2話 土地神様と出かけよう その二
土地神様のファッションショーから数分後。
サラが服を片付けるために一旦家に帰る、ということだったのでキリさん(現代ファッション着用)を連れて榎園家の前まで戻ってきた。
今はサラが出てくるのを待ちつつ、キリさんと駄弁っているところである。
「そういえばその服、サラのですよね? 前に必要な物買った時に服は買わなかったんですか?」
「い、一応買ったけど……部屋着にしてます、はい」
「え、外で着てないんですか? 一度も?」
「あ、はい」
「えー……」
あんまりなキリさんの対応にサラの胸中を察した。
あのオシャレ番長からすれば、せっかく買ってあげた服が部屋でしか着られていないとなると複雑な気持ちにもなるだろう。先程のように声を荒げるのも止む無しだな。
……考えてみれば、先月外に行った時もあの白い着物のままだったっけ。
「少しは着てあげた方がいいですよ。サラも服も可哀想ですし」
「……たしかに、服は着てこそよね。頑張ってみる」
「そうしてやってください。……そうだ、話は変わりますけど、昨日ニシユキさんから新作の進捗が届いたらしいですね。どんな感じなんで――」
「あ、それが凄いんよ! 今回はニシユキさんが作った自作の物語でね! 前の本みたいな原作を知っといた方が楽しめる感じとは違っとって全体的にとっつきやすいというか……あ、その辺りは前もそうじゃったけど、今回は特にその辺意識しとるんじゃって! それで内容としてはこう、お互いの想いを伝えようにも断念したりするっていうもどかしい感じが良くて……やっぱり本当に大切な想いは胸の内に秘めてこそ美しさが光るっていうか」
「わあ元気」
言い切る前に反応したよこの神様。しかも口の回りが早いこと早いこと。
あとなんか前より語彙力が向上している気がする。これが読書の成果か。
「――あら? せっちゃん、まだ出発してなかったの?」
雑談している途中で後ろからまたしても聞き慣れた声がした。
振り返るとそこには、ついさっき会って別れたはずのアザミさん(withマウンテンバイク)がいた。
「あれ? アザミさん走ってくるんじゃ……」
「それが水筒を忘れちゃっててねえ。急いで取りに来たのよ。……あら土地神様、可愛い格好ねえ」
「あ、ありがとうアザミちゃん」
アザミさんに褒められたキリさんは恥ずかしそうに僕の背に隠れた。
榎園家で過ごすようになってからそこそこ経つはずなんだけど……どうやら土地神様はまだ少し慣れていないらしい。
まあアザミさんの名前はすんなり呼べてるみたいだし、そこは進歩だろうか。
……というか、自分の神社で祀られてる神様そのものと過ごしてて普通にしている榎園家の面々が凄い気がする。フレンドリーを擬人化したような一家だし、控えめな性格のキリさんが気後れするのも当然っちゃ当然か。
そう考えると普段この家で過ごしてる時、キリさんどうしてんだろ。
「オマタセー二人とも……ってあっ、オバァチャン」
榎園家で過ごすキリさんについて考えていると、待ち人……サラが玄関から出てきた。
さっきまでのラフな格好、文字Tシャツとハーフパンツ……ではなく、オーバーサイズのデニムジャケットや丈のあるスカートなどを着ていて、全体的にゆったりとしたカジュアルファッションに様変わりしている。
やけに時間がかかっていたのは着替えていたからか。
「あらあらサラちゃん。ダメじゃない、お客さんを待たせちゃって」
「オンナノコは時間がかかるんですノヨ、オバァチャン」
「あら、その考え方はダメよサラちゃん。『待ってもらう』のと『待たせる』のじゃ全然違うんだから。一方的に受け止めてもらう姿勢は頂けないわ」
「それもソッカ。ゴメンネ二人とも」
「「あ、いや……」」
ぺこりと頭を下げるサラに対してキリさんと一緒に生返事を一つ。
……アザミさん、なんてイイ女の考え方だ。流石は年の功といったところか。
そんな熟れた知識に驚いていると、サラが「あ、そうだ」と言って持っていた水筒をアザミさんに差し出した。
「オバァチャン、水筒忘れてたヨ。コレ取りに来たんデショ?」
「ああ、ありがとね。それじゃ行ってくるから」
「アザミさん、お気をつけて」
「ありがとねぇ、せっちゃん。皆も気を付けるんだよー」
サラから水筒を受け取ったアザミさんはまたしても爆速で発進。すぐに姿が見えなくなってしまった。
……やっぱ妖怪だろあの人。
〇〇〇
「おぉ……」
榎園家を出発して数分後、駅に到着した。
電車を待っている間、キリさんは落ち着かない様子でキョロキョロと周りを見回している。
「落ち着きませんか?」
「あ、うん。電車って見たことはあるんじゃけど、乗ったことはないけえさ」
あ、そうか。
僕らと出会うまでは神社からほとんど出たことすらなかったって前言ってたもんな。
「あれ? 前に買い物行った時はどうしてたの?」
「アノ時は近くのMallだったし、オジィチャンが車で送ってくれたのヨ」
なるほど。
そういえばその時は布団とか色々大きな物も買ったと聞いている。そりゃ運ぶのに車が必要になるわな。
