、とりあえずは生きているらしい。

 一安心といっていいのか分からないけど、最悪の事態じゃない。不幸中の幸いといったところか。


「ていうか、なんでそんなことに?」

「ンー……多分、アンタらが見たって言う黒い墨みたいなヤツの仕業かな。異界化についてはまた別の原因だろうけど」

「アタシは見えなかったけど、その黒いのって何なんです? また呪いみたいな?」

「直接見ないとなんとも言えないけど、聞いた限りだと……おっと」


 解説の途中でマトイさんの足が止まった。

 その背中を少し避けるように前を見ると……。



 ぐじゅり。



 そこには件の墨人間がこちらへ歩いて来ていた。

 先程と同様、こちらへ向かってゆっくりと歩いてきている。さっきと変わらず、音と姿を認識するだけで頭に錘を突っ込まれた気分になった。


「噂をすれば、ってな感じか」

「……やっぱり! マトイ、あれ……」

「あァ、()だな。それもそこそこ年季の入った付喪神つくもがみだ」


 マトイさんとキリさんは黒い墨人間を見ると、その正体を口にした。

 ええっと、付喪神ってたしか……。


「百年くらい使い込んだ物に命が宿るやつでしたっけ?」

「お、よく知ってンね。それそれ」


 いやまあ、この前見た映画に偶然出てきたから知ってただけですけどね。たしか神様とか精霊が宿るとか言われてたっけ。

 ……あの墨と泥の塊みたいなのがその付喪神と言われても信じ難いな。


「アタシ全然見えないんだけど、墨の塊みたいな感じなのよね? 何の付喪神なの?」

「付喪神というか、正確には()()()()()だな。多分人形か何かに取り付く寸前だったんだろうけど、ありゃその段階のまま成長してンな」

「それであんなおどろおどろ(エロエロ)しい形になってるってことか」

「フキ、やっぱ何かお前の言い回しがおかしい気がしてならないんだが」

「気のせいだろ。単純に黒くてドロっとしててぬちゃっとしてるのがなんかエロく感じているから言葉に出ているだけだ」


 おかしいのはコイツの守備範囲だったようだ。目の前の怪異よりもこの状況下で興奮できる親友が一番怖い気がしてきた。

 イザとキリさんも「うわぁ……」とドン引きしている。


「アッハッハ。まァ怖がってないってンなら頼もしい限りだな」


 しかしマトイさんだけはスケベ大魔人(フキ)の超範囲守備に引くことなく笑い飛ばしている。どうなってんだコイツらの精神力は。


「と、とりあえずそういう話は置いといて、どうするん? あれ人間が触ったらとんでもないことになるよ?」

「とんでもないこと?」

「アレに取り込まれるか、身体が腐り落ちたり焼け爛れたり……精神だけ犯されて廃人になるか。まあ何にしろ大体即死ルートだな」

「ふ、触れるだけでですか」

「何があっても触らないでね? 特にフキザキサン」

「触らねえよ。流石にナニが腐って落ちるのは勘弁だからな」


 そろそろこの馬鹿黙らせた方が良くないだろうか。

 ……って、取り込まれる?


「まさか、サラの魂が半分抜けてるっていうのは……」

「あァ、アレの中に取り込まれてる」


 マジかよ。

 ……え、ホントにまずい状況じゃないか。


「あァ心配しなくていいよ。ただ取り込まれただけで今ンとこは何ら問題はないから。身体に外傷も無いし魂もまだ繋がってるから、さっさと取り返しゃいいだけだ」


 僕の内心を察したのか、マトイさんが落ち着かせるような優しい声色で言ってきた。

 それを聞いて少しは安心したけど……取り返すってどうすればいいんだ?


「……あ、キリさんの神通力でぶっ飛ばすとか?」

「いや、成り損ないとはいえ神だからな。見た感じキリより年季が入ってるみたいだし、コイツの神通力程度なら弾かれそうだ」

「え、マジすか」

「うん。実はさっきも試したけど無理だったんよね」


 キリさんは説明ついでに「ほら」と身体を光らせながら小さな光球を作り、付喪神へと放り投げた。

 すると光球はシャボン玉のように儚く壊れて霧散してしまった。

 何そのバトル漫画的なやつ。そういうのも出来たんですかカッコイイな。


「セキさんも結構緊張感ないよね」

「心を読まんで下さい。てかキリさんでダメならマジでどうすんですか?」

「そらァこうするしかないでしょ」


 そう言いながらマトイさんは普通に付喪神の前まで歩いていくと、頭部の辺りにズボッと右手を突っ込だ。


 ……え?

 え、さっき腐り落ちるとか爛れるとか色々言ってませんでした!?


「ちょ、マトイさん!? 大丈夫なんですかそれ!?」

「あァ大丈夫大丈夫」


 ──バシュウゥゥゥッッ!!


 いや、言い方が軽いけど絶対大丈夫じゃないだろ。

 なんかこう、肉を高温で焼いた時みたいな不穏な音が凄い聞こえるし、突っ込んだ右腕の端から煙みたいなの出てるし……色々事情を知ってるキリさんも目を丸くして固まってるし。

 それからさっき付喪神を見た時もほとんど動じなかったフキですら異様な音と光景に少し冷汗をかいている。唯一何も見えていないイザは……逆に状況が分からなさすぎてオロオロしてるな。



「ンー……ここか? いやこの辺……あ、こっちか」


 ──ジュッ、ゴキッ……ゴリゴリゴリゴリ。



 そんな僕らの心配を他所に、当のマトイさんは鞄の中でもまさぐるように腕をグリグリと動かしている。

 動く度に焼けるような音と骨の軋むような音が二転三転するので、その度にキリさんが小さく悲鳴を上げており、彼女の様子を見たイザも顔を青くして僕に抱きついてきた。

 正直僕も怖い。怖くて止めようにも止められねえ。


「お、あった。コレをこうして──よし」


 謎のスプラッター音声を聞かされているような感覚で見守っていると、マトイさんがようやく右腕を抜く体勢に入った。

 よ、よかった。色々とよく分からないけど、とりあえずこれでマトイさんの身も安全だし、こちらとしても精神的な負担は減る──



「よいせっ」


 ──スポッ。(←右手を引き抜いた音)


 ──ヒョイッ。(←足元の人形を拾った)


「よいしょっ」


 ──ズボッ!(←人形ごと左手を突っ込んだ音)


 バシュウゥゥゥ!!(←再び肉の焼けるような音)



「「何してんの!?」」


 ──何故か流れるような作業で逆側の手を突っ込み、再び腕を焼き始めたのを見て思わずフキと一緒に突っ込んでしまった。

 いや何してんのマジで?


「…………」


 キリさんに関してはただでさえ白い顔が真っ青になってきてるし。

 ……なんか一周まわって逆に冷静になってきたぞオイ。


「セキサン、はいこれ」

「え? うおっと!」


 あまりにもマトイさんが平気そうな雰囲気でいるから『実はアレ危険性無いんじゃないか?』と疑念を抱き始めたところで、そのマトイさんの右手から何かを投げ渡された。

 ……なんだこのピンクの水晶玉?


「それ、サラサンの魂が固まったもの。身体に触れさせれば元に戻るから」


 ──ジュウゥゥ……。


 え、コレが?

 言われた通りに背負っていたサラ(の身体)に当てると、水晶のようなものはパッと消えた。

 そして、



「ブッハァ!! ……ン、アレ? 何でワタシ背負われてるノ?」


 即座にサラが目を覚ましたのだった。

 

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