「今は蒸気じゃないんよねー……電気の時代って凄いわ」
いや蒸気て。
何歳だよ……と思ったけど、そういやキリさんって見た目は僕らと同年代の人間に見えて80歳の神様なんだよな。そのくらいの知識で止まっていてもおかしくないか。
「ワタシ達と会う前に一回神社から出たことがあるんだよネ? その時は乗らなかったノ?」
「あ、うん。あん時は歩いて行ける範囲しか行かんかったけんね」
「それ、いつの話なんです?」
「えっと――」
『まもなく列車が到着いたします。お待ちのお客様は――』
思わぬところで土地神様の過去話が聞けそうだったのだが、遮るように列車の到着アナウンスが流れた。
「っと、来たか。さっさと乗ろう……待てサラ、そっちは逆方面だ」
「Oh, 助かったゼセッチャン」
「出かけるって言い出したのお前なのになんで間違うかな……」
ため息を吐きながら三人で電車に乗り込む。
日曜日ということもあって車内に人は多いが、満員というほどでもない。
そんな電車の中、気になったことが一つあったので訊いてみることにした。
「この前より町から離れますけど……大丈夫なんですかね?」
「トチガミサマだしネ」
「うーん……前も特になんともなかったし、大丈夫じゃと思うけどね。……ただ、なんか忘れとるような……」
「不安になる事言わないで下さいよ。地域外れた瞬間に天変地異起きないでしょうね?」
「危なくなったらキリチャン外に投げよーヨ」
「あ、その時はセキさんお願いします」
「怖いもの知らずが過ぎるだろ。キリさんもお願いしないでください」
そんな話をしているうちに電車がトンネルを抜けた。
特に変化は……なさそうだな。
「ダイジョブソだネ」
「そう、じゃね? ……あ、ところでこの小さい画面って何?」
「液晶看板ですか? なんて説明したもんかな……」
「TVみたいなモンでヨ」
「なるほど……テレビみたいなものかぁ」
それからは目的の駅に着くまで立って揺られながら他愛もない話に花を咲かせることとなった。
そんなこんなで目的地である町から離れた都心部に着き、休日で人の溢れる大型ショッピングモールにやってきたわけだが……。
「ろ、ロボットが動いとる! 何あれ!?」
「ピッパーくんですね。動くどころか喋りますよアイツ」
「えっ、あ、あの人……案内板を触って動かしとる!」
「Touch screen だネ。キリチャンもやってみる?」
この神様、落ち着きがない。
目を輝かせながら辺りを見回しては、あっちへフラフラ、そっちへフラフラと寄り道している。
まあ神社からほとんと出たことがない彼女は言わば浦島太郎状態なわけだし、見慣れないものが多くて戸惑うのも無理はない。
ただ……想像していたよりもキリさんは近代の知識が多いということに驚いた。
ずっと外に出ていなかったというのだから、見たことの無いものに囲まれて混乱するかと思っていたけど……どちらかというと時代や技術の変化に驚いている感じだ。
実物のロボットに対する反応もそうだし、電車内で液晶画面を見た時もあんな感じだったし……もしかして前に外に出たのって意外と大昔なわけでもないのかな。
「ところでサラ。デートとは言ってたけど、結局今日何すんの?」
おおー、と子どものように息を漏らしながら画面をスライドしている白髪美人の背中を見ながら、隣に立つ赤髪美人に訊いた。
ここまで来たはいいけど、諸々訊きそびれていたからね。
「ンー、とりあえず街をブラブラカナー。色んなオミセ行って色々見て、色々食べよーゼ」
うむ。実質ノープランでの街ブラである。
まあコイツらしいといえばコイツらしいけど。
「そんなことなら普通に誘ってくれれば良かったのに……」
わざわざデートなんて言い方しなくても良かったと思う。
もしかして海外では単純に一緒に出かける意味合いで使うとか? 知らないけど。
ため息混じりに溢した僕の言葉に対して、サラは変わらず朗らかな笑顔で続けた。
「ホントはセッチャンとワタシのイチネンキネンのデートのつもりだタケド、カミサマと会ったキネンも一緒にやろうカナーってネ」
『それでサ、イチネンキネンてコトで今度――』
……ああ、そうか。
先月、キリさんと出会った日に言いかけてたのは今日のことだったんだな。
純粋な厚意によるものなら責めはしないでおこう。
「……一か月ズレてるけどね」
「ンジャ、キリチャンは1Monthキネン、セッチャンはイチネンと1Monthキネンだナ」
「なんだそれ」
かなり無理矢理な記念日作りがくだらなくて少しだけ笑ってしまった。
……まあ、悪い気はしないけどね。
「よ、呼んだ? あっ、お待たせしてすみません……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ホンジャ、行こっか。まずは服見に行こーゥ!」
『おーっ!』
三人揃って右腕を掲げたところで案内板に沿って移動することにした。
この時、僕たちは気が付いていなかった。
道行く人に紛れた、一つの視線がこちらを見つめていたことに――。
「――アイツは……。いや、ンなわけないか……」